ジリリリリリリリリ。

「……あん?」

オレは仕掛けた覚えもない目覚まし時計の音で目が覚めた。

「うーん〜……朝ですか?」

ななこが目をこすりながら起き上がってくる。

こいつがどうして隣に寝てたかというと、まあ、そういうことだ、うん。

「いや、よくわからんが目覚ましが鳴ってて……」
 
 


『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その25




ジリリリリリリ。

「あれ?」

どうもその音の出所はこの部屋ではなく、外から響いているようだ。

「……姉貴の部屋のが聞こえるはずもねえし」

とすると。

「うおーい、弓塚ー?」

ドア越しに声をかけてみる。

ジリリリリリリ。

「……ええい」

これじゃらちがあかなそうだ。

「開けるぞ? いいな」

弓塚たちの部屋のドアを開く。

「あれ?」

だがそこに弓塚とシオンさんの姿はなく、畳んだ布団と、その傍でやかましく音を立てている目覚ましがあるだけだった。

「……とりあえず」

目覚まし時計を止めて。

「どうしたんですか?」

ななこが後ろから声をかけてきた。

「いや、弓塚たちがいないんだよ」

吸血鬼が朝っぱらから行動とは、実に奇妙である。

「下にいるんじゃないですか?」
「下ねえ」

まあここにいないんだから多分そうなんだろうが。

「行ってみるか」
「はい」

てってってってっ。

「……どうした?」

はい、とか言っておきながらななこはついてこようとしなかった。

「え? だって一緒に降りていったらいかにもアレじゃないですか〜」

自分で言っときながら照れくさそうに悶えているななこ。

「アホ」
「いったあっ」

いつものように頭を小突くオレ。

「行くぞ」
「え、えへへ」

ななこはどうやらすっかり機嫌を直してくれたようであった。
 
 
 
 

「あ。乾くん。おはよー」
「うおっ」

パジャマにエプロンという意味のわからない姿で振り返る弓塚。

「……いや、これはこれで」

新しいロマンを開拓出来るかもしれんな。

「どうしたの? 乾くん」
「あ、いやいや、弓塚こそどうしたんだ? パジャマにエプロンなんてつけて」
「エプロンをつけてする事などひとつしかありませんよ、有彦」

シオンさんも弓塚とまったく同じ格好であった。

「料理?」
「正解です」

台所には味噌汁のいい匂いが広がっていた。

なるほど、あの目覚ましは朝飯を作るためのものだったようだ。

たまたま目覚ましの鳴る時間より早く起きてしまったんだろう。

「で、なんでパジャマのままなんだ?」

エプロンつける余裕があったんなら着替えてくればいいのに。

「だって洋服は昨日洗っちゃったし」
「干すにしても、吸血鬼ですから」
「あ……そっか。なるほど」

外に出れないから洋服は簡単に乾かないし、代わりの洋服が無いって事か。

「それは後でななこに外に出してきてもらおう」
「わたしがですか?」
「オレがやってもいいのなら話は別だが」
「……今すぐやってきます」
「そうしてくれ」

ななこは壁をすり抜け洋服を取りに行った。

こういうのはななこに任せてしまうに限る。

「姉貴に服を借りるってのは……無理だもんな」
「パジャマならなんとか大丈夫なんだけどねー」
「普段の洋服となるとちょっと……」

パジャマならだぶだぶでもなんとか行動出来るんだろうが、普段着となると調子が変わってくるからな。

「スカートも持ってないだろうし」

この格好では弓塚とシオンさんのまぶしい太ももが見れないのが痛い。

「まあ、しばらくはこれで構いませんよ」
「……さいですか」

早く洋服乾いてくれねえかなあ。

「お。出来てるみたいだな」

姉貴が頭をぼりぼり掻きながら入ってきた。

「二人が朝飯作ってること知ってたのか?」
「誰がエプロン貸したと思ってるんだよ」
「あー、なるほど」

そりゃ知らないわけがないわな。

「メニューは任せたんだけど、どんなもんだい?」
「あ、はい。目玉焼きと焼き魚、それにお味噌汁です」
「お。割といいじゃないか」

これでもかってくらいに日本の朝飯定番である。

「日本の朝食が実際どのようなものなのか確かめさせて頂きます」

シオンさんはきらきらした目で食卓を見ていた。

「ほう。シオンのリクエストなのかい?」

姉貴がシオンさんに尋ねる。

「はい。是非この機会に日本の味を知っておこうと思いまして」
「久々に作ったから美味しくなくても怒らないでね?」
「安心しろ。オレは悪食なんだ」
「あ、あはは」

そう言って見せると弓塚は苦笑いしていた。

「さつきの料理の手際には驚きました。味にも期待できると思います」
「……そーいや手製の弁当とかよく持ってきてたもんな」

結局一度も遠野に食ってもらった事は無いみたいだけど。

「まあ、前置きはいいからとにかく食べてみようや」
「そうだな」

匂いを嗅いでいたらいい具合に腹も減ってきたし。

「干してきましたよー」

うまいタイミングでななこも戻ってきた。

「おう、座れ座れ」

みんなで向かい合って座りあい。

「いっただきまーす」

朝食の時間の始まりである。

「……お」
「ど、どう?」

目玉焼きをほおばったオレを弓塚が期待と不安の入り混じった目で見ていた。

「なかなか美味いぞ」
「ほ、ほんとっ?」
「ああ。オレや姉貴の料理と違ってちゃんと味付け出来てるって感じで」

乾家の料理はそれこそ食えればいいってレベルなのである。

「……よかったあ」

ほっと安心したような表情に変わる弓塚。

「食うのが遠野だったらもっとよかっただろうがな」
「もう。乾くん?」
「冗談だ。はっはっは」

今度は魚にも手を伸ばしてみる。

「……ほうほう」

こちらも焼き加減といい味付けといい、かなりのレベルであった。

「うん、いいじゃないか」

姉貴も満足げである。

「えへへ、ありがとうございます」

料理を褒められまんざらでもなさそうな弓塚。

「シオンはどう……あれ?」
「どうした?」

シオンさんはある料理を見たまま固まっているようだった。

「さ、さつき。なんですかこのネバネバした豆は。何か嫌な匂いがするのですが」
「なんですか……って。納豆だけど?」

そう、シオンさんが見ていたのは納豆である。

「な、納豆……そうですか、知識では知っていましたが……これが」

なるほど、外人にとって納豆なる食い物は未知のものなんだろう。

「結構美味いっすよ。しょうゆ入れてぐるぐる掻きまぜて」

オレの前に置かれていたそれを取って実践してみせた。

「これをごはんに……と」

とろとろになったそれをご飯にかける。

「うあ……」

シオンさんはそれを思いっきり引いた目で見ていた。

「……いや、美味いんですよ? マジで」
「まあ人には好みっつーもんがあるからね」

納豆は特にそれが顕著なものだろう。

関西人は絶対食べないとか聞いた事があるし。

ちなみに姉貴は納豆は食えるけどご飯にはかけないという変わり者である。

「わたしはにんじんさえあれば幸せですよー」

ななこは嬉しそうに何本目かのにんじんをほおばっていた。

「誰も聞いてない。つーか今日から自腹だからな。覚えておけよ」
「……あう」

そう。ななこが仕事を始めたからもう食費に悩む事がないのだ。

なんて幸せな事だろう。

「しかし……納豆ってだいたい朝食の定番なんだけどなあ」

牛丼屋の朝メニューにも納豆定食ってのがあるし。

「……むう」

その一言ががシオンさんの心を揺り動かしたらしかった。
 

「わ、わかりました。郷に入っては郷に従えということわざもあります。食べてみる事にしましょう」
 

続く



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