その言葉にオレは興味をそそられた。
「だって……夜ですよ?」
空には綺麗なお月さんが浮かんでいる。
そう、夜遅く、子供はお休みな時間なのだ。
「なるほど夜の仕事……か」
「え、ええええええっ!」
こいつはいろんな意味で楽しそうな展開である。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その3
ブロロロロロ……
姉貴の運転する車で目的地へと向かう俺たち。
「あ、あのぅ、有彦さん、一体どこへ行くんでしょうか」
「そりゃ、仕事場だよ」
「……仕事ってどういう仕事なんでしょう」
酷く不安げな顔で尋ねてくるななこ。
「おまえの考えてるような仕事だ」
俺は意地悪く答えてやった。
「そ、そんなぁ……」
「ちなみにどういう仕事だと思ってるんだ?」
「それは……その」
見る見るうちにななこの顔が赤く染まっていく。
このアホ馬、やっぱりそう考えてるわけか。
「ふっふっふ」
もう少しからかってやってもいいだろう。
「夜の仕事ってのは大変なんだぞ。あれやこれやそれやどれやと」
「あ、あれこれそれどれ」
「よいではないかよいではないか」
「い、いやーん……」
「……アホか」
本気で信じてしまいそうなので止めることにした。
「あのなあオマエ」
「は、はい」
「さっき自分で言った事忘れたのか?」
「自分で言った事……?」
「わたしの姿は契約を交わした人間でないと見えないし、触る事も出来ない」
姉貴が運転席からさっきのななこのセリフを復唱した。
「あ。そ、そういえば」
「そういえばじゃねえタコ」
頭を小突く。
「だ、だって夜の仕事っていったらやっぱりえろえろなのを考えてしまうじゃないですかっ」
「見えないし触れない相手でどうえろえろするんだよ」
「そこ、頭の悪い会話は止めてくれ」
「へいへい」
自分で言ってて頭痛がしたぞ今。
「とにかくソッチ系の仕事じゃねえ。出来るかアホ」
「では一体何の仕事なんです?」
「この方向ってことはアレだろ姉貴?」
今までの道のりで俺は予想がついていたのだ。
この場所には以前連れてこられたことがある。
「アレだ」
「今度はちゃんと許可とってあるんだろうな?」
「もちろんだ。正規の依頼だよ」
「ならいいんだが……前回は死にそうになったからな」
ななこと知り合う前の夏の話だ。
この場所に俺は連れてこられ、仕事をしたのである。
その時は生きるか死ぬかというピンチをも体験した。
「そ、そんな危ない仕事なんですか?」
「まあオマエなら大丈夫だ。安心しろ」
「とっても不安なんですけど……」
「はい。到着」
姉貴は道の端に車を止めた。
場所は本当に気持ち程度に作られた囲いのある駐車場だ。
「降りるぞ」
「あ、はい」
俺の後ろをついてくるななこ。
「後ろ見てみな」
「後ろですか?」
駐車場の明かりでかろうじて周囲が見える。
「……う、うわっ! あ、有彦さんっ? 地面がありませんよっ?」
「そりゃ崖だからな」
駐車場の真後ろは地上何メートルあるんだかの崖下が大きな口を開けていた。
「落ちたら死ぬだろうね」
平然と物騒な事を言いやがる姉貴。
「どうしてこんなところに……」
飛べるくせにななこは崖を見て怯えているようだった。
「だから仕事のためだっつーに」
「教えてくださいよ。どんな仕事なんですか?」
「……はぁ」
ここまで来たら隠す必要もないか。
「虫の捕獲」
俺は答えを教えてやることにした。
「む、虫?」
あっけに取られた表情をするななこ。
「そうだ。と言ってもただの虫じゃないぞ。カブトムシだ」
「……カブトムシですか」
「そう。カブトムシはな。そっちの業界では高値で取引される虫なんだぞ」
「はぁ。何故わたしがその仕事に呼ばれたんでしょう」
「ななこちゃんは姿が見えない。浮いてるから足音もない。これは虫に近づく為に非常に有利なことだ」
「あ。なるほど。確かにそうですね」
俺や姉貴は慣れてるから平気だけど、シロートだとどうしても動きの荒さで虫を逃がしてしまうのだ。
だがこいつなら音がしない。
まったくその心配がないのだ。
「そしてこの場所は知る人ぞ知るカブトムシの養殖場。そこいらじゅうにカブトムシがいる」
「よ、養殖場」
「おまえの仕事はカブトムシを捕まえる事だ。きばってやれよっ!」
俺はななこの肩をばしっと叩いた。
「えと、そんな場所のカブトムシって勝手に捕まえていいものなんですか?」
「だから許可は取ったと姉貴が言ってただろう。な?」
「ああ。前回は勝手にやってスズメバチけしかけられたからなぁ」
くっくっくと思い出すように笑う姉貴。
「笑い事じゃねえぞっ。こっちゃ死ぬところだったんだ!」
この姉、血の繋がった弟を盾にして逃げやがったのである。
なんたる極悪非道ぶりだろうか。
「悪い悪い」
ちっとも悪びれてない表情の姉貴。
「で、今回のルールは?」
こんなヤツに構っていてもしょうがない。
さっさと仕事を終わらせてしまおう。
この養殖場の親父は変わった人で、毎度捕獲するにも様々な条件をつけてくるのだ。
そして条件をクリアするとボーナスが出ると。
普通に仕事をするよりかはゲーム感覚でそれなりに楽しい。
「3時間取り放題。数が多ければそれだけ弾むとさ」
「上等。わかりやすくていいじゃないか」
前回は角が何センチ以上がオスが何匹とか面倒な条件だったからな。
「じゃ、いつもの場所で落ち合おう。ほれ」
姉貴は俺に懐中電灯を放り投げ、漆黒の森の中へと消えていった。
「一子さん、懐中電灯なしで平気なんですか?」
「まあ今日は月も出てるしな」
懐中電灯の灯りがあると虫が逃げてしまったりする。
姉貴のそれは何も考えなしでやってるわけではないのだ。
あっちは俺よりも昔からこの仕事をやってたらしいし。
「さすがですねえ」
「さて、俺らも行くぞ。ななこ、おまえ透視能力とかあるか? 暗視能力でもいいんだが」
「え? あ、はい。まあどちらもありますけど」
「そうか。なら奥の方にある一番でかい木が見えるな?」
「えと……」
暗闇の中をじっと見つめるななこ。
「はい。ありますねぇ」
「そこのふたつ右だ。そこを目指す」
「一番大きいのじゃなくていいんですか?」
「採れるポイントはだいたいチェックしてあるんだよ」
俺は懐中電灯のポケットから地図を取り出した。
「やたら本格的ですね」
「これも生きるためだ」
人間生きるためならあらゆる苦労を惜しまないもんである。
「……有彦さんが珍しくまともな事を」
「やかましい」
「あたっ……酷いですよぅ」
「いいからとっとと行け」
「はーい……」
ななこを先頭に俺たちは漆黒の森の中を進んでいった。
続く