まさかそんな理由で笑っているとは言えないもんで。
「これから楽しくなりそうだなと思ってさ」
かっこよくそう決めてみるのであった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その22
「……まあこんなところでしょうかね」
「うわ、すげえ……」
物置と化していた空き部屋が、信じられないほど綺麗に整えられている。
「シオンの指示通りに物を動かしただけなのにね」
「本当だな。信じられん」
部屋に入って最初の数分間、シオンさんは黙って荷物を眺めていた。
あまりの汚さに絶句していると最初は思っていたのだが。
「有彦。まずそこの本をここに重ねてください」
それから始まって、あれをこれ、そこにこれと指示通りに荷物を動かしていった。
するといつの間にか、部屋が綺麗になっていたと。
「要するに整理整頓が出来ていなかっただけです。きちんと物を移動させればこのくらいのスペースは余裕で確保できるのですよ」
このくらいのスペースというのは、人が五人くらい寝転んでも余裕くらいの広さである。
今まではその広さを無駄に使っていたということか。
「これが錬金術師というものです」
シオンさんは少し自慢げだった。
「……どのへんが錬金なのかよくわからないのだけが難点だな」
ただの整頓上手って感じもしなくもない。
「何を言っているんですか。アトラスの秘術を駆使しているというのに」
「秘術?」
「ええ。まずエーテライトで部屋内部の物の位置を完璧に把握し、同時にどの位置に物を……」
「い、いや、説明しなくてもいいって」
説明されたってどうせわかるわけないし。
「……残念です」
どうやらシオンさんは説明マニアらしかった。
「とにかくこれで部屋が出来たわけだ。めでたしめでたし」
「そうだね。今日はゆっくり眠れそうだよ」
弓塚はとても嬉しそうである。
「酔っ払いもいない……怖い犬もいない……おまわりさんも……静かに眠れるんだ……」
「……苦労してきたんだなぁ」
っていうか吸血鬼のくせに怯える対象がショボイ気がする。
「寝るのはまだ早いですよさつき。食事もありますし……何よりも」
そこでオレの顔を見るシオンさん。
「な、なに?」
「有彦。この家にはお風呂がありますよね?」
「あ? ああ、そりゃもちろんあるけど」
「あ……ああああっ!」
それを聞いた弓塚が叫び声をあげた。
「な、なんだ? どうした?」
何をそんなに驚いているんだろう。
「そ、そっかっ。お風呂があるんだ……うわぁ、どうしようどうしよう……こんな幸せでいいのかなぁ」
「な、泣いては駄目ですさつきっ。泣いたらお日様に笑われてしまいますよっ」
「お日様なんて嫌いだもん……ぐすっ」
「……あー」
そうか。路地裏に風呂なんてあるわけないもんなぁ。
年頃の女の子だったら風呂にだって毎日入りたかっただろうに。
吸血鬼なんていう立場が、そんな当たり前の事すら出来なくさせていたのだ。
「よし。今日は好きなだけ風呂に入るといいっ。ああ、その間に服も洗っておいてやるぞっ」
「あ、ありがとう乾くんっ」
二人の衣服も結構汚れていた。
「一度全部綺麗にして、新たな出発といこうや」
弓塚風に言うなら、幸せの第一歩である。
「……風呂を覗いたり、衣服でアレやナニをしたりするのは禁じますよ、有彦」
「するかっ!」
いや、ちょっとは考えてたけどさ。
「服はわたしがやっておきますよー。有彦さんに触らせたら危険ですもん」
そこでしゃしゃり出てくるななこ。
「勝手にしやがれ」
まったくこいつら、いい男への対応が間違ってるんじゃないだろうか。
一緒に入る? くらい言ってもいいだろうに。
「おーいおまえらー。飯出来たぞー」
「ん」
下から姉貴の声が聞こえた。
「……行くか」
まずはとにかく腹ごしらえからだ。
「了解です」
「楽しみだなぁ」
さくっ。
「な、なんという肉の柔らかさですかっ?」
「凄い……ナイフがなんの抵抗もなく入るよっ?」
ステーキ肉の柔らかさに驚愕している弓塚とシオンさん。
「そ、そうか……これは重曹を使って肉を柔らかくしているんだっ!」
オレはさも今気づいたように叫んだ。
「この肉の柔らかさにはそのような秘密があったのですか!」
「しかも味のほうも……」
ぱくり。
三人ほぼ同時に肉をほお張る。
「な、なんという肉のボリューム感!」
「それなのに鮮やかな舌触りが実に力強く肉汁を受け止めて、ステーキ全体の味を豊かに膨らませている!」
「うーまーいーぞー!」
どーん。
「……おまえらもうちょっと静かに食えんのか?」
姉貴があきれた顔をして俺たちを見ていた。
「へーい」
「は、はーい」
「……調子に乗りすぎました」
せっかく某マンガ風食事を演出していたというのに。
「っていうか弓塚はともかくよくシオンさんも乗ってきたな」
「情報をさつきから得ておいたのです」
「……さいですか」
実に無駄な錬金術の使い方である。
「なんかよくわからないけど楽しそうでしたねー。わたしも今度混ぜてくださいよ」
にんじんをほおばりながらそんな事を言ってくるななこ。
「いや、このネタは一度が限度だろう」
程々にしておかないと最後には巨大化してビームとか打たなきゃいけなくなるからな。
「でも本当に美味しいねこれ。食べたことないよ、こんなお肉」
弓塚が感動のあまりか、目をうるうるさせていた。
「知り合いの業者にいい所を安く卸して貰ったんだ」
「そんなんばっかりだよなおまえ」
「文句言うなら食わんでいいぞ」
「素晴らしい姉を持って幸せであります」
ぴしっと敬礼するオレ。
「それでよし」
「……ふ、ふふふ」
「な、なんだよシオンさん」
そんなに今のやり取りが面白かったんだろうか。
「いえ、このように楽しい食事は始めてかもしれません」
シオンさんはそう言ってにこりと笑った。
「ほんとだよー。もう夢みたい」
「幸せすぎて……成仏とかしないよな、弓塚」
吸血鬼が成仏するっていう話は聞いたことないけど。
「し、しないよ、多分……きっと」
「さつきは現世に未練たらたらですものね」
「も、もうっ。シオンっ?」
「ふふふ……」
よほどツボだったのか、笑い続けるシオンさん。
「……あ、あははははっ」
弓塚もつられて笑い出した。
「なんなんだろうね、まったく」
相変わらず姉貴は呆れた様子だったけれど。
「こういうにぎやかな食事は嫌いじゃねえだろ?」
「……まぁな」
オレとしても久々の楽しい食事であった。
続く