なんだかワケがわからない。
わからないけれど。
「何かが……おかしい」
平穏とは違う、非現実の世界に巻き込まれてきているような悪寒がするのであった。
まあパンツやら何やらが拝める非現実なら大歓迎だけどな!
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その123
「きゃあああっ!」
「ごはぁっ!」
うっかり弓塚の入浴シーンを目撃してしまったオレに風呂桶がクリーンヒットしていた。
「……またか」
仰向けで呟くオレ。
ここ数日のオレにはこんなイベントが目白押しだった。
うっかりシオンさんを胸を揉んでしまったり、シオンさんのパンツに顔をうずめてしまったり。
かと思えば弓塚の着替えを覗いてしまったり、弓塚がオレの入浴シーンを目撃したり。
一体オレはどこのギャルゲーに出演しているんだろうと本気で悩んだくらいだ。
「その度に生傷が増えるんだがな……」
部屋に戻り絆創膏を頬に張る。
弓塚はひたすらに謝っていたが、この場合悪いのはどう考えてもオレである。
お色気イベントの代償はそう安いものではなかった。
「だがそれがいい」
まさに典型的イチャイチャパラダイス。
こんな代償気にしてたら負けだ。
色気こそが正義、ジャスティス。
「ギャルゲー神がオレに降臨したんだろうか……」
とするとあれか。
選択肢次第ではウハウハな展開?
「どっちを選ぶべきか……」
弓塚にシオンさん。どちらも捨てがたい。
いっそのこと二人いっぺんに!
「いやに楽しそうですね有彦さん」
「おわあっ!」
ななこがいきなり壁から顔を突き出してきた。
「なななな、なんだよ」
「人が仕事から帰ってきたらこれですもん。イヤになっちゃいますよね」
「……最近出勤多いよな」
今日も今日とてななこはお仕事だった。
「はい。マスターも苦労してるみたいです」
「まあ無理だけはするなよ」
「わたしはしたくないんですけど、マスターが酷使するので……」
「……大変だな」
さすがに同情するしかなかった。
「はぁ。早く平和にならないものですかね」
こんなななこを見ていると、自分にはお色気イベントばかり起きてるのが悪い気がしてくる。
「……あー、ななこ」
「はい?」
もしかしての話なのだが。
ここ最近のこれはななこのマスターとやらの仕事と関係しているんだろうか。
「いや実は……」
と言いかけて気付いた。
「そういやいつもオマエがいないんだな」
「は?」
被害者はいつも弓塚やシオンさん。
しかもななこがいない時に限ってだ。
「そうか、わかったぞ! 謎は全て解けた! ジッチャンの名にかけて!」
「……色々混ざってますけど。何がわかったんですか?」
「ああ。オレは元々ギャルゲーの体質を持っていたんだ。そしてシオンさんたちと会うことでそれが覚醒した」
何故それが覚醒したのかはわからない。
もしかしたら彼女たちの持つ特殊な波長に共鳴したのかも。
「よくわからないんですが……」
「だがその能力にも致命的な弱点があった」
「弱点?」
「おまえだ。おまえがいるとオレのギャルゲー空間が発揮出来ないんだよ!」
だからななこがいない時だけにのみそういうイベントが発動したのだ。
「あー。有彦さん?」
「つまりオマエは疫病神なんだ! オレのギャルゲー空間を返せ!」
「そろそろ怒りますよ?」
「いや調子に乗ってスイマセンでしたホント」
ななこから放たれるただならぬオーラにひれ伏すオレ。
これ以上調子に乗ったらオレは殺されていただろう。
「いや実はな?」
ギャルゲー空間という発想は面白いと思ったのだがどう考えてもあり得ない。
オレは取り合えずここ最近のことを話す事にした。
「それはそれは……わたしがいない間にずいぶんといい目にあっていらしたようで」
コイツが敬語になる時はものすごく怒っている時である。
「いや、自分からアクションしたわけじゃないんだぜ? 何でかわからないけどそうなるんだよ」
別に弓塚の入浴シーンを覗こうと思ったわけでもないのに覗いてしまう。
胸を触りたいと思ってないのに触ってしまう。
「深層心理が無意識に出てるんじゃないですか?」
「するとアレか。心の奥底で胸を触りたいと思っているとそれが現実になると」
なんて素晴らしい能力だろう。
男だったら誰でもこんな能力が欲しいと望むはずだ。
「立場を逆にして考えてくださいよ」
「逆?」
逆というとそれはシオンさんや弓塚の立場ということか。
「いいですか? 有彦さんはうっかりお風呂を覗けてラッキーかもしれません」
「超ラッキーだな」
「そんな爽やかに言われても困るんですが」
「はい、すいません」
物凄く弱いオレ、乾有彦。
「ですが弓塚さんたちからすれば、それは不幸な事ではないでしょうか」
「……不幸は言いすぎじゃねえか?」
「アンラッキーなら軽い感じですかね?」
「うーん」
まあ確かにそう考えられなくもないな。
まさか覗かれたいだの触られたいだの思ってるわけないだろうし。
「それに有彦さんの評価だって下がるじゃないですか」
「……それも大いにあり得るな……」
一度や二度ならともかく、何度も続くと故意と思われないとも限られない。
いや、シオンさんなんかは既にそう思っているかも。
「何て事だ……!」
幸運かと思いきやこんな裏が隠れていただなんて。
「そうか、解けた! わかったぞ! 謎は全てジッチャンの名にかけて!」
「いや、ますます意味がわからないんですけど」
「つまりこれはシオンさんや弓塚との仲を険悪にしようというオマエのさくせ……」
「死にますか?」
「……んという事はどう考えてもあり得ないですよね、ハイ」
やべえ、目が超マジだったぞ。
「しかしオレを陥れようとするやつなんかいねえだろ」
素行はいいとは言えんが、誰かに恨まれるような事をした覚えはない。
あったとしたって、どうやって毎度そんなシチュエーションを作り出してるっていうんだ。
「この場合ターゲットは弓塚さんとシオンさんなんじゃないかと思うんですが」
「何でだ?」
「こっちの世界の住人ですからね」
「……」
吸血鬼……か。
「だから二人も何らかの行動はしていると思いますよ?」
「そうなのか?」
「だって訳も分からず妙な事が起きてたらイヤじゃないですか」
「うーむ」
もしかして、オレ関連の色気イベントは序の口でもっと凄い目に遭ってたりするんだろうか。
「そんな素振り見せた事ないんだがな……」
「それは有彦さんを巻き込みたくないからですよ」
ななこはじっとオレの目を見つめていた。
「……」
「わたしの場合出会いが出会いですし、立場が立場ですから仕事に行くとは伝えます。ですが内容を教えるつもりはありません」
「知りたくもないが」
「そういう事ですよ。有彦さんは望んでないし、二人も巻き込みたくないと思っている」
「……急にマジな話になっちまったな」
誤魔化す様に頭を掻くオレ。
「あ」
ななこははっと気付いたような顔をした。
「や、やだなぁ有彦さん。そんな事あるわけないじゃないですか。ただの偶然ですよ偶然」
「偶然ねえ」
「いいじゃないですか。お色気イベント。若い男の子ならウッハウハですよ? 有彦さんの人生じゃもうあり得ないんじゃないですか?」
「やかましいわ」
「ですから、その……うあっ」
ふいに耳を押さえるななこ。
「また……ですか? はい……」
「……仕事か」
「は、はい。すいません。でも、その」
「オレの妄想が過ぎたんだな。正直いい事ありすぎて浮かれてたんだ。何がギャルゲー空間だっての」
「え、ええ。そうです。有彦さんは妄想がたくましすぎますよ」
二人であはははとバカみたいに笑う。
「ま、またうっかりパンツでも見ちゃうかもしれないがな」
「……有彦さんってば!」
「冗談だっつーの。ほら、さっさと行かないとマスターが怒るぞ」
「あ。そうですね。それじゃ……」
ひょいとオレから離れ、壁に手をかけるななこ。
「ななこ」
「はい?」
「……サンキュな」
「いえいえ」
ななこが消える。
「……」
オレはただぼうっとななこの消えた壁を眺め続けていた。
続