ななこ以外の視線が完成品のツルを入れる箱に集まった。
「……これ……は」
話に夢中になりすぎたせいで、ツルは全く完成していないのであった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その19
「ひとーつ、ふたーつ」
「みーっつ、よーっつ」
「いつーつ、むーっつ」
「……ほれ、急がないと最低ノルマすらクリアできんぞ」
「そう急かすなって。それで仕事が雑になったら元もこうも無いだろ」
このままじゃギャラが貰えないということで、姉貴まで参加してのツル折り大会となっていた。
「ななこちゃん。いまいくつだ?」
「え。えーと800を超えたところです」
「……まだまだだな」
ちなみにななこは参加不能なので数のカウント係をやらせていた。
「あと200、あと200でギャラが手に入りますよさつき」
「そうだね。頑張らなくっちゃっ」
シオンさんと弓塚の両名はツル折りが終わるまで給料お預け。
まあオレとななこもまだ貰ってないわけなのだが。
「喉が渇いたらそこのアホの血を好きなだけ吸っていいからね」
「……勘弁してくれ」
その冗談は笑うに笑えない。
「だ、大丈夫ですよ、そんな気を使わないでくれなくても」
苦笑している弓塚。
「夕食に血の滴るステーキを用意してくださればそれで結構です」
シオンさんは平然としたものだった。
つーか何気に高い物をリクエストしてるし。
「OK。後で有彦に買いに行かせよう」
「いいのかよ」
「経費で落とすからね」
「……ちょっと待て、それはオレたちの血と汗の結晶から金を払うってことじゃねえか」
経費で落とすというのは会社の金、つまりななこSGKの金を使うという事だ。
「働く人間のための食費を払うんだから、経費でいいんだよ」
「そういう考えが汚職とか癒着とかに繋がるんだぞ」
「……なるほど。それは確かに正しい意見だ」
「だろう」
こういうのを容認するから会社が駄目になるんだからな。
「じゃ有彦の給料からのみ食費を支払うということでひとつ……」
「こらこらこらこらっ」
「冗談だっての。今回はあたしがなんとかするよ」
「い、いいんですか?」
弓塚が慌てた表情をしている。
「いいのか?」
オレも正直その言葉には驚いていた。
「ああ。全然構わんぞ」
「見直したぞ、姉貴」
「あたしはいつでもいい女だ」
「……そうだな」
よくもまあ自分でそんな事が言えるもんだか。
「そんな。一泊止めて頂いてさらにご飯まで出して頂けるなんて……」
「うーむ」
弓塚はやたらと恐縮しているようだった。
不幸慣れしすぎてるせいでこういう状況に慣れて無いんだろうなあ。
「屋根のある場所での食事……」
「し、シオンっ。泣いちゃ駄目っ。お日様に笑われちゃうっ」
「い、いえ、別に泣いてはいませんが。喜ばしい事ではありますね」
「……」
そういう言葉を聞くと、仕事を紹介してやってよかったなあと思う。
「じゃあいっちょきばるかっ。今いくつだ?」
「ええと……あと30です」
「早っ!」
ついさっき200だったというのに。
このスピードの上がりようは一体何なんだろう。
「餌が目の前にありますからね。スピードは上がりますよ」
喋りながらも高速でツルを折っていくシオンさん。
「給料と美味い食事が待ってるわけだからな」
「なるほど」
馬ににんじんを見せるようなもんか。
「……よし、ななこ。おまえも頑張ればにんじんをくれてやろう」
そしてにんじんといえばななこだ。
餌をちらつかせればこいつもスピードアップをするんじゃないだろうか。
わ。ほんとですか? じゃあ頑張って数えますよっ」
ぱこんと蹄を合わせて気合を入れるななこ。
「……うん?」
なんか今、オレはとても軽率な事をしたんじゃないかなという気がしてしまった。
「いーち、にー」
ぐしゃっ。
「をい」
「さーん、しっ」
ぐしゃ。
「止まれアホ馬っ!」
「あ、あう、何するんですかっ」
「何するかじゃねえ、見ろこれをっ!」
「え? あっ……」
ななこの奴が変に気合を入れてツルを持ったもんだから、ぐしゃぐしゃに潰れてしまったのだ。
「はいそこ。喧嘩なら外でやんな」
「喧嘩じゃねえっ。ツルが潰れたっ」
「……なんだと?」
「うお」
姉貴が恐ろしい目つきでオレを睨み付けてくる。
「……誰がやった?」
「えーと」
「あ、あうぅ」
ななこは姉貴のガンつけで完全にびびってしまっていた。
「あ、あの、一子さん、それは……」
「弓塚」
弓塚が喋ろうとしたところを止める。
「……乾くん?」
「いや、オレがついうっかりしてさ。そうだよな弓塚」
「え、あ、その……」
「ほう。有彦がね」
「潰れた分はすぐ作り直すからさ」
「……」
暫く黙ったままオレを睨み付けている姉貴。
弓塚は不安げな顔でオレとななこを見ていた。
「……急ぎな」
「へーい」
言われるがままツル作りを再開するオレ。
「手伝いましょう有彦」
「ん。悪いね」
「わ、わたしもっ」
「……」
そんなこんなでなんとかノルマ達成したのであった。
「じゃあ買出しと配達に行ってくるわ」
「おう、行って来い」
姉貴はツルの入ったダンボールを抱えて出かけて行った。
「あ、あのぅ、有彦さん……」
「んだよ」
ななこがもじもじしながらオレを見ていた。
「すいません、わたし、迷惑かけちゃって」
「別に気にしてねえよ。オレが変なこと言ったせいでもあるしな」
オレは姉貴の怒声に慣れてるからいいけど、こいつが直で怒られたらきっと泣き出したに違いなかった。
「わたし乾くんのこと見直しちゃった」
笑顔でそんな事を言っている弓塚。
「今更気付いたのか? オレはもともといい男なんだ」
「……先ほど一子もそのようなセリフを言っていましたね」
くすりと笑うシオンさん。
「う、うるせえなあ」
こういう時に姉貴との血の繋がりを感じてしまうっつーかなんていうか。
まあ、姉弟って似るんだなあと。
「おそらくあの時の反応からして一子も気付いてはいたんでしょうけどね」
「……まあそりゃわかる」
あの姉貴はそんなに鈍くないからな。
本当に潰したのがななこだって事も恐らく気付いていたはずだ。
「え? そ、そうなの?」
「……弓塚、おまえ詐欺に遭わなくてよかったなぁ」
「素直に喜んでいいのかなぁ、それ」
「それは微妙」
まあ気付いてたんだろうけど姉貴は何も言わなかったわけだ。
ななこを庇ったオレの顔を立ててくれたわけである。
「わ、わたし何かお礼を……」
「いらねえっつーに」
そんなもんを期待していたわけじゃないのだ。
なんせあのななこなわけだし。
思わず庇ってしまったっつーかなんていうか……ああもう。
「……まあ、今度から外出する時は先に言っていけ。いきなり行方不明になられても困るからな」
取りあえずそういうことにしておいた。
「甘いですね、有彦は」
シオンさんはなんだかやたらと楽しそうである。
「問題ありますかね?」
「まあ、普段の口の悪さと差し引いて五分なのではないでしょうか?」
「はっはっは……なんでやねん」
びしっ。
「……ナイスツッコミです」
「だろう」
オレの華麗なツッコミがシオンさんに炸裂するのであった。
「あとほんの少し位置がずれたらセクハラで訴えるところでしたが」
「勘弁してくださいって……」
続く