オレもまだまだ甘いなあ。
「1万2000円になりまーす」
「……」
いや、ほんとマジで。
「あ、あの、わ、わたしからも一子さんに話を……」
「……そうしてくれるとありがたい」
よい子のみんな、レジに行く前に必ず値段を確認しなきゃ駄目だぞっ?
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その29
「はい。今日はどうもお疲れさま」
「お疲れでーす」
そんなこんなで仕事も終わり、日給を貰うオレたち。
「結構君ら好評だったよ。明日もやらないかい?」
「……い、いや、遠慮しておくッス」
着ぐるみ蒸し風呂地獄はもう勘弁願いたい。
何より。
「収入より出費がでかいんじゃやってられないからな」
「ん?」
「いやいやこっちの話ですんで」
ななこの服を買ったせいで、今日の収入なんてまるで無いに等しかった。
「やはり時代はコスプレなのかな……」
「じゃ、じゃあオレらは帰ります。行くぞななこ」
「あ。はい。おつかれさまでーす」
このデパートでななこの格好した女の子が量産されるかもしれんな。
「涼しくなってよかったですねー」
「まあな」
さすがに日が暮れた頃には暑さも収まっていた。
「寄り道でもしていきましょうか?」
「残念だがそんな金はない」
「あ、あう、すいません」
服で金を使ったのは知っているので、ななこはすぐに謝った。
「……じゃ、じゃあ、公園とかは?」
だが寄り道をするというのは諦めていないらしい。
「何が楽しいんだよ」
「え、えと、雑談とか」
「まあ……なんでもいいけどさ」
家に帰っても特にやることがあるわけじゃないし。
「では行きましょう〜」
公園ごときで何が嬉しいんだか、ななこは勢いよく飛んでいった。
「こら、一人で行くくんじゃねえっ」
「はーい」
呼び止めたらこんどはべったりくっついてきやがった。
「……おまえは適切な距離というやつを知らんのか?」
「調節が難しいんですよー」
「どうもうそ臭いんだよな……」
まあ今のななこは周囲に見えないようになってるから、くっつかれても問題はないのだが。
「うーむ」
特に話すべき話題もないし。
どうしたもんだろう。
「そういえば有彦さん、最近学校行ってないですけど大丈夫なんですか?」
そう考えているとななこのほうから話かけてきた。
「バカ。夏休みなんだよ」
いくらオレが不良学生だからってそんな毎日サボってるわけがないだろうに。
「あらら、そうだったんですか?」
「当たり前だ」
そうじゃなくちゃ夜通しのバイトなんて引き受けるはずが無い。
「学生さんはいいですよねー。長い休みがあるんですから」
「……おまえは毎日が休みみたいなもんじゃないのか?」
「そんな事はありませんよ。わたしは存在していることが既に仕事なんですから」
「はいはい」
国会議員のオッサンがただ存在しているだけみたいなもんかね。
「でも、それなら休みの間にたくさん稼げるって事ですよね」
「まあそのつもりだが」
金はいくらあっても困るもんじゃないし。
「お金が溜まったらどうするんです?」
「んー。適当に小旅行かな。日帰りとか二三日で」
そういうのは昔から週末とかによくやっていた。
ななこが居候するようになってからはご無沙汰だけど。
「旅行ですか〜。いいですね〜。わたしも昔はマスターと色んなところに行きましたよ」
「ほう。そうなのか」
「まあ仕事だからあんまり楽しめなかったんですけどね。裏道の探索とかよくやりました」
「たまに面白い店とかあるんだよな」
「そうですそうです。そういうのを見つけるのが楽しいんですよね」
ほほう、こいつなかなかわかってるじゃないか。
「今度どっかに一緒に行くか?」
「えっ?」
「せっかくワンピース買ったんだしさ」
「ほ、ほんとですかっ?」
ななこは目をきらきらと輝かせている。
「まあヒマが出来たらな」
しばらくは仕事で忙しいだろうし。
「約束ですよっ?」
「ああ、うん」
ななこと一緒に旅行に行っても骨休みにはならなそうだが、まあそれはそれでありだろう。
「まあとりあえずは公園で我慢……あれ」
気付くと公園をだいぶ通り過ぎてしまっていた。
どうも話に夢中になりすぎてしまったようだ。
「これじゃ家に帰ったほうが早いな」
「あはは、そうですね。公園はまた次回ということで」
「……いや、それはそんなに引き伸ばすようなイベントじゃないだろう」
などとバカ話を続けつつ、家へと戻るのであった。
「ただいまーっと」
玄関を開ける。
「おかえりなさーい」
台所のほうから弓塚がぱたぱたと駆けてきた。
「なんか今日はエプロンばっかりだな」
今度は制服の上にエプロンという、またマニアックな格好である。
「あはは、シオンのお手伝いしてるの」
「ふーん」
取りあえず変な匂いがするとかそういう事はなかった。
「まあ、食べられるものが出てくれば何も言わない」
「……えと、多分大丈夫」
「多分っておい……」
疲れて帰ってきたのにメシがないってのは辛いんだが。
「さ、さつきっ。来てくださいっ! あ、油がっ!」
「うわっ。ちょ、ちょっと行ってくるねっ」
大慌てで台所へ戻って行く弓塚。
「……ほんとに大丈夫なんだろうな」
「さあ……」
恐ろしく不安である。
「はー」
食事が出来るまでヒマなので部屋でゴロゴロしていた。
「ふんふふーんふふーん」
ななこは謎の鼻歌を歌いながらワンピースと踊っている。
「着ないのか?」
「え? 見たいんですか? 有彦さん」
「いや、別にそういうわけじゃないけど」
「またまた。見たいくせにー」
どうやらオレが言い出すまで着ないつもりだったらしい。
「せっかく高い金出したんだから着てくれ」
「わっかりましたー」
ななこはワンピースを持って押入れの中へと入っていった。
「……覗いちゃ駄目ですよ?」
「するかアホ」
といいつつも、やはり着替えは男の興味をそそる。
「ん」
中途半端に開いているフスマ。
「罠ってことはねえだろうし」
しゅる……しゅる。
隙間から布と肌が擦れる音が聞こえる。
「……ぬぅ」
覗いちゃ駄目とか言っておきながら、やっぱり覗いて欲しいって事なんだろうか。
「よし、やろう」
据え膳食わぬはなんとやら。
「どうだ着替え終わったかー?」
叫びつつフスマを開ける。
「……あれ?」
ところが中にななこの姿はなかった。
いつも着ている変な服が落ちているだけである。
「覗いちゃ駄目って言ったのにー」
「うおっ?」
後ろから声が聞こえた。
「甘いです、有彦さん。精霊であるわたしの着替えを覗こうだなんて天罰が下りますよ?」
いや、割とよく目撃してるというか脱がせてるんですが。
「いつの間にやら抜け出してたってことか?」
そういえば壁抜けとか出来るんだもんなあ、こいつ。
「ふっふふ。有彦さんの浅知恵など既に読んでいます」
「……ったく。やられたよ」
まさかななこにいっぱい食わされるとはな。
苦笑しながら振り返ると。
「……」
「……どうしました?」
「あ、いや、うん」
なんだか妙にななこが可愛らしく見えた。
服装が違うだけで、こうも印象が変わるものなんだろうか。
「ははーん。さてはわたしの美貌に目を奪われてるのですね?」
適当に選んだはずのその服は、ななこにとてもよく似合っていた。
あれだけの金を出した価値はあったなあと思えるくらいに。
「悔しいが、似合ってる」
オレは正直に答えた。
「あ、え……えええっ?」
やたら大げさに驚くななこ。
「なんだよ。悪いかよ」
「あ、有彦さんがそんな事を言ってくれるとは、おも、思わなかったので……」
うん、オレもそう思う。
普段なら絶対そんな事言わなかっただろう。
ついうっかり出てしまった本音というやつだ。
「……」
「……」
ヤバイ。
着ぐるみを着ていたときのような暑さが再び蘇っていた。
この空気はまずい。
恥ずかしさで悶え死にしそうである。
「い、いや、だからだな?」
「は、はいっ!」
「……」
しゃべろうとすると、余計に状況が悪化してしまう。
「……な、ななこ」
「有彦さん……」
見つめあう二人。
オレは少女マンガの世界にでも入り込んでしまったような錯覚を感じるのであった。
続く