「……あ、あははははっ」

弓塚もつられて笑い出した。

「なんなんだろうね、まったく」

相変わらず姉貴は呆れた様子だったけれど。

「こういうにぎやかな食事は嫌いじゃねえだろ?」
「……まぁな」
 

オレとしても久々の楽しい食事であった。
 
 


『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その23

「さてと」
「どこへ行くつもりなんですか? 有彦さん」

食後だいぶ経ったあとに部屋を出ようとすると、ななこが入り口に待ち構えていた。

「便所だよ。どけ」
「駄目です。そんな事言ってお風呂を覗きにいくんでしょう」
「……ほほう」

オレはそれを聞いて笑いをこらえることが出来なかった。

「な、なんですかその笑いは」
「そうか。弓塚たちは今風呂に入っているのか」
「え……あっ」

慌てて口を押さえるななこ。

だがもう遅い。

「女の子が風呂に入っていたら覗くのが礼儀だろう?」
「意味わかんない事言わないでくださいよっ。変態扱いされますよっ? いいんですかっ?」
「ふ。おまえこそ甘いぞ。さっきシオンさんが言っていた事を忘れたのか?」
「……風呂を覗いたり、衣服でアレやナニをしたりするのは禁じますよって言ってたじゃないですか」
「そうだ。だが、それはごく当たり前の事で、言う必要ないはずじゃないか」
「そ、それは有彦さんがスケベだから」
「違う!」

ななこの反論を打ち消すべく、オレは大声で叫んだ。

「そういう事をわざわざ言うって事は、覗いて欲しいって事なんだよ!」

どーん。

「……」
「い、いや、ちょっとは反論してくれよ」

そんなゴミくずを見るような目をしなくたっていいじゃねえか。

「有彦さんのへんてこ理論にはついていけません。わたしは断固阻止しますっ」
「ち」

こんなところで時間を食ってる暇はないっつーのに。

「……あ」

そこでオレはある事を思い出した。

「なんですか?」
「あのさ、吸血鬼って流れる水に弱いんじゃなかったっけ? 風呂入って大丈夫なのか?」
「……あれ?」

首を傾げるななこ。

そこでななこに隙が出来た。

「今だっ!」
「あっ!」

オレはななこの横をすり抜け、階段を駆け下りていった。

「ちょ、駄目ですよ有彦さんっ! 駄目ですってー!」
「無事かどうか確認するだけだっ。見なきゃ無事かどうかはわからんだろうっ!」
「それはわたしがやりますからっ! 有彦さんは戻ってくださいー!」
「うるさい、これは男のロマンなんだっ!」
「やっぱりそれが本音なんじゃないですかーっ!」

美女が居候しているこの状況で、風呂を覗かずして何が男か。

きっと遠野のやつだってやってるに決まっているっ。

オレは遠野に負けるわけにはいかないのだ。

アホな事に全力を尽くす。

それが男の、乾有彦の生き様だっ!
 
 
 

「うわーっと体全体が滑ったあっ!」

などと言いながら脱衣場に転がり込む。

そこでは洗濯機がごわんごわんと音を立てて回っていた。

おそらく弓塚とシオンさんの衣服を洗っているんだろう。

「……ということは」

間違いない、ターゲットはこの中にいる。

「チャンスだ……」

大げさに入り込んできたのに、洗濯機の音のおかげでまるで気づかれていないようだ。

どうやら神様もオレに味方してくれているらしい。

「いやっほーい! みんな元気かいっ?」

オレはさわやかに歯を光らせて浴室の扉を開けた。

「……うおっ」

そして目の前の光景に絶句した。

「よう」
「な、何故貴様がここにいるっ!」
「何故と言われてもな。普通に風呂に入ってるだけだが?」

オレの目の前には姉貴が立っていたのだ。

風呂なので当然全裸。

だが姉貴の裸なんぞみたってしょうもないのである。

「し、シオンさんはっ? 弓塚はっ?」
「……とっくの昔にあがっていったけど?」
「そ、そんな馬鹿な……」

既に遅かったというのか。

「さて有彦。姉の入浴を覗いた罪は万死に値すると思わんかね?」

にこりと笑う姉貴。

「暴力は良くないぜ。冷静に話し合おうじゃないか?」

オレも爽やかな笑みで返してやった。

「安心しろ。暴力じゃない。これは姉の愛だ」
「……」

まあ、無理だよな。

というわけで。
 

グワッシャアアアアアッ!
 

乾家の浴室に轟音が響くのであった。
 
 
 
 
 

「……有彦さん、湿布でもつけますか?」
「うるせいやい」

オレはまだ痛む頬を押さえていた。

さすがに姉貴のパンチは痛い。

「下らない事ばかりやっているからですよ、有彦」

呆れた顔をしているシオンさん。

ちなみに姉貴のパジャマを着ていたりするのだが。

サイズが合ってないのでだぶだぶであり、その姿はなかなかにそそる。

「でも心配してくれたんだよね? 吸血鬼が水に弱いって話があるから」

こちらも姉貴のパジャマだ。

っていうかあの女いくつ持ってやがるんだと聞きたくなるが、乙女の秘密とかほざくんだろう。

「うーむ」

下着も姉貴のものなんだろうか。

だとすると当然サイズが合わず……

「……有彦さん、鼻の下が伸びてますよ」
「おっといかんいかん」

このままじゃオレの評価はガタ落ちである。

「で、あれだ。吸血鬼が流水に弱いって話があったんだけど、ありゃ嘘だったのか?」

話題変換ついでに尋ねてみた。

一応世の中に出回ってる小説とかではそういうことになってるはずなんだけど。

「間違ってはいませんけどね。正しくもありませんよ」
「……なんじゃそりゃ」

シオンさんの回答は意味不明だった。

「例えばですね。秒速200メートルくらいの川に人間が入ったらどうなりますか?」
「どうって言われてもな」

まずただじゃ済まないんだろうけど。

「でしょう? この場合、人間は流水に弱いと言えるのではありませんか?」
「それはえらい極端な捕らえ方のような気がするんだが」
「世の中に出回っている吸血鬼の情報は、ほとんどが脚色されていますからね。これもそのひとつです」
「なるほど」

人間だって多少の水流なら平気だけど、限度がすぎればヤバイ。

吸血鬼でもそれと同じなのに、物語では多少の水でも駄目と大げさに書かれているわけか。

「だいたい、その程度で吸血鬼が滅ぶのならば、埋葬機関などという大層な機関があるわけがないじゃありませんか」
「……それも胡散臭い話だけどなあ」

ななこや吸血鬼が実在している以上、そこも確かに存在しているんだろうが。

「わたしは吸血鬼が水に弱いとかいう話を知らなかったから、平気で公園の噴水とかに入ってたんだけどね」

苦笑いしている弓塚。

「生きててよかったなあ」

本当に水に弱かったらその時点で弓塚は終わっていただろう。

「それ、喜んでいいのかすっごい微妙」
「はっはっは」

確かにごもっともである。

「じゃあ他のも全部大げさに書かれてるって事なのか?」
「大げさだったり、まったくの嘘だったり……半々くらいですかね」
「ほー」
「日光には弱いですが、当たったらすぐ灰になるということはありませんし」
「教会の前とか平気で歩けるんだよね。さすがに十字架に触った事はないけど」
「……なんだかなぁ」

現実と物語のギャップを感じまくってしまうというかなんというか。

「主婦の雑誌じゃないんだから……」
 

神秘性とかファンタジーぽさとかを丸っきり感じない会話であった。
 

続く



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