「そ、それ、見せてくださいっ!」
「あん?」

すると何者かの声が響いた。

何者かったってまあ正体はわかりきってるんだけど。

「……どこほっつき歩いてたんだ今まで」
「え……わっ?」
 

弓塚の頭のすぐ上あたりの壁から、上半身だけを出しているななこがそこにいたのであった。
 
 

『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その18






「わたしが急にいなくならなくちゃいけない用事なんてひとつしかありませんよ」

俺の問いに対して渋い顔をしているななこ。

「例のマスター絡みか?」
「はい。なんでもマークしていた吸血鬼二人が昨日から行方不明になったとかで」

その言葉を聞いた瞬間、弓塚とシオンさんの顔が真っ青になった。

弓塚とシオンさんは吸血鬼であり、昨日からオレの家にいる。

つまりマスターとやらの探している吸血鬼ってのは。

「……えと、その、ななこさんの言うマスターってもしかして」
「や、止めておきましょうさつき。詮索しないほうが幸せです」
「俺もそう思う」

この件に関しては触れずに終わるのが一番いい気がした。

「……えーと」

ぎこちない動きをする俺たちを見て戸惑うななこ。

「で、弓塚の小説を見たいんだよな」

俺は思いっきり話題を逸らすことにした。

「え、あ、はい。見たいですけど。マスターの話はいいんですか?」
「いいんだよそんなつまんない話」
「そうです。さつきの話のほうが百万倍面白いですよ」
「ひゃ……百万倍っすか」

そんな表現する人間久々に見たぞ。

「……何ですかその何か言いたげな顔は」
「い、いや別に。でもその小説書いたノートってのはどこにあるんだ?」
「ポケットに入れてあるの。ほら」

弓塚はスカートのポケットから小さなノートを取り出した。

『さつきの幸せノート』

「……えーと」
「い、いいでしょ、ノートの名前なんてなんでもっ」
「まあ……頑張れよ」

オレは弓塚の肩を叩いてやった。

「そんな同情のされ方しても……」
「些細な事です。さあ中を読んでみてください」

シオンさんの表情はやたらと輝いていた。

そんなにいい内容なんだろうかこれは。

「では読みますねー」

蹄で器用にノートをめくるななこ。
 
 
 
 

○月×日。今日もさつきは元気です。

いつもの時間通りに学校へ向かいました。

「おはよう弓塚」
「あ。おはよう遠野くん」

道を歩いていると遠野くんと出会います。

なんちゃって、これは遠野くんの行く時間にわたしが合わせているからなんです。

どうしてかって……きゃっ、そんな事恥ずかしくて言えないよぅ。

「今日も弓塚は元気だな」
「え、あ、うん。それだけが取りえみたいなものだから」

遠野くんの前だと変に張り切りすぎちゃうからそう見えるのかも。

「そんな事ないって。弓塚は結構可愛いと思うし」
「え、そ、そんな、やだっ。遠野くん何言ってるの」
「……実は俺は弓塚の事が好きだったんだ」
「え、えーっ!」

なんてことでしょう。衝撃の告白です。遠野くんはなんとわたしの事が好きだったのです。

「わ、わたしもっ! わたしも遠野くんの事好きだったっ!」
「弓塚っ!」
「遠野くんっ!」

わたしたちは人目もはばからず抱き合いました。

「ひゅーひゅー。熱いねえお二人さん」

通りすがりの乾くんもわたしたちを祝福してくれています。

「弓塚……」
「遠野くん……」

見つめあう二人。

そして二人は熱いキスを……
 
 
 
 
 

「……なあ弓塚」
「な、なに?」
「正直に言ってもいいか?」
「え、うん。なに?」
「おまえ、才能ないぞ」
「がーんっ」

オレの一言に弓塚は物凄いショックを受けているようだった。

「だ、だだだ、だって。シオンは凄い褒めてくれたよ?」
「……シオンさんがねえ」

疑惑の視線をシオンさんへと向ける。

「これは名作ですよ。敢えて下手な表現を使うという前衛的な手法。奇をてらったユーモアも最高ですし」
「ユ、ユーモアなんて微塵もないよっ! すっごい純愛小説じゃないっ」
「そ、そうだったのですか? わたしはてっきりユーモア小説かと……」
「ちなみに純愛小説だった場合の評価は?」

オレはつい尋ねてしまった。

「0点です」

即答。

「う……うわぁん」

ああ、こりゃもう立ち直れないだろうなあ。

「み、みなさんバカにしないでくださいっ」

するとななこがそんな事を言った。

「この作品は弓塚さんが己の情熱と希望を込めて書いたものなんですっ」
「な、ななこさん……」
「例え表現がへっぽこぴーでも展開が強引過ぎてっていうか意味不明だとしてもっ!」
「……おまえは弓塚をフォローしたいのか? それともトドメをさしたいのか?」
「どうせ……どうせわたしなんか」

いかん、弓塚が自虐モードに入ってしまった。

「え、あ、あれっ? 弓塚さんっ、元気出してくださいよっ」

一応ななこはあれでフォローのつもりだったらしい。

「いいの……どうせわたしなんてツインテールと薄幸くらいしか印象のないさっちんなんだから……」

思いっきりマイナスオーラ全開である。

「うーむ」

普段元気なぶん、こういう時の反動が凄いんだよなあ弓塚は。

「え、えと、わたしその」

ななこはどうしてよいのやらという感じだった。

「しょうがねえな」

オレがフォローしてやるしかないか。

「なあ弓塚」
「……なに?」
「確かにこのままじゃこの作品は駄目だと思う」

というか駄目すぎると思う。

「や、やっぱり……」
「だけどよくなる可能性はあると思うぞ」
「え?」
「100%改造すれば」
「そ、それ全然別の作品だよっ!」
「え? あ、ほんとだ。こりゃいけねえ」

ぴしりと自分の頭をはたく。

「とにかくいきなり弓塚と遠野がくっつくからおかしいんだよ。もっと色んな経由があってこのラストならいいと思うんだがな」
「経由編は後のページに書いてあるもん」
「……そうなのか」

正直読む気はしなかった。

「続きがあるならならオレたちの判断はアテにならねえってことだ。最初しか読んでねえんだからな」
「……うぅ」
「だからそんなに落ち込むな弓塚」
「え、えと……うん。ありがと」

少し弓塚の表情に笑顔が戻った。

「……有彦、あなたが志貴の友人である理由がまたひとつ理解出来た気がします」
「それは一体どういう意味なんだ?」

せっかくのいいシーンだったのに台無しである。

「そのまんまの意味だと思いますけど」

ななこは不機嫌そうな顔をしていた。

「あのなぁ。こっちゃオマエのフォローをしてやってるんだぞ」

そんな顔をされる道理はないはずである。

「うー」
「唸るな」
「わん」
「……アホ」

頭をはたく。

「そういうところも似てなくもないですね」
「は? 何が?」
「……本当に親しいものには遠慮などしないということでしょうか」
「だ、だから何?」
「いえ、こちらの話です」

ひとりシオンさんだけがご満悦であった。

「おーい」
「ん?」

外から聞き覚えのある声が聞こえる。

「給料っ?」
「合ってるけど違う」

姉貴が帰ってきたのだ。

夜中の棚卸しのバイトの給料を貰ってきたんだろう。

「お待ちどうさま」

部屋へと入ってくる姉貴。

「どうだい? ツル折りの仕事は……」
「え?」
「あ」
「う」
「げ」

ななこ以外の視線が完成品のツルを入れる箱に集まった。

「……これ……は」
 

話に夢中になりすぎたせいで、ツルは全く完成していないのであった。
 

続く



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