ななこは何が起こったかよくわかってないらしい。
「……別になんでもねえよ。さ、仕事仕事」
やっぱりこいつの格好は刺激が強いんかねえ。
大して胸はでかくないのに妙に意識させるような感じがするし。
「おねーちゃん、それ、なんのマンガのキャラなの?」
「え? これは私服なんだけど……」
いたいけな少女に質問されるななこを見て、洋服でも買ってやるかなあと思うオレであった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その28
「っだあーっ! うがー! あっぢいいいいー!」
休憩時間、オレは着ぐるみを脱ぎ捨て叫んでいた。
休憩場所は裏の倉庫。日陰ではあるがクーラーは置いていなかった。
「お、お疲れさまです有彦さん」
ななこはオレの叫びに驚いてるのか、普段より小さく見える。
「死ぬ! マジで死ねる! つーか主婦のみなさんはエアロビなんてやってないで着ぐるみダイエットやるべきだろ!」
それこそ体中から滝のように汗が流れ、サウナから出たあとのような状態になってしまっている。
むしろ体を動かす分、サウナより効果があると思う。
ちゃんと効果を実証して事業展開したら成功するんじゃないだろうか。
「え、えーと、お水どうぞ」
「水っ!」
かっぱらうように水を受け取り、一気に飲み干す。
「足りん! つーか頭から被りたいマジでっ!」
「え、あ、えーと」
きょろきょろと周りを探すななこ。
「あ。バケツありましたよっ」
「それに水を入れてっ!」
「ははは、はいっ」
蛇口を全開にしてたっぷりバケツいっぱい水を注ぐななこ。
「ど、どうぞ……あっ!」
「……」
まあ予想はしていたんだが。
ななこはバランスを崩してすっ転んでしまった。
ざばあっ!
当然、水の行く先はオレの体。
「あ、ああっ! だ、大丈夫ですか有彦さんっ?」
「……いや、浴びるつもりだったから構いやしねえんだけどさ」
汗と水でびしょぬれになったシャツを投げ捨て、用意されていた替えのシャツへと着替える。
「そ、そうですか」
「つーか、浮いてるはずなのにどうして転べるんだ?」
「いや、今は飛んでませんよ?」
「……あれ?」
言われてみれば確かに、ななこの足はしっかり大地を踏みしめている。
なるほど、ななこの妙に小さく感じたのはそのせいだったのか。
「実体化してる時はそっちに力使っちゃうんで、飛ぶのは止めてるんです」
「ふーん」
よくわからないけどとりあえず感心したようなフリをしてみた。
「どちらにせよ、高位精霊だからこそ出来る技ですね」
「はいはい」
こんなやつが高位精霊だっていうんだから、精霊業界のレートもたかがしれたもんである。
「全然信用してませんね有彦さん?」
「あー。せっかくの休憩時間に喧嘩するつもりはねえぞ」
この後のためにも、休憩時間は休むべきなのだ。
「……そ、そうですね」
ななこもそう思ったのか、それ以上今の件を追及するのは止めたようだ。
「じゃあ、ご飯を……」
家から持ってきたにんじんを取り出すために、リュックを開けようとするななこ。
「ちょっと待て、その前に」
休まなきゃいけない事は十分わかってるんだが。
「なんですか?」
「……その、なんだ」
「?」
「あー」
いや、やっぱりこういうことはちゃんとせんと駄目だろう。
若き少年たちを惑わしてしまうからな。
「……服を買いに行かないか?」
ななこ相手にまだるっこしい言い方をしても通用しないので、ストレートにそう言ってみた。
「有彦さんのですか?」
「……」
いかん、これでも駄目だったか。
「おまえのだよ、お・ま・え・の」
「……はい?」
「だから、おまえの服を買いに行くの」
いくらなんでもこれで伝わるだろう。
「……」
ななこはしばらく呆気にとられたような顔をしていた。
それから。
「うわ、それって……その、えへ、えへへへへ」
顔を真っ赤にして悶え始めた。
「な、なんだよ、気持ち悪いな」
「だってそれってあれじゃないですか。デートですよね?」
「……」
ばっかオメーちげえよ何言ってんだコノヤロウ。
それくらい言いたかったんだけど。
「うわ、でもなんか……て、照れますね、こういうの」
予想以上の反応をしているななこに向かって言う事が出来なかった。
「や、やかましい。とにかくさっさと行くぞっ。時間ねえんだからな」
「はいっ」
ななこはにこにこしながらオレの腕に抱きついてきた。
「……ただでさえ暑苦しいんだから止めてくれ」
「え〜? いいじゃないですか〜」
「〜〜〜〜〜〜〜」
あーもうなんだってこいつはいつもこう……
「つーわけでこいつに合いそうな服をセレクトして下さい」
「はい。お任せください」
にこにこ笑いながらも、店員さんはななこの奇妙な格好が気になるらしかった。
「いや、いま呼び込みのバイトしてて、休憩中なんすよ」
「ああ……なるほど」
それで呼び込み用のコスプレと勘違いしてくれたようだ。
実際は普段着そのものなんだけど。
「じゃあ、ちょと行ってきますね」
「はいはい」
ななこは少し名残惜しそうな顔をして店員さんについていった。
「……どんなんになるかね」
なんとなくワンピースとか似合いそうな気がするけど。
「精霊に新しい服ってのも妙な話だよな」
ちなみにあのヘンテコな服がちゃんと脱げる事は先刻承知である。
どうして知ってるかっていう野暮なツッコミは控えてくれるかな、べいべー。
「……いかん、まだ熱が残っている」
デパート内はクーラーがガンガン効いていたけれど、頭まで冷やしてくれるまで至ってなかったようだ。
「有彦さ〜ん」
「あん?」
振り返るとななこが何着かの洋服を持っていた。
「どれがいいですかね?」
「……別に好きにすりゃいいだろ」
「わ、いいんですか?」
やたらと嬉しそうな顔をするななこ。
「じゃあこれとこれと……」
そしてそのへんの服をまた物色し始めだした。
「……なあ。ひとつ誤解してるなら言っておくが」
「なんです?」
「奢りじゃないぞ」
ぱさり。
ななこの手から洋服が落ちた。
「そ、そんなあっ? 洋服買いに行くぞって言ったじゃないですかっ?」
「行くぞと言っただけだろう。どこに奢るなんて言葉がある」
オレはただ付き添いで来ただけなのだ。
「普通常識じゃないですかっ」
「そんな常識オレは知らん」
「うー」
やたらとうらめしそうな顔でオレを見るななこ。
「唸っても駄目」
「有彦さんに期待したわたしがバカでした」
「……」
そう言われてしまうとすこしかちんとくる。
「……」
オレはバーゲンと書かれたところにある安っちいワンピースを取った。
「おまえなんぞこの程度の服で十分だろ」
「どうせわたしなんてこの程度の安い女ですよーだ」
「どうせ滅多に着ないんだからいいんだよ。さっさとサイズ見て来い」
「……はーい」
ぶつくさ文句を言いながらもしっかりそれを受け取るななこ。
「取りあえず、今は金がないだろうから今回は払っておいてやる」
背中に向けてそう言ってやった。
「……あ、有彦さん?」
「必要経費として姉貴に要求するからいいんだよ。さっさと行けっ」
まあどうせ姉貴は払っちゃくれねえだろうが。
「……あの、ええと、その」
「いいからさっさと行けっつーに」
「あ、は、はいっ。ありがとうございますっ」
深々と頭を下げ、ななこは試着室へと向かっていった。
「……ったく」
オレもまだまだ甘いなあ。
「1万2000円になりまーす」
「……」
いや、ほんとマジで。
「あ、あの、わ、わたしからも一子さんに話を……」
「……そうしてくれるとありがたい」
よい子のみんな、レジに行く前に必ず値段を確認しなきゃ駄目だぞっ?
続く