牛丼屋の朝メニューにも納豆定食ってのがあるし。
「……むう」
その一言ががシオンさんの心を揺り動かしたらしかった。
「わ、わかりました。郷に入っては郷に従えということわざもあります。食べてみる事にしましょう」
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その26
「お、いくのか?」
ごくりと唾を飲み込み、納豆の入れ物を取るシオンさん。
「し、シオン。無理しないでもいいんだよ?」
「いえ、やります」
シオンさんは二本の箸をグーで握ってぐるぐると回し始めた。
「……初心者はあまり混ぜないことをお勧めしよう」
「何故ですか?」
「混ぜれば混ぜるほどねばつくからな」
納豆嫌いな人は大抵あのネバネバが駄目なんだそうだ。
「そ、そうですか……」
箸を止めるシオンさん。
「……まずそのまま食べてみたら?」
「了解です……が」
いつの間にやら全員の視線がシオンさんの動向に注目していた。
「そ、そんなに見ないでください。食べ辛いです」
「へーい」
「あ、ご、ごめんね」
「……まあ頑張ってくれや」
「ドキドキしますねえ」
全員目線を逸らす。
が、やはりシオンさんを意識している事には変わりはない。
「……」
よって沈黙が食卓を支配していた。
「で、話題は200%変わるんだが」
ぱんと手を叩く姉貴。
空気を読んだとかそういうんじゃなくて、自分が食い終わったから話を始めるである。
「に、200%だあ?」
「仕事の話だからね」
確かに今までとは丸っきり違う。
つーか違いすぎる。
「さつきちゃんとシオンちゃんはななこSGKの社員となったわけだが」
「あ、は、はい」
「乾家の心得だったらもう教えておいたぞ?」
話が二重になってもつまらないので先にそう言っておく。
「いや、その話じゃなくてな」
「ん? じゃあなんだ?」
「一昨日まではななこちゃんとおまえで仕事をしてただろ?」
「まぁな」
「で、今日の仕事はさ、その一昨日から決まってたもんだから、二人で行けば十分なんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。だから今日の仕事は有彦とななこちゃんで頼むわ」
「がんばりましょうねっ。有彦さんっ」
姉貴に指名されてやる気十分のななこ。
「ん? ああ……」
弓塚とかシオンさんと一緒のほうが不安要素が少ないんだけどなあ。
「わたしたちはどうしましょうか?」
弓塚が尋ねる。
「そうさね。まあ適当に家の掃除でもして貰うよ。真昼間から外は辛いだろ」
「あ、はい。すいません」
ぺこりと頭を下げる弓塚。
「シオンもそれでいい……よ……ね?」
弓塚がシオンさんを見てなんともいえない表情をしている。
どうしたんだろうとそっちを見てみると、理由がよくわかった。
「……」
シオンさんは相変わらず納豆とにらめっこをしていたままだったのである。
「シ、シオン……」
再び全員の視線がシオンさんへ集まった。
「……さつき」
ぎぎぎぎぎと機械のように顔を動かすシオンさん。
「な、なに?」
「納豆は……次回、また、挑戦ということで」
「そ、そうだね。それがいいと思うよ」
「は……ははは」
納豆ひとつでそこまで悩んでいたのか。
「どの回路を使用しても……これを美味だと感じられる要素が見受けられなかったので」
「はぁ」
天才ってのはなんでも難しく考えちゃうからなあ。
とにかくなんでもいいからぱくっと一口食えば全部わかるってのに。
「……このわたしが……たかが豆料理ごときに……」
シオンさんは恥ずかしそうな顔をして魚をつついていた。
「苦手は誰にでもあるって事かな」
割とシオンさんって何でも平気ってイメージがあるんだけど。
「……今回は見送っただけです。必ず克服します」
「はいはい」
少なくとも負けず嫌いではありそうだった。
「えと、魚の味はどうかな? シオン」
弓塚が尋ねる。
「どう……と言われても。魚の味がするだけですが?」
恐ろしくそのまんまな感想を言うシオンさん。
「しょ……しょうゆ、かけようよ」
「それくらい知っています。常識です」
慌てた様子でしょうゆを取る。
「かけすぎると死ぬぞ」
恐ろしい事になりそうな予感がしたので先に警告しておいた。
「そ、それくらい知っています。常識です」
「いや、セリフ同じだから」
「……」
シオンさんはぶすっとした顔でしょうゆをかけている。
「それくらいでいいんじゃないかな」
「……では」
ぱくりと一口。
「なるほど」
「どうかな?」
「なかなか美味です」
「そっか。じゃあ味噌汁もどう?」
「頂きます」
シオンさんは魚、味噌汁と満足げな様子で食べていく。
「ごちそうさまです」
あっという間に食器は綺麗になってしまった。
「お粗末さまでした」
その食べっぷりに満足げな弓塚。
「なかなか美味かったぞ」
オレはとっくに食い終わっていたのだが、ついでに感想を言ってやる。
「あ、あはは。ありがと」
弓塚は照れくさそうに笑っていた。
「あ、有彦さん、今度はわたしが料理を……」
対抗でもするつもりなのか、そんな事を言い出すななこ。
「ななこ、人には向き不向きがあるんだ。余計な事はやらんでいい」
「……うう、全然信用されてません」
にんじんばっかり食べてるやつの手料理なんぞ、期待できるわけなかった。
「はいはい、みんな食事終わったかね」
姉貴が頭を掻きながら立ち上がる。
「あ、はい」
「まぁな」
「じゃ、シオンちゃんとさつきちゃんは食器片付け。有彦とななこちゃんは現場へ向かいな」
「了解です」
「……はぁ、仕事か」
幸せの後に待つは憂鬱というかなんというか。
「いいじゃないですか。楽しいお仕事かもしれませんよ?」
「だといいんだがなぁ」
ななことセットでやる仕事というのは、基本的にオレがメイン扱いなのである。
そして姉貴がオレにやらせそうな仕事といったら、きつそうなのしか思いつかなかった。
「まあいい……行くぞななこ」
とにかくななこにサポートさせればなんとかなるだろう。
「はーい」
「頑張ってきてね、乾くん」
「おう」
「夜はわたしが料理を作らせて頂きますので」
「え? ……シオンが?」
何気なく言ったシオンさんの言葉に弓塚が顔を引きつらせていた。
「なんですかその嫌そうな顔は」
「……あ、ううん。なんでもないなんでもない」
「……」
なんだその不吉な事を感じさせる会話は。
「が、頑張ってきてね? 乾くん」
「……おう」
とりあず、あんまり腹の減る仕事じゃなきゃいいなあ。
そんな事を思ってしまうオレであった。
続く