人間生きるためならあらゆる苦労を惜しまないもんである。
「……有彦さんが珍しくまともな事を」
「やかましい」
「あたっ……酷いですよぅ」
「いいからとっとと行け」
「はーい……」
ななこを先頭に俺たちは漆黒の森の中を進んでいった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その4
「こういう森の中って幽霊とか出そうじゃありません?」
しばらく進んでいくとそんな事をななこが言い出した。
「俺は幽霊なんぞ信じないタチなんだ」
「……目の前にいますけど?」
ひゅーどろどろと口で擬音を言ってゆらゆら動く馬。
「精霊じゃなかったのか。そりゃびっくりだ」
俺は無視して通り過ぎることにした。
「うわ。冗談ですよー。精霊ですって。幽霊と違いますー」
「ユーレイユーレイユーレイヒー」
「あーん! 有彦さんってばー!」
などとアホなやり取りをしながら前へ前へ。
「余談だが遠野の屋敷にもバカみたいに広い庭があるらしい」
「遠野……ってあのメガネのぼけっとしたお兄さんですか?」
「間違ってないけどもっとマトモな覚え方ないのか?」
「なんとなく女殺しの才能がありそうな感じがします」
「……オマエ変なところで鋭いのな」
実際問題よくわからないくらい遠野のアホはもてる。
あれこれ努力していてもなびかないようなお姉さんがたがアイツにコロリとやられてしまうのだ。
「まったく世の中理不尽だよ」
「単に有彦さんがもてなさすぎってだけなんじゃ」
「馬刺しにするぞ? あぁ?」
「わ。有彦さんが危険ですー」
くすくす笑いながら逃げ出すななこ。
「マテやゴルァ!」
「騒いだら駄目なんでしょう? 虫が逃げちゃいますよ」
「……ぬぐぅ」
ああもう。
こんなヤツのペースに巻き込まれては駄目だ。
「で、方向は間違えてねえよな」
「……方向?」
ななこの動きがぴたりと止まる。
「まさか……」
「あ、あは。やだなあ。大丈夫ですよ。間違っていませんって。こっちですよ? こっち」
「空を飛びながら位置を確認するんじゃねえ」
位置を確認しなくてはいけない=迷ったと同義だと思うのだが。
「いや、ほんと大丈夫ですって。やだなあ。有彦さんってば心配性なんだからー」
「……そっちはさっき進んできた方向じゃないのか?」
「こ、こっちを通らないと進めなかったんですよ」
「まあなんでもいいんだが時間制限あるんだぞ。忘れるなよ」
これじゃ辿り着くまでにかなりの時間をロスしてしまいそうである。
「平気ですよ〜。さあさあ」
「……ったく」
空を飛んでいるななこの後をしぶしぶついて行く。
ごす。
「……いっだあああああっ!」
次の瞬間大木に頭をぶつけ、オレの悲鳴が森の中に響いてしまうのであった。
「……やっと着いた」
なんとか自らの記憶と地図を頼りに目的の場所へと辿り着く事ができた。
「最初からこうすればよかったんだよ。ったく」
「うう、すいません……」
さすがのバカ馬も意気消沈しているようである。
「まあいい。さっさと探すぞ」
「は、はい。カブトムシですよね?」
「違う。カブトムシの前に探すもんがあるんだ」
木の周囲をぐるりと回る。
「何を探すんです?」
「蜜の出てるところだ。こういうのはあらかじめ昼に用意してあるもんでな……っと」
さっそく発見。
「これだ。わかるか?」
「うわ。すごいですね」
蜜の出ている場所にあらゆる虫が集まっている。
ガやらムカデやらハチやら盛りだくさんだ。
「そしてカブトムシも……と。逃げないようにうまくカブトムシだけをとっ捕まえるんだ」
「どうやってです?」
「手で掴むんだよ」
さっそく目の前の一匹捕まえた。
角の大きなオスのカブトムシだ。
「手で……ですか?」
「そうだ。手でだよ」
「手……」
「て……で」
ななこの手。
それは何度も言っているように、馬の蹄である。
「……えへ」
「なんてこった……」
まさかこんな基本中の基本を失念してしまっていたとは。
ななこがえろえろな仕事をするんだと思っていた事を笑えたもんじゃない。
「これじゃ俺一人で仕事するのと同じねえかっ!」
こいつがいる意味がまるでない。
「うえ、う、ええと……」
うんうん唸りだすななこ。
こいつなりになんとか役に立とうとはしているらしかった。
「あ、わたし暗示の術とかちょっと使えますよ。それでカブトムシを呼べるんじゃないでしょうか」
「マ、マジかっ?」
そんなボロい術が存在するとは。
「はい。マスターが得意な技なんでわたしがちゃんと使えるかどうかは心配ですけど」
「なんでもいい! やれ! 今すぐやれっ!」
「わ、わかりました」
ななこは怪しい呪文を唱え、きらきらとした光が周囲を包んだ。
「……これで大丈夫なはずですけど」
「本当かよ」
どうも胡散臭い。
ブーン……
「ん」
虫の羽音が聞こえた。
ブーン……ウーンンー……ン……
「な、なんだ?」
それも尋常な数じゃない。
音が重なり合い、不気味なハーモニーを奏でている。
「ちょ、ちょっと待て、まさか……」
次の瞬間。
ぶわわーっ!
「ぎゃーーーーっ!」
大量のカブトムシが俺に向かって飛び掛ってきた。
「ちょ、テメエ! 一体なにしやがったあ!」
「え、いや、だからちょっと有彦さんが美味しい蜜を出してくれる木に見えるような暗示を」
「なんでオレなんだよっ!」
「木に暗示をかけるのは無理ですからー」
「ちょ、待て、うわ、服の中に! やめろ! ぎゃあ、いてえ! ちょ……」
全身に悪寒が走る。
こういう状況になった場合、状況解決のための手っ取り早い手段はアレだ。
「……がく」
オレはカブトムシの大群のせいで息もロクに出来ず、気を失ってしまったのであった。
ピピピピ、ピピピピ。
「……んあ?」
目覚ましの音で目が覚める。
「ここは……」
自分の部屋だ。
「もしかして今までのは全部夢だったのか?」
思い出そうとしただけで悪寒が走る。
「いや、きっとそうだ。夢に違いない」
ななこSGKなんてなかったんだ。
疲れていたせいで変な夢をみてしまったんだろう。
「さあ今日もさわやかな朝に……」
「おーい有彦。今日のななこSGKの仕事だよ」
「……」
依頼書とかいう紙を持った姉貴の姿が見える。
「いかん、まだ寝ぼけてるようだ」
「ほう。なら目を覚まさせてやろうか」
ばきべきと拳を鳴らす姉貴。
「スイマセン目が覚めました」
くそう、やっぱり夢じゃなかったのかよ。
「昨日の仕事は大変評判がよかった。出がかりとしてはまあ上出来なほうだな。これからもななこちゃん共々頑張ってくれ」
「オレもセットにするのは勘弁してくれ」
これならオレ一人で普通のアルバイトを探したほうがよっぽどマシである。
「そう言うなって。カブトムシの大群からおまえを助け出したのはななこちゃんなんだぞ?」
「……」
部屋の入り口を見るとなんとも心配そうな顔をしているななこがいた。
「えと、有彦さん、その……」
こいつのせいでオレはカブトムシに襲われたわけで、こいつが助けるのは当然の事なのだが。
「……はぁ」
女がそんな顔をしているのを見てしまうと、男の出来ることなんてたかが知れてしまうのである。
「で、次の仕事はどんな仕事なんだよ」
「ん。やるのかい?」
「しょうがねえだろ。ななこ一人で仕事やらせたらもっととんでもないことになっちまうからな」
「あ、有彦さん……」
「勘違いするな。お前一人じゃ頼りないからだぞ。わかってるな?」
「はいっ」
ななこはにっこりと満面の笑みを浮かべていた。
「……まったく」
この奇妙な会社ごっこ、一体いつまでやり続けるつもりなんだか。
終わるまでオレの心労は増え続けてしまいそうである。
続く