「と、遠野くんはきつねそばなんだね」
「ん? ああ、うん」

わたしもきつねなんだ、きつねって美味しいね、とか。

「普通ってきつねはうどんじゃないかな?」
「それ、有彦にも同じ事言われたよ」

苦笑している遠野。

「……駄目かもしれない」
 

遠野弓塚イチャイチャ作戦、早くも暗礁に乗りあがってしまうのであった。
 
 

『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その14










「いや、野球は好きだけど、どのチームが好きとかそういうのはないんだよな」
「そ、そうなんだ……」

弓塚はあれやこれやと遠野の興味のありそうな話題を出していく。

それはよく頑張ったなあと褒めてやりたいようなものばかりなのだが。

肝心の遠野の反応がそういう淡白なものばっかりで、見ていて気の毒だった。

「負けてるチームを応援したくなっちゃったりするタイプだろ、おまえ」

俺は苦笑しながら遠野に尋ねた。

「そうかもな」
「あ、でもちょっとわかるかも。逆転勝利とかすると普通より嬉しい気がする」
「負ける事の方が多いんだけどね」
「だから勝った時嬉しいんだよ。普段の苦労が報われたんだって感じがして……」
「……」

弓塚のそれはもしかしたら自分の経験談なんじゃないだろうか。

なんせ事あるごとに失敗ばっかりだもんなあ。

「うん。確かに苦労が報われた時ってのは嬉しいよな」
「でしょ? わたしこの間……」
「ああ、わかるわかる。俺も……」

弓塚と遠野はそれぞれの失敗談と、その後の成功の話を交えて盛り上がっていた。

遠野はともかく弓塚の方はほとんど失敗談ばかりなんだけど。

「……まあ、いいか」

盛り上がってるんだから邪魔しちゃ悪いだろう。

「メンが伸びない程度にしといてくれよ」

オレは二人の邪魔をしないように音を立てずにうどんをすすった。

「……まじい」

しかし音を立てないとメン類の味と言うのはイマイチである。

「ええい」

ちょっとくらい音を立てたっていいだろう。

オレは思いっきりうどんをすすった。

ずるるるるっ!

「……っ」

あんまりにも勢いよくすすったのでめんが飛び跳ねる。

つゆの雫がぴちぴちと周囲に弾け飛んだ。

「ああ、ヒデエ事に」

ワイシャツに黄色いシミが出来てしまった。

「何やってるんだ? おまえ」
「うるせえなあ」

こっちはおまえらのせいで苦労してるってのに。

「だ、大丈夫乾くん? ハンカチ使う?」
「ん? あ、わりい」

弓塚がハンカチを差し出してくれた。

「顔にまで飛んでるよ? あははっ」
「うるせえ笑うなっ」

苦笑しながら顔を拭う。

「……ふーん」

遠野が妙に感心したような顔をしていた。

「なんだよ」
「いや、弓塚と有彦って仲いいんだなあと思って」
「……そ、そうか?」

遠野からだとそう見えるのかもしれない。

オレは取りあえず弓塚に協力してやってるだけなんだけどなあ。

「実は付き合ってるとか?」
「お、おまえは何を言ってるんだっ?」

そのセリフを弓塚の前で言うかおいっ?

「ち、違うよっ。そんな事全然丸っきり粉微塵もないよっ? アウトオブ眼中っ?」
「……否定したい気持ちはわかるがそこまで言う事ないだろ」

だが無理もない。

散々アピールしてきた相手にそんなとんでもない思い違いをされてしまっては。

「そうか。待ってた相手っていうのも弓塚だったんだな。ごめん、俺邪魔しちゃったかも」
「オイコラてめえなに勝手に訳のわからん設定を捏造してるんだっ!」
「そ、そうだよ遠野くんっ。わたしがここに来たのは偶然なんだから」
「わかってる、わかってるって」
「全然わかってねぇーっ!」

このボケにーちゃんはなんせ鈍いので、一旦誤解してしまうとそれを解くのに物凄い苦労をするのである。

結局その日一日中かかってその誤解を解いたんだとさ。
 
 
 
 
 

「めでたくなしめでたくなし」

オレはそう締めくくって話を終えた。

「……なんというか悲劇の物語でしたね」

シオンさんが物々しい表情で頷いている。

いや、そんな壮大なストーリーを語った覚えはないんですけど。

「でもあの一件のお陰でわたしの印象がアップしたってのはあるよね。それから一緒にご飯食べに行くようになったし」
「二人で行かなくてもいいのかって聞かれたりしたけどな」

冗談だよとは言ってたけれど、あいつの場合どこまでが本気でどこまでが冗談なのかわかったもんじゃない。

「弓塚さん……苦労されてるんですねえ」

どこから出したんだか、ハンカチで涙を拭っているななこ。

「つーか……おまえらは今のストーリーのどのへんで感動したんだ?」

自分で話しておいてさっぱりわからなかった。

「なんていうか……弓塚さんの不憫さがあまりに……」
「なるほど」

オレは慣れてるから大して何も感じないけどななこにとってはかなりの衝撃だったようだ。

「納得しないでよ乾くん……」
「いや悪い悪い」
「さつきが不幸なのは吸血鬼になってからではなかったのですね……」

どこか遠くを見ているようなシオンさん。

「シオンも変な納得の仕方しないでっ」
「冗談です」
「……それは喜んでいいのかな、悪いのかな」

多分遠まわしにバカにされてる気がする。

「はぁ。これでも遠野くんと一緒に帰った事だってあるんだからねっ」
「そんなえばるような事じゃないと思うけど。オレだって弓塚と一緒に帰った事があるわけだし」
「想い人とどうでもいい人間とでは意味合いが違うのですよ」
「……へいへい」

オレはどうでもいい扱いですかシオンさん。

「うん、でもほんと乾くんには感謝してる」
「オマエはいい奴だよなあ」

ほんとなんで遠野なんぞに惚れちまったんだろう。

「あんな見向きもしないやつは諦めてオレになびくとかいう展開もありだったと思うんだが」
「だって乾くんってしょっちゅう色んな女の子と付き合ってはふられてたじゃない」
「……はっはっは。そういう時期もあったなあ」

いやいや、あの頃のオレは若かったなあ。

「有彦さん……そんな事してたんですか?」
「うぐ」

ジト目でオレを睨んでくるななこ。

「さ、さあ。話はもう終わったんだから仕事しなきゃなっ。ほら、夜明けまでに終わらせないとやばいぞっ」

オレは誤魔化す為に慌てて立ち上がった。

「そうですね。有彦の女性関係話も興味深いですが。それはまた次回ということで」
「いやいやいやいや」

次回なんてなくていいから。

「はぁ。そうだね。仕事しなきゃ……」

仕事という言葉は一気に現実に引き戻す言葉である。

「遠野くん……会いたいなぁ」

ぽつりと呟く弓塚。

「……弓塚さん」

するとななこが何かを決意したような顔をしていた。

「行きましょう!」
「え? ど、どこに?」
「おいこら」

この展開で向かう場所なんてひとつしかない。

「その遠野志貴さんの家へですっ」
「え、で、でも、わたし……」

弓塚はななこの言葉に戸惑っていた。

「とにかく行きましょうっ」

ななこが弓塚を引っ張ろうとする。

「駄目。却下。認めない」

オレは弓塚とななこの間に割って入った。

「な、なんでですか有彦さんっ」
「アホ。おまえが触ったら弓塚は倒れるだろう」

吸血鬼にとってななこの力は必殺兵器なのだ。

「あ、そ、そう言えばそうでした」

がくりと落ち込むななこ。

「……はぁ」

オレはため息をついた。

「シオンさん。ちなみにあとどれくらいで仕事終わります?」
「急げば30分はかからないかと」
「さいですか……」

遠野の話なんぞしちまったオレにも一応責任はあるよなあ。

「はてさてどうしたもんだか」
 

ここがいわゆる思案のしどころというやつである。
 
 

続く



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