現実と物語のギャップを感じまくってしまうというかなんというか。
「主婦の雑誌じゃないんだから……」
神秘性とかファンタジーぽさとかを丸っきり感じない会話であった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その24
「でも、物語の世界の吸血鬼は弱点多い気がするよね」
「そうですね。こんなにも弱点の多い化け物というのも希少なのではないでしょうか」
「うーむ」
そんなんばっかり聞いてたらホラー映画を見てもまるで怖くなくなってしまいそうである。
「そういう物語が出回ってるほうが埋葬機関にとってはいい事なんですよー」
オレが首を捻っているとななこがそんな事を言った。
「どういう事だ?」
「だってほら、吸血鬼になるのって大体人間なわけじゃないですか?」
「まあそりゃそうだな」
吸血鬼に血を吸われた人間が吸血鬼になるわけだし。
「吸血鬼になっちゃった人間さんが、『吸血鬼は日光に当たったら灰になる』っていう知識を持っていたらどうします?」
「どうって……まず昼は出てこない……あ」
なるほどそういうことか。
「吸血鬼は弱点が多いっていう嘘の知識を与えておくことで、行動を制限させるわけだな」
「そういう事ですね。ちなみに物語が丸っきりの嘘というわけでもありませんよ」
「そうなのか?」
「ええ。レベルの低い吸血鬼……死徒は愚かですから、ちょっとした流水でも駄目ですし、日光なんて即死するわけで」
「ほー」
吸血鬼といっても色々種類があるわけか。
埋葬機関に行ったら吸血鬼図鑑とかあるのかなあ、やっぱ。
「つまり高位と低位への対応を同時に同時にやっているわけです。えっへん」
「……いや、おまえが吸血鬼の物語を書いたわけじゃないだろ」
そんな自慢されてもなぁ。
「とにかく、吸血鬼の物語が世に広がる事は、対処法をも同時に伝えられるんでいい事なんです」
「でもさ。高位のやつが吸血鬼の物語がデマカセだって気づいたらまずいんじゃないのか?」
「んー。自我のあるレベルで生き残る人って少ないんで大丈夫でしょう」
「……少ないねえ」
そのレアな人がここに二人もいるんですけど。
しかも一人は元同級生ですぜ。
どれだけ世の中は狭いというんだろうか。
「まあ大衆娯楽小説に文句を言ってもしょうがないですよ。創作は創作、現実は現実です」
「理屈はわかるんだがなぁ」
人間を扱った小説だってゴマンとあるけど、そんな物語みたいな展開があるわけがないと。
「いっそあれだ。そういうリアルな吸血鬼の強さみたいなのを書いたら面白いんじゃないかな」
弱点ばかりじゃない生の吸血鬼の姿を書くのだ。
「そんな弱点のない吸血鬼が大活躍なんて物語うけるはずがありませんよ」
「うーむ」
確かに弱点があってこその吸血鬼って感じもするけど。
「ちょっと捻りを加えてみたらどうだ?」
「捻りですか?」
「ああ。例えばその吸血鬼がすっごい美人とかどうだ?」
その吸血鬼は男主人公にベタボレ。
つまり主人公が弱点というわけだ。
男主人公はもちろん滅茶苦茶強くて、美男子。
美男美女のコンビは襲い来る敵をバッタバッタと……
「……微妙だな」
自分で想像してうんざりしてしまった。
そんな小説うけそうもないし、現実でなんてもっとありえない事だ。
「自分で言っておきながら自己完結しないでくださいよ」
呆れた顔をしているななこ。
「いや悪い」
変な事は考えるもんじゃないなぁ。
「そうなると結局無難な話ばっかりになるわけか……」
弱点の多い吸血鬼が出てきてで、最後はそれを倒してハッピーエンドと。
王道だけどそれが一番うける気がする。
「わたしは乾くんの今の状況のほうがよっぽど面白いと思うけどなぁ」
そんな事を言う弓塚。
「……埋葬機関のウマが一匹に美人の吸血鬼が二人か」
職業は不明だが人脈だけはすさまじい姉がいて。
そんな奴らばかりに囲まれているオレと。
「冷静に振り返ると嫌過ぎる環境だな」
「うわ、有彦さんがひどい事言ってますよ?」
「失礼ですね。こんな美女たちに囲まれて何が不満だというのですか」
「美女だなんてそんな……えへへ。褒めても何も出ないよ?」
「……」
オレが一言しゃべると三倍になって返ってくる。
「いかん、オレが憧れていたのはこんな状況だったか?」
だぶだぶパジャマの美女二人とオマケの馬が一匹。
シチュエーション的にはいいはずなのだが。
「理想と現実はまるで違うのですよ」
「……はっはっは」
実に手厳しいお言葉であった。
「なるほどよくわかった気がする」
世の中全ての男が憧れるだろう美女との同棲。
それがこうも理想とかけ離れているだなんて。
吸血鬼なんていう身近じゃない生物の情報が、確かであるはずがないじゃないか。
「何か嫌な理解のされ方をしている気がします」
「気のせいだろうきっと」
オレはため息をついて立ち上がった。
「どこへ行くのです?」
「……風呂だよ。オレはまだ入ってないんでな」
このままここにいても気が滅入ってしまいそうである。
「あ。ごめんね。先にお湯貰っちゃって」
「気にするな。野郎ってのは後回しにされるべきなんだよ」
どうせカラスの行水なんだし。
「……で、なんでついてくるんだおまえは?」
オレは脱衣場の手前でオレは後ろを振り返った。
「な、なんで気づいたんですか?」
そこにはななこの姿が。
「いや、それはなんとなくなんだが」
ふと後ろを見たら、こいつがついてくる姿が見えたのである。
「で、おまえの理由は?」
「……えと、わたしもなんとなくなんですが」
「アホ。オレはこれから風呂に入るんだぞ」
オレはさっさと上着を脱ぎ始めてしまった。
「わ、わ」
こいつに裸なんぞ見られても今更って感じだし。
「そ、その、有彦さん、最近わたしに冷たくありませんか?」
「あん?」
「……」
口を尖らせているななこ。
「つまりあれか。シオンさんや弓塚には優しいけど、おまえに対する扱いが悪いと」
「違いますか?」
「全然違う」
「だ、だって……」
「……あのなぁ」
オレはため息をついた。
「あの二人は昨日ここに来たばかりだ。対しておまえは以前からずっと居候してる。扱いが違うのは当然だろう?」
「……」
「オレはおまえにはいつも通りの対応をしてるつもりなんだがな」
だからこそななこに対する扱いがきつく感じるのかもしれないけど。
「で、でも、その」
まあこんな言い方をしてたんじゃこいつは納得するまい。
と言って本音もあまり言いたくはないのだが。
この際仕方ないだろう。
「……つまりだな、おまえは常に本音でモノが言えるような、そんな存在なわけだ」
「え?」
「え? じゃねえ。だから……その、えーと」
なんと言ったらいいのかわからないけれど。
こいつ相手には変に着飾らなくていいというかなんというか。
要するにその……なんだ。
「さ、さびしい思いをさせたんだったら……悪かった」
言ってて無茶苦茶体温があがるのを感じた。
まったく、なんつー恥ずかしいセリフだ。
「うふ、うふふふふ」
「……なんだよ」
ななこはさっきまでの落ち込みようが嘘のように笑っていた。
「有彦さんっ。背中でも流しましょうか?」
「……いや、遠慮しと……」
遠慮しとくと言いかけて止めた。
一応あんな事を言った手前だしなあ。
「じゃあ頼む。だが、アクシデントがあっても知らんぞ?」
照れ隠しに笑いながらそう言ってみると。
「望むところです」
なんて抜かしやがった。
「……知らんぞ? どうなっても」
「はい。ドキドキしますねー」
ななこはますます嬉しそうな顔をして笑うのであった。
続く