シオンさんはなんだかやたらと楽しそうである。
「問題ありますかね?」
「まあ、普段の口の悪さと差し引いて五分なのではないでしょうか?」
「はっはっは……なんでやねん」
びしっ。
「……ナイスツッコミです」
「だろう」
オレの華麗なツッコミがシオンさんに炸裂するのであった。
「あとほんの少し位置がずれたらセクハラで訴えるところでしたが」
「勘弁してくださいって……」
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その20
「さて、一子が帰って来るまでヒマになったわけですが」
「そうだな」
ようやくひと段落した感じだ。
「乾くん。給料見てもいいかなぁ」
「あー」
姉貴のやつが出かける前に棚卸しのぶんの給料を置いていってくれたのだ。
「別に構わんぞ」
そういえば俺も貰ってたっけ。
「予想額と一致しているかどうか賭けませんか、さつき」
「……勝てなさそうだからやめとくよ」
「では有彦」
「俺もやだ」
そういう勝負でシオンさんに勝つのは無理そうだし。
「そうですか……残念です」
残念そうな顔をしているシオンさん。
「わ、わたしは無視ですか?」
「貴方は払うべき相手が他にいるでしょう?」
「そうそう、その通り」
その人物とは他ならぬオレである。
「えー。じゃあ取りあえず懐に隠しておきますかね」
「殴るぞ」
「……後で払いますよぅ」
「ツケが三か月分は溜まってるんだからな」
ちゃんと数えてないから正確な額はわからないけど。
「そ……そんなに同棲生活してたんだ」
「んなカッコイイもんじゃねえよ」
こいつが勝手に住みついてるだけなのだ。
「……いいなぁ。わたしも遠野くんと……」
「まあ夢のまた夢だな」
あっちは既にハーレム状態なわけだし。
「あうぅ」
「落ち込ませてどうするのです、有彦」
「いや悪い」
ななこと弓塚相手だとつい軽口になっちまうんだよなぁ。
「非現実的な話よりも目の前の給料です」
「……何気にシオンのほうがひどい事言ってる気がするよ」
二人揃って給料袋を開く。
「日雇いバイトだから現金支給かな」
俺も開いて見ることにした。
「なんかドキドキしますねえ」
「最初だけだけどな」
仕事に慣れてしまうといくら入っていても何とも思わなくなってしまう。
変に期待し過ぎるとダメージでかいのだ。
「……お」
ところが今回は予想外。
「す、すごいっ。わたしこんなお札久しぶりに見たよっ」
「中々の稼ぎですね。路地裏時代にはとても考えられなかった事です」
弓塚とシオンさんはきゃいきゃい喜んでいた。
「……これって多いんですか? 少ないんですか?」
金銭感覚に疎いななこが尋ねてくる。
「多いほうだよ。正直驚いた」
もしかしたら依頼主のほうも、シオンさんがやった仕事の半分程度終わればいいだろうくらいに思っていたんじゃないだろうか。
普通にやったら棚卸しなんて簡単に終わる仕事じゃないからな。
結構な数の札束が中には入れられていた。
「仕事っぷりが評価されたって事ですか?」
「そういう事だな」
まあオレらはほとんど何もしてなかったわけなんだが。
「……そういう意味ではシオンさんと賭けやってもよかったのかもな」
仕事してない連中とやったシオンさんの給料が一緒では不公平である。
「別に構いませんよ有彦。わたしは必要最低限の資金さえあれば構わないですから」
「そ、そうか?」
謙虚な姿勢を見せてくれるシオンさん。
「なんせこれから付き合いは長いわけですし」
「……なんですと?」
いきなりお付き合いと来ましたぜ旦那。
そりゃオレとしては是非ともって感じだけど。
「わたしたちはななこSGKの社員となったわけでしょう?」
「ああ、うん、そういうことね」
わかってたさそんな事最初から。
「あ、でも……」
どこか不安げな顔をしている弓塚。
「なんだ?」
「今回は泊まったからすぐ次の仕事を出来たわけじゃない?」
「そうだな」
「でも、普段わたしたち路地裏にいるわけでしょ? しかも動けるのは夜限定で。そうなると……」
「……あー」
つまり出勤するだけでも一苦労ってことか。
「正確に言えば昼も動けるのですけどね。体力の消費が半端ではありませんので」
「まあ、無理はしないでいいって」
吸血鬼に日の下で働けとは言えないだろう。
「あ、じゃあこういうのはどうですかっ?」
するとななこがにこっとした笑顔を浮かべていた。
「どういうのです?」
「弓塚さんとシオンさんも居候すればいいんですよっ!」
ぽかっ!
「……痛いですよぅ」
「簡単に言うんじゃねえ。犬猫飼うんじゃないんだぞ。居候が増えるってのは大変な事なんだ」
何せ元は姉と弟、二人だけの生活だったのだ。
「でも、二人はこれからななこSGKで仕事をしていくんだからお金は入ってくるわけでしょう?」
「まあ……一応はな」
「だったら生活費は入ってくるわけじゃないですか」
「……ぬ」
ななこにしてはマトモな主張である。
「ここで会ったのも何かの縁ですし、助けてあげるべきだと思うんですよ」
「おまえ最初と言ってる事違わないか?」
最初は吸血鬼と働くなんてとんでもないとか言ってた気がするんだけど。
「そ、そうなんですが……なんかお二方の話を聞いていたら共感してしまって」
「共感?」
「はい。わたしは教会側なわけですが……それ以外は一緒です」
「……なるほどな」
人間であるオレよりも吸血鬼である弓塚とシオンさんのほうが近い存在なのかもしれない。
「ですから、その……」
もし状況が違っていたら、ななこのほうが狙われていたのかもしれないのだ。
「言いたい事はよくわかった」
「じゃ、じゃあ?」
「でも、オレにはそれは決定出来ない」
「……あぅ」
あからさまに落ち込むななこ。
「有彦の言っている事は正しいですよななこ。そこまでして貰うわけにはいきません」
「そ、そうだよ。仕事を貰って、一晩泊めて貰って、ご飯まで食べさせて貰って……」
シオンさんと弓塚はそうは言っているものの、やはり路地裏での生活は大変なものなんだろう。
「やっぱり駄目ですか……」
「……早とちりするな。駄目だとは言ってない。オレには決定出来ないってだけだ」
「え?」
「あー」
もし転がり込んできたのが弓塚やシオンさんじゃなかったらこんな事は言わなかったんだろうな。
男だったら問答無用で追い出したに違いない。
いいじゃねえか、女性には甘くたって。
「姉貴に聞いてみよう。一応家主はアイツだからな」
「い、乾くん……」
「……正気ですか有彦。いくらわたしたちが魅力的だからといって、早計な判断をしてやいませんか」
「いや、シオンさんこそ動揺してませんか」
自分から魅力的とか言い出すなんて。
「それに、却下されたらそれまでですしね」
と言いつつ、オレは二人がどの部屋に住んでもらうかを考えているのであった。
続く