「夜はわたしが料理を作らせて頂きますので」
「え? ……シオンが?」

何気なく言ったシオンさんの言葉に弓塚が顔を引きつらせていた。

「なんですかその嫌そうな顔は」
「……あ、ううん。なんでもないなんでもない」
「……」

なんだその不吉な事を感じさせる会話は。

「が、頑張ってきてね? 乾くん」
「……おう」

とりあず、あんまり腹の減る仕事じゃなきゃいいなあ。
 

そんな事を思ってしまうオレであった。
 
 

『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その27







「さてと」

オレは額に流れ始めた汗を拭った。

「帰るか」
「……まだ家を出てから100メートルも進んでないんですけど」
「なんか予想以上に暑いんだが」

家の中じゃそうでもなかったのに。

「雲ひとつないですからねぇ」

空はからっからの快晴で、太陽がうっとおしい位に照りつけている。

午前中はオレの家が日陰に入っているのでそんなに暑く感じなかったんだろう。

「こんな日は家でごろごろしてるに限る」

出来ればクーラーの効いてる部屋で。

「駄目ですよぅ。ちゃんとお仕事しないとっ」
「……わーってるよ。つーかおまえが言うな」

今まで散々ただ飯ぐらいをしてきたくせに。

「あー。暑いですねー。風でも吹いていればまだいいんですが」

あさっての方向を向いてしまうななこ。

多少の後ろめたさはあったようだ。

「……アヂィ」

しかしとてもじゃないけど日向なんて歩いていられない。

「日陰……日陰」

なるだけ日陰を選んで歩いていく。

「ま、待ってくださいよ〜」

ふよふよ浮かびながらついてくるななこ。

「……なんか浮いてるとそれだけで涼しそうに見えるよな」
「いや、別に温度に変わりはありませんけど」
「気分の問題だ」

暑いせいで思考が鈍ってるのかもしれない。

「……えーと次どっちだっけ」

ポケットから地図を取り出そうとする。

「あ」

地図はひらひらと舞って日向に落下してしまった。

「……ななこ、取って来てくれ」
「えー? い、いやですよ、わたしだって暑いんですから」
「精霊なんだからオレよりは暑くないはずだ」
「無茶苦茶ですよぅ……」

ぶつくさ言いながらも日向へ向かって行くななこ。

「……なんか、鉄板の上で焼かれてるって気分ですね」
「笑うに笑えんな」

汗を拭いながら地図を確かめる。

「あっちか……」

そこへ行くには日向を通っていかねばならない。

「なぁ……暑さを逃れるためには走ったほうがいいと思うか?」
「余計に体が暖まって辛いだけだと思いますが」
「……だよな」

覚悟を決めて日向へと出る。

「アヂイ……」

遠くのほうでは景色が揺らいでいた。

体中から汗がにじみ出てくる。

「し、仕事場に行くまでの辛抱ですよ」
「……ああ」

もうしゃべるのもかったるい感じだ。

「仕事……仕事」

こんな暑い日に仕事をしなきゃいけないだなんて。

全国の若者諸君、もっとお父さんお母さんに感謝しなきゃ駄目だぞ。

「……アヂイ」

早くこの地獄から開放されたい。

「あそこみたいですよ? 有彦さん」
「あ、ああ……」

ななこが指差した先に、ようやくその建物が見えた。

きっとその中ではクーラーも効いていることだろう。

「ようやくこの灼熱地獄から……」

解放される。

地獄のロードもこれで終わりだ。
 
 
 
 

「……」
「どうぞ〜。ただいまセール中で〜す」
「……」
「どなたでも10%割引〜。会員の方ならさらに10%値引きになりま〜す」
「……」
「あ、あの、有彦さん、大丈夫ですか?」
「……」

ななこが呼び込みのセリフを止めて尋ねてくる。

オレは答えずにぐっと親指を立ててみせた。

「……本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけねえだろ……」

ななこにしか聞こえないような小声で話す。

「……なんでこの炎天下に……」

ある巨大デパートで夏の感謝セールが行われているのだ。

それはまあわかる。

オレたちが担当しているのはそのセールのチラシ配りだ。

炎天下のチラシ配り。

辛い仕事だが、まあまだ納得してやろう。

それだけだったら。

「……なんでこの炎天下にぬいぐるみなんだ? ああ?」

オレはそのデパートのマスコットキャラクターの着ぐるみを来て風船配りをやらされていた。

「きゃ、客寄せになるからでは?」
「……」

ななこのいうことは事実である。

オレたちのところには結構家族連れが寄ってくるからだ。

「お姉ちゃん、風船ちょうだい〜」
「あ、はーい」

オレの持っている風船を少女に手渡すななこ。

本来ななこは人に見えないし触れないのだが、仕事のためうんちゃらかんちゃらの技で見えるようにしているらしい。

「寄って来る客はおまえと風船を目当てにであって……」

マスコットキャラクターに扮するオレへの扱いは酷いもんだった。

げしっ。

「イデッ」

尻の辺りを蹴られて振り返る。

「へへっ。バーカバーカ!」
「……」

やたらと生意気そうなガキがオレの事を挑発していた。

オレに絡んでくるのはこんなガキばかりである。

「どうせ中に人が入ってるんだろっ? こんな日にそんなことやってるなんてバッカじゃねーの」

誰が好きこのんでこんな仕事するかってんだ。

「……ふ」

だがガキの挑発に乗るオレじゃない。

仕事中に切れるような愚かな真似はしないのだ。

「おねえちゃ〜ん。風船ちょうだ〜い」
「……」

そのクソガキはオレが反応しないのでつまらないと思ったのか、ななこに風船をねだっていた。

「え、あ、うん、風船だね?」

オレから風船を受け取り渡すななこ。

「……ちゃ〜んす」

そのガキは風船を受け取るフリをして、別のところへ手を伸ばそうとしていた。

「え?」

とろいななこはそのガキが何をしようとしているかわかっていないようだ。

「おっぱいタッ〜……」

まあよくあるガキの悪戯である。

「……させるかよ、アホ」

オレはそのガキを掴んで後ろに引っ張った。

「うわあっ?」

しかしここでガキを痛めつけたんじゃ、イメージキャラクターとしての仕事を放棄した事になってしまう。

よって。

「……」

高い高いをする風に持ち上げてやり。

「わ……わ」

そのままゆっくりと降ろしてやった。

「……次やったらタダじゃすまんぞ」

滅茶苦茶に低い声でそう告げてやる。

「わ、うわあああああっ」

ガキは一目散に逃げていった。

「まったく……」

着ぐるみを着てなきゃあんなガキのひとりや二人どうにでも出来るのに。

いや、着ぐるみを着てなきゃそもそも絡まれるわけがないんだが。

「あ、あの、有彦さん、あのお子さんどうしたんです? 風船貰わずに行っちゃいましたけど」

ななこは何が起こったかよくわかってないらしい。

「……別になんでもねえよ。さ、仕事仕事」

やっぱりこいつの格好は刺激が強いんかねえ。

大して胸はでかくないのに妙に意識させるような感じがするし。

「おねーちゃん、それ、なんのマンガのキャラなの?」
「え? これは私服なんだけど……」
 

いたいけな少女に質問されるななこを見て、洋服でも買ってやるかなあと思うのであった。

続く



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