ななこが消える。
「……」
オレはただぼうっとななこの消えた壁を眺め続けていた。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その124
「……毎晩アイツも大変だよな」
誰に言うわけでもなく呟く。
「あ」
それで気がついた。
「晩……か」
そういえば弓塚やシオンさんとのイベントが起きるのもいつも夜だ。
ななこの言う事が正しいのであれば、事件……なのかはわからんが、とにかく何かが起きているのは夜ということだ。
「確かめてみよう」
二人が部屋にいるかどうかを。
「おーい」
ドアを開ける。
「え」
「うおっ?」
目に飛び込んで来たのは弓塚の尻とパンツだった。
「や、やだっ」
慌ててスカートを押さえる弓塚。
つーか室内で何をどうしてどうなったらパンツが見える状況になるんだ?
「……絶望的なタイミングの悪さですね」
そして奥には呆れた顔のシオンさん。
「何か用ですか」
「え、あ、いや。特にアレってわけじゃないんだが」
「残念ですが、そろそろ寝ようかと話していたところです」
「着替えてもないのに?」
「……ですから。さつきが着替えようとしていたところに貴方が入ってきたのでしょう」
「むぅ」
確かによく見ると床には姉貴のお下がりのパジャマがあった。
「わかりましたか。ここで駄々をこねるほど子供ではありませんよね」
とにかくさっさと出ていって欲しいという感じである。
「……わかったよ」
渋々ドアを閉めるオレ。
「なんだかなぁ」
ななこの話を聞く前だったら、ただ喜んでいたんだろうが。
怪しいにも程がある。
やはり何か起きているのか。
「……」
仮にななこの言っていた事が全て真実だとしよう。
いや、アイツは適当なごまかし方をしていたが間違いないはずだ。
「……とすると」
二人が行動してるのはオレが普段寝ている間ってことか。
「しょうがねえな。風呂入ってさっさと寝るかな」
部屋の中まで聞こえる程度の声でひとりごちる。
さて、シオンさんはどう動くかな。
「ふー」
いい湯だった。
風呂に入ったらいくぶん落ち着いた。
「特にオレが何かする必要ないんだよな……」
残念な事にオレは漫画の主人公でもないし、特殊な能力があるわけでもない。
とすると下手に事件に首を突っ込むのは危険なわけだ。
もしバトルにでもなってみろ。
どう考えたってみんなの足を引っ張るだけだろう。
まあ、実際あいつらが戦っている光景なんか見た事ないし想像も出来ないのだが。
「何故かバトル中は絶対にパンツが見えない気がする」
つまりオレは二人のパンツを知る唯一の男!
「……いかん」
最近そんなのばっかりでパンツの事しか考えられなくなってきてるようだ。
「今日は寝るぞ!」
高らかに宣言。
これは冗談でもなんでもない。
本当に寝るのだ。朝まで。
「おやすみなさーい」
オレは電気を消して布団を被った。
弓塚やシオンさんがその後どうしたのかは知らない。
「……あ」
翌朝、オレの顔をみたシオンさんはなんとも複雑な表情をしていた。
「おはようございます、有彦」
「おう。昨日は寝すぎちまったぜ」
ぼりぼりと頭を掻いて答える。
「寝てたのですか?」
「そりゃ夜だからな。当たり前だろ。何かおかしいか?」
「いえ……」
その表情は、困惑というよりは失望だった。
「よいことです」
次の瞬間にはいつも通りのシオンさんに戻っていたが、オレがその違いを見逃すはずがなかった。
何より、弓塚のほうがものすごく分かりやすい反応をしていた。
「こげてるぞ」
「え、あああっ!」
オレたちの会話を気にするあまりに目玉焼きから黒い煙が沸きあがっていたのだ。
「ご、ごめんねー。わたしったらドジでー!」
「はっはっは」
笑って席に座るオレ。
「おっす」
姉貴が現われた。
「おふぁようございまふ〜」
続いて大あくびをしているななこ。
「寝不足かい?」
「はい、ちょっと仕事が長引いてー」
「大変だねえ」
「まあ慣れてますから」
ひょいとオレの隣に座る。
「おまったせー」
弓塚がみんなの前にベーコンと目玉焼きの乗ったトーストを並べていった。
「さっきのこげたのはどうしたんだ?」
「ここにあるよー」
自分の目玉焼きをめくると真っ黒こげの物体が見える。
「んな無理しないでもいいのに」
「勿体ないもん」
「はーい、じゃあ今日のミーティングだ」
姉貴が手を叩いて話を始めた。
仕事の内容はまあ、毎度おなじみよくわからないものだ。
「ふあぁ〜……」
最初から外されているななこが大あくびをしていた。
「空気読め」
頭を軽く小突く。
「ふぁぁ〜」
「……」
「弓塚」
「あ、あはははは」
つられてあくびをするという現象は割とあったりするが。
やっぱり寝不足って事なんだろうか。
「んじゃまあ今日もみんな宜しく頼むよ」
「……あ」
しまった。肝心の事を忘れていた。
「どうした?」
「いや、全然話聞いてなかったから場所と内容をもう一回」
ごんっ。
姉貴の鉄拳がオレの脳天に突き刺さった。
「さて」
あっという間に夜だ。
仕事をしていると案外時間なんてあっという間に過ぎる。
オレは推理探偵になった気分であれこれ想像する事にした。
別にいやらしいことをではない。
「昨日はなんか仕掛けてたんだろうな……」
オレの部屋とシオンさんたちの部屋はすぐ傍だ。
おまけにななこのアホは大声だから会話を聞かれていた可能性は大いにある。
それでいて、弓塚とシオンさんは行動をせざるを得なかったはずだ。
何故って昨日も今日もオレが二人のサービスカットを目撃する事になったからである。
これが何らかの原因で起こってるのだとすれば、今日もまだ解決していない。
事件は終わってないのだ。
余談だが今日のサービスカットは水でびしょびしょに濡れたシオンさんだった。
しかもオレと二人きりの状態で。
そりゃあもう下着とかスケスケで雫が艶やかに……
「いやいやそうじゃなくて」
真面目な話だ。
多分二人はオレが尾行してくると思ったんだろう。
だがオレはそれを敢えてしなかった。
シオンさんがオレがついて来る事を知っていて何もしないはずがないからだ。
恐らくは事件解決のダミーを用意していたはず。
そして言うのだ。
これで解決しました、と。
「そんな罠にかかるオレじゃない」
多分遠野のアホあたりだったらああよかったと安心しきってしまうだろう。
そうしてる間に二人は本当の事件を調べていると。
ある不安があって、それに対して何らかの答えが出てしまうとそこで人は安心しきってしまうものだ。
残念だがオレはとても疑心暗鬼な男であった。
「まあシオンさん相手だからこそってのもあるが……」
やはりオレがサービスカットに遭遇するのは副産物で、二人は本命の厄介なモノに関わっているに違いない。
オレのやるべき事はひとつだ。
その事件の主に余計なおせっかいをしてくれてアリガトウゴザイマスと礼を言ってやる事。
多分とか恐らくばっかりで不安材料ばっかりだが。
信頼を落としてしまっただけあって、一つは確実な答えが出たようだった。
「……出かけたか」
深夜0時を過ぎて数時間後。
弓塚とシオンさんは、夜の闇の中へ消えていった。
続