「い、いや、だからだな?」
「は、はいっ!」
「……」

しゃべろうとすると、余計に状況が悪化してしまう。

「……な、ななこ」
「有彦さん……」

見つめあう二人。
 

オレは少女マンガの世界にでも入り込んでしまったような錯覚を感じるのであった。
 
 

『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その30




「……」
「……」

どうする。どうするオレ。

このまま行くところまでいってしまうのか。

いや、別に初めてってわけじゃないんだけど、本当にいいのか。

下には弓塚やシオンさんだっているんだぞっ。

「あ、有彦さん……」

目をつむるななこ。

「……」

これはもう、やるしかない。

オレはななこの肩を掴み。
 

がちゃっ!
 

「有彦っ。お待たせしましたっ! 自信作の完成です! 早く降りてきてくださいっ!」
「うおおおっ?」

ずがんっ!

思いっきり下がって棚に頭をぶつけるのであった。

「いてて……し、シオンさんか」

ドアの前にはシオンさんが立っていた。

心臓が飛び出すかと思ったぞ、まったく。

「もしかして……邪魔をしてしまいましたか?」
「いや、ジャストタイミング」

買ってきたばかりの服を汚すのもなんだしなぁ。

「……ははは」

そんな事ばっかり考えてる自分がちょっと情けなかった。

「おや? ななこ。いつもと格好が違いますね?」
「あ、はい。これは有彦さんに買ってもらって……」
「ほほう?」

きらりと目を光らせるシオンさん。

「やはり邪魔をしてしまいましたね。わたしの事は忘れてください。では」
「いやいやいやいや、メシ食うから。何もなかったから」
「そ、そうですよっ。ただ服を着てみただけですし……」
「……まあそういう事にしておきましょうか」

ああもう、一番厄介な人に見られたかもしれんな。

「とにかく、メシ出来たんだろ。行こうぜ」
「ええ。満足していただけると思います」
「……だといいけど」

度々見せる弓塚の不安げな表情や態度がどうも引っかかっていた。
 
 
 
 

「……ぬ」

台所へ入った瞬間独特の匂いが鼻にまとわりついてきた。

「これは……」
「日本料理です。わたしのデータを持ってすればこの程度の再現は苦でもありません」

それは確かに日本料理である。

「……茶漬け?」

京都では茶漬け=ぶぶづけを出されると早く帰れという意味があるらしいが。

それは取りあえず関係ないとして。

置かれていたのは茶漬けであった。

「梅が……」

もちろん梅茶漬けというものは存在する。

「梅がどうかしましたか?」
「……いくらなんでも入れすぎじゃないか?」

目の前にあるそれには、ほとんどご飯が見えないくらい梅が大量投入されていた。

「そ、それでも減らしたんだんだけどね」

弓塚が苦笑いしていた。

「他にも色々あったんだけど、比較的まともなのがそれなの……」
「……」

まともな部類でこれかい。

「本格的なお茶漬けでは梅を大量投入するのが基本なのですよ」
「それ、どこで得た知識?」

そもそもシオンさん日本人じゃないでしょ。

「以前に遠野家のメイドからエーテライトで知識を貰ったのです」
「遠野のメイド……?」
「メイドといえば家事全般を担当するものです。そのメイドの知識なのだから間違いないと思うのですが」
「あー」

ひとつ思い出した事があった。

「なあシオンさん。ちなみにそのメイドさんってこう……リボンしてた?」

後ろに手でリボンの形を作ってみせる。

「いえ。普通にメイドの格好をしていましたが?」
「……」

ああなるほど。

翡翠さんのほうか。

「なあシオンさん」
「何です?」
「遠野のメイドは……料理担当のメイドとそうじゃないメイドがいるんだよ」
「……え?」

表情の固まるシオンさん。

「でね、担当じゃないメイドさんはあんまり料理が上手じゃないらしくてさ」

いつだったか、メイドのねーちゃんが遠野に差し入れを持ってきたことがあるのだ。

梅のびっしり入った梅サンドを。

「遠野のやつが梅が好きって聞いて……大量の梅を使った料理を作った事があるんだよ」
「そ、そんな! まさかっ?」
「ああ……シオンさんの得た情報は間違ってたんだ」

正確に言えば、情報を手に入れた相手が悪かったということだろう。

弓塚から情報を得ていればこんな事にはならかなっただろうに。

「……迂闊でした。このわたしとしたことが、ただ一人からの情報を鵜呑みにして……」

シオンさんはなんだかわからないけど滅茶苦茶ショックを受けているようだった。

「え、も、もしかして路地裏でその事指摘しておけばわたし梅地獄に遭わなかったって事?」

どうやら路地裏生活でシオンさんが食事担当のときは毎度梅料理だったようだ。

「かもなあ」

弓塚の事だから、味に戸惑いながらも黙って食べてたんだろう。

「あの酸っぱさが日本料理独特のものなのだと思っていました……我慢して食べていたのに」

確かに日本料理である(と思う)漬物関係は酸っぱいわけだけど。

いくらなんでも限度があるわけで。

「……気付いてよかったな、ほんと」

塩分の取りすぎでどうにかなっちゃったんじゃないだろうか。

「す、すぐに作り直します」

ふらふらと足取りの怪しいシオンさん。

「い、いや、いいよ無理しないでも」

掻き混ぜてないから梅を取り出せばなんとかなりそうだし。

「せっかくだから梅なしのお茶漬け食べてみる?」

そんな事を言っている弓塚の茶漬けには梅干が入っていなかった。

「ちゃっかりしてらあ」
「だ、だって、その……あはは」

まあ気持ちはわからなくもないが。

「梅干しって美味しいんですか?」
「ん?」

珍しくななこがにんじん以外の食べ物に興味を示していた。

「まあ食ってみろ」

茶漬けからひとつ取り出してやる。

「いっただきまーす」

ぱくり。

「……ふむ……これは」

まんざらでもなさそうな顔のななこ。

だが梅干しというのは口に含んだだけじゃ酸っぱさの真髄は味わえない。

「噛んでみな」
「へ? ふぁい」
「あ、ちょっとななこちゃ……」

カリッ。

やたらといい音が響いた。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「……ビンゴ」

今ななこの口の中はとんでもないことになっているだろう。

「わ、わ、シ、シオンっ、水っ! 水っ!」
「りょ、了解です」

大慌ての弓塚とシオンさん。

「そこで飯を食らうのが醍醐味なんだがなぁ」
「能天気な事言ってないでっ!」
「我慢すれば大丈夫」

オレはななこの頭を抑えた。

「〜〜〜〜っ! 〜〜〜〜〜っ!」

ななこはなんとも表現し辛い面白い動きを繰り返し。

「……はぁぁ」

どうにか収まったようだった。

「どうだ、美味かっただろ」
「……もう二度と食べたくありません」

んべと種を出すななこ。

「そりゃ残念だ」

せっかく面白かったのに。

「だ、大丈夫だよななこちゃんっ。わたしなんてそれを十回くらい繰り返したことあるんだからっ」

フォローなんだかなんなんだかよくわからないセリフを言う弓塚。

「……」

そしてその言葉を聞いたシオンさんがまた落ち込んでいた。

「あ、え、えと、別にシオンに言ったわけじゃなくてね……?」
 

あっちにこっちにと弓塚は大変そうであった。
 

続く



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