「と、とにかく明日は頑張りましょうねっ。有彦さんっ」

誤魔化すように笑っているななこ。

「……へいへい」
 

なんか上手くあしらわれてるような気がするなあ、オレ。
 
 

『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その32




ジリリリリリリリ。

「……ん」

目覚ましの音で目が覚めた。

「はぁ」

頭の上にあるそれを止める。

今日はななこと一緒に飯を作らなきゃいけない日だ。

「何作ろうかねえ……」

朝はまあ適当なもんでいいだろうけど、その後がめんどそうだ。

「おい、ななこ」

押入れに向かって呼びかける。

取りあえずあいつには皿でも用意させて俺が調理しよう。

よし、それで決定。

「おい……?」

ななこはまったく押入れから出てくる気配がなかった。

まだ眠っているんだろうか。

「起きろよ」

押入れを開く。

「……あれ?」

そこにななこの姿はなかった。

「まさか……」

オレは猛烈に嫌な予感がして、台所へと飛んでいくのであった。
 
 
 
 

「うおっ」

台所に入るなり鼻を刺激する強烈な香りが漂ってくる。

「あ。有彦さん。おはようございますー」

そしてそこには能天気な顔でルーをかき回しているななこがいた。

「アホ」

取りあえず頭を叩いておく。

「いったあっ! 何するんですかぁっ」
「それはこっちのセリフだ。おまえなあ。一体どこの世界に朝からカレー食べる輩がいるんだ?」

いや、一人そういう人を知ってるけどあれは例外として。

「……それくらいわかってますよ。朝からカレーを食べるなんて変です」

ななこの言葉は妙に実感の篭ったものであった。

「じゃあ何で朝っぱらからルーを煮込んでるんだ?」
「それは本格的な味を作るためです。カレーは煮込めば煮込むほど味がでますからー」
「ほー」

どうやらカレーが得意というのは嘘じゃなさそうである。

「朝から晩御飯まで煮込んでおけば結構美味しい物が出来るんで……」
「なるほど、言いたい事はよくわかった」
「わかっていただけましたかっ?」
「……」

オレはななこに向かってにこりと笑ってやり。

「アホ」

もう一度頭を叩いた。

「アホアホって……これ以上アホになったらどうするんですかっ?」
「なるほどそりゃ確かに……じゃなくてだな。そんなガス代のかかりそうなカレーは却下」
「えー?」
「晩飯前にちょっとやるだけでいいんだよ、そんなもん」
「そ、そうですか……せっかく材料も揃えてきたのに」

やたらと残念そうな顔をするななこ。

「材料ってどこで揃えたんだ……?」
「あ、それは」

ぴんぽーん。

「ん?」

ななこが何かを言いかけたところでインターホンの音がした。

「こんな朝っぱらから誰だ?」
「わ、わわわわわ……」
「……ぬ?」

何か知らないけどななこが怯えた顔をしている。

ぴんぽーん。

もう一度インターホンが鳴った。

「……まあいいや」

こいつの変な行動をいちいち気にしてもしょうがないだろう。

「はいはい今行きますよっと」

オレは玄関へ向かっていった。
 
 
 
 

「おはようございます。乾くん」
「……シエル先輩?」

現れたのはシエル先輩だった。

「一体どうして?」

まさかカレーの匂いを嗅ぎつけて参上……てなわけないよな。

「いえ、ちょっと昨晩カレーを作りすぎてしまいましてね」
「はぁ」
「よかったら差し入れにどうぞと」
「ま、マジですかっ?」

それはつまりシエル先輩の手料理が食えるって事だよなっ?

「ええ。乾くんさえ良ければ」
「そりゃもちろん頂きますよ。いくらだって食べますぜっ」

びしっと親指を立ててみせる。

「ありがとうございます。助かっちゃいました」

先輩は笑顔でオレに弁当箱を渡してくれた。

「……」
「ん? 何か?」

先輩はオレの体を避けるようにして後ろを見ている。

「ああ、いえ、なんだかカレーの匂いがするなあと」
「いや気のせいですよ気のせい」

やっぱりカレーの匂いには敏感なんだなあ。

「……そうですか。ではわたしはこのへんで失礼します」
「あ、はい。どうもありがとうございます」

軽く頭を下げるオレ。

「満月の夜には気をつけてくださいね」
「は?」
「いえいえ、独り言です」

先輩はにこにこ笑いながら去っていった。

「……何だったんだろう」

何かいつものシエル先輩と雰囲気が違ったような。

そもそも、あの先輩がカレーが余ったからお裾分け、なんてあり得るんだろうか。

「謎だ……」

とにかくこれでななこのカレーと先輩のカレーのダブルコンボになってしまった。

昼は軽いもんにしてバランス取ろうかねえ。
 
 
 
 

「あれ?」

台所に戻るとななこがいない。

そしてテーブルに書き起きのようなものがあった。

『有彦さんへ ちょっと用事が出来ましたので逝ってきます』

「いや、死んでどうするよ」

またマスターさんのお呼び出しだろうか。

「……火は……消えてるな」

カレーの鍋の火は止められていた。

「……去りましたか」
「うおうっ?」

いきなり奥のほうからシオンさんが現れる。

「シ、シオンさん。驚かさないで下さいよ」
「すいません。ちょっと隠れていたので」
「隠れて?」
「……ああ、いえ、何でもありません。有彦。このカレーを少し味見しましたが、かなり本格的ですね」

どぎまぎしながらカレーの鍋を指すシオンさん。

「そうなのか?」
「はい。使われているスパイスの一部は一般では手に入りにくいものもあるようです」
「……どっから入手してきたんだ、あいつ」

まさかシエル先輩の家から盗んできたんじゃないだろうな。

「まあ……無問題でしょう。そのうち帰ってきますよ」

そう言って大きくため息をつくシオンさん。

「これだからカレーは嫌だったんです……」
「いや、だから何が?」
「こちらの事情です。気にしなくて結構ですよ」
「はぁ」

女の子の秘密ってやつなのか?

どうもよくわからん。

「おはよー。シオン、乾くん……」

そこに眠そうにまぶたをこする謎の女の子が現れた。

「……誰だおまえは」
「誰だって……弓塚だけど?」

なんとその女の子は自分が弓塚だと主張してきた。

「なにっ? 弓塚だとっ? バカなっ! 弓塚はこう頭が二つに分離してて……」
「うわ、なんか怖いよその表現っ」
「……いや、冗談だけどさ」

弓塚の髪はいつもの二つに分けたものではなく、ストレートの状態になっていた。

「ん、ちょっと起きるの遅れちゃって。髪やってる時間がなかったの」
「……幸せそうでいいですね、さつき」

シオンさんは呆れた顔をしていた。

「だ、だって、屋根のあるおうちで、布団があってパジャマも着れて……気も緩んじゃうよ」

ほわんとした笑みを浮かべている弓塚。

そりゃまあ路地裏生活に比べたら、あんな狭い部屋でも天国みたいなもんだろう。

「それにしても無防備すぎです。少しは警戒したほうがいいですよ」
「え? 何を?」

弓塚は目をぱちくりさせていた。

「だから……その……」

オレをちらりと見るシオンさん。

きっとオレのいる前では言い辛いんだろう。

「弓塚」
「うん、なに?」

だがオレはもうわかってしまっていた。

弓塚が無防備ではいけない理由を。

それは。
 

「ノーブラでしかもパジャマの前がはだけてるってのはどうかと思うぞ?」
 

何故かシオンさんは思いっきり地面にひっくり返っていた。
 

続く



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