遠野の話なんぞしちまったオレにも一応責任はあるよなあ。
「はてさてどうしたもんだか」
ここがいわゆる思案のしどころというやつである。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その15
「……まあとりあえず帰ってきたわけだが」
なんだかんだで仕事が終わった頃には半分日が昇っているような状態で、吸血鬼二人が行動するには向かない状態だった。
弓塚を遠野に会わせるかどうかも後回しだ。
そこまではまあしょうがない事だし、納得できるのだが。
「なんか大所帯ですねえ」
「弓塚とシオンさんは取りあえず帰ってくれてもよかったんだがな……」
オレの部屋はそれこそすし詰め状態になってしまっていた。
「だ、だって、まだお金貰ってないし」
「そうです。ギャラを頂かなければ帰るわけにはいきません」
「……多分今日の昼ごろ姉貴が持ってくるんじゃないか」
シオンさんがまとめた棚卸しの詳細を姉貴の部屋の前に置いておいたし。
そういう面倒な事は姉貴に任せるに限る。
「ならばそれまで有彦の家にいなくてはいけませんね」
「そうだね……わたしたち、いちゃ駄目かな?」
「いや、むしろ全然構わないんだけど」
なるほどこれが遠野の置かれている状態なわけか。
なんて羨ましい状況で生活してやがるんだあいつ。
右を見ても左を見ても美女という夢のような状態。
だがその夢のような状況が今はまずい。
「……眠いんだよな、オレ」
なんせ徹夜明けの状態なわけで、いつ理性がなくなってもおかしくはなかった。
「ここで寝る場合、雑魚寝ということになりますよね、さつき」
「そうだね。でも路地裏で寝るよりよっぽどあったかそうだよ」
「……おいおい」
しかもこの二人はオレの部屋で眠るつもりらしい。
「果報は寝て待てというやつです。何か問題ありますか? 有彦」
「いや、オレは全然構わないんですが」
これはアレか。いわゆるOKサインというやつなんだろうか。
「……据膳食わぬは男の恥?」
二人同時ってのは大変そうだが、オレならきっと出来るはずだっ。
「何バカな事言ってるんですか有彦さん。さあ、行きますよ」
「あ、こらちょっとテメエ!」
ななこに引きずられて部屋から遠ざかっていくオレ。
「後は頼みますよ、ななこ」
「ええ、お任せ下さいっ」
「は、離せ! 桃源郷がっ! 男のロマンがああああっ!」
「……ドナドナドーナードーナー」
一階の客間でオレはドナドナを歌っていた。
「有彦さん、桃源郷だなんて、そんなマンガみたいな展開ありませんって」
そんなオレにフォローのつもりなのかそんな事をいうななこ。
「存在そのものがマンガじみてるオマエに言われたくはない。つーか現実にそういう生活を送っているヤツがいる」
「そ、そういうのはごくレアなパターンですよ」
「……それの友人のオレってスゲエ不幸な位置だよな」
ある意味弓塚とタメを張れるかもしれない。
「ほら、有彦さんだって精霊と暮らしてるんだから、レアですよ。気落ちしないで下さいっ」
「その精霊に桃源郷を邪魔されたんだが」
「い、いいじゃないですかっ。まだ目の前に美女がいるんですからっ」
「……」
「うわ、そんな哀れむような目で見ないで下さいー」
だったらそんな事言わなきゃいいのに。
「はぁ。わかったよ。諦めりゃいいんだろ諦めりゃ」
今は何よりも眠気が強かった。
「寝よう……」
その場にごろんと横になる。
ぴと。
「あん?」
すると背中に何やら柔らかい感触が。
「……何やってんだ?」
まあ正体はわかっている。
「いや、えと、そのう」
ななこがオレの背中に密着しているのだ。
「わたしもちょっと一休みしようかなあと」
「そんなに密着しなくてもいいだろう」
オレは眠いんだっつーに。
「だ、だってその……」
「あーうるさい。勝手にしろ」
「は、はい」
やけにかっかしてると思ったら急にくっついてきたり。
まったく何なんだこいつは。
「……まあ……なんでもいいか……」
眠いと全てがどうでもよく思えてくる。
俺の意識はまどろみの中へ消えていくのであった。
「こら、おいこら」
「んー、駄目だよシオンさん、そっちはななこが……ウエッヘッヘッヘ」
「……起きろ愚弟」
ぶす。
「ぐおおおおっ! 目が! 目がああっ!」
のた打ち回るオレ。
「起きたか?」
「殺す気かテメエ!」
オレは姉貴に向かって叫んだ。
「目潰しくらいじゃ死なんだろう。つーか下らん寝言をほざくな」
「寝言まで責任取れるかっ!」
姉貴の顔つきからして、オレは多分なんかエロい夢でも見てたんだろう。
くそう、目潰しのせいで全部忘れちまったじゃねえか。
「それと、おまえがここで寝てるのはなんでだ?」
「……それはシオンさんと弓塚がオレの部屋で寝ているからだ」
「ほう……ケダモノにはならなかったのかな」
ニヤリと怪しい笑みを浮かべる姉貴。
「オレは紳士なんだよ」
ななこに止められなかったらどうなったかわからないけどな。
「ふーん。で、ななこちゃんは?」
「ん? ななこは……」
気付くと隣に寝ていたはずのななこがいなかった。
「……どこ行ったんだろうな」
「あたしに聞くな」
「まあそのうち帰ってくるだろ」
もしかしたら遠野の様子でも見に行ったのかもしれない。
「……しょうがない。じゃあななこちゃん抜きで次の仕事と行くか」
「ああ? おまえ夜中ずっと働かせておいてまだ仕事やらせる気か?」
眠ったから体力は回復しているが、正直かったるくてしょうがなかった。
「仕事は受けられる時に受けるもんだよ。断ったら次はもう無いかもしれないだろ」
「まあ……理屈はわかるが」
オレはななこの食費だけ稼げればそれでいいんだけどなあ。
「シオンさんと弓塚さんの食費も稼がなきゃならなくなったわけだし」
「……おいこらちょっと待て」
今なんかろくでもないセリフが聞こえたような。
「ん? なんだ?」
「なんでシオンさんと弓塚の食費まで稼がなきゃならねえんだよ」
「一度助けたらはいさよならというのは悪いだろう? ある程度の資金が確保できるまで助けてやろうじゃないか」
「……変なところで善人だよな、姉貴って」
興味ないことにはまるで反応しないくせに。
「あたしは妖怪変化の類には優しいんだ」
「自慢げに言う事じゃないと思うが……」
まあ驚かれたり怖がられたりするよりかは遥かにマシか。
「それに、そういうのを惹きつけて来るのはオマエだろう?」
「う……」
それは否定できない事だった。
遠野のやつも、弓塚もななこもシオンさんもオレがきっかけで姉貴と知り合ったのだ。
「……厄払いしてこようかなぁ」
そんな事を思ってしまう俺であった。
続く