「じゃあ決定な。シオンさんは留守番で」
「だ、誰が行かないと言いましたか。さつきが行くならばわたしも行きますよ。さつきを一人で行かせるなんて心配ですから」
「はいはい」
「わかってるわかってる」
「〜〜〜〜〜〜っ」

シオンさんは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。

「はっはっはっは」
「あは……あははははははっ」
「な、なにがおかしいのですかっ! もう……っ!」
 

朝から騒がしい乾家の食卓であった。
 
 



『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その34



「……アヂイ」

オレは夏の、しかも真昼間の道路を歩いていた。

体中のいたるところから汗が流れている。

朝はあんなにほのぼのしてたのが嘘みたいだ。

夏の道路はもはや灼熱地獄である。

歩いているだけでおかしくなってしまいそうだ。

「アヂ……イ」

さて、どうしてオレがこんなところを歩いているかというと。
 
 
 
 
 

「有彦。おまえ、出ていけ」
「はぁ?」

台所で談笑していたオレに向かって姉貴がそんな事を抜かしやがったからだ。

「ええっ?」

姉貴の言葉に素っ頓狂な声をあげる弓塚。

「……」

シオンさんは何も言わなかったものの、目を大きく見開いていた。

「理由は?」

オレは姉貴のこういうセリフに慣れてるから大して驚きもしないんだけど。

こいつが出ていう時には何らかの事情があるのだ。

「実は新しい仕事が入ったんだがな」
「仕事? なんだよ、出かけろってことか?」
「違う。依頼人が家に来るんだ」
「オレが何か妨害するってか?」

こくりと頷く姉貴。

「あのなぁ。オレはガキじゃねえんだぞ。家で仕事してたって邪魔なんぞしねえよ」
「そ、そうですよ一子さん。これで案外乾くんってマトモだし……」

フォローをしてくれる弓塚だが、案外は余計だと思う。

「まあ話は最後まで聞いてくれ。いや、実はそいつファッションデザイナーなんだがな。年頃の女の子の意見を聞いてみたいっていうんだよ」
「ほう」

毎度ながらの謎人脈である。

「でな、いくつか持ってくるから試着してくれと、まあそういうわけなんだ」
「つまり弓塚やらシオンさんが着替えるって事だろう? そんなもん、オレが二階で待ってればいいだけじゃないか」

おそらく姉貴はシオンさんや弓塚が洋服を持っていないからこの仕事を請けたんだろう。

報酬は洋服で……みたいな感じで。

「覗くだろう、おまえ」
「しないしない」

そりゃ本音は覗きたいけど仕事となれば話は別だ。

「……」

弓塚は自分がノーブラだった事を思い出したのか、腕で胸を隠していた。

「いや、大丈夫だってほんと」

この時期、外は灼熱地獄だ。

クーラーのない外に追い出されるなんてまっぴらごめんである。

「信用できませんね」

シオンさんは冷然と言い切った。

「残念だが諦めてくれ。おまえだから駄目ってんじゃなくて、男だったら誰でも駄目なんだよ」

頭を掻きながらそんな事を言う姉貴。

「どういうことだよ」

たかが洋服だろう?

「ファッションデザインってもな……そいつは下着専門なんだよ」
「残る! オレは意地でも残るぞ! たとえ全力で殴られてもなっ!」
「ほう。いい度胸だ」
 

グワッシャーン!
 
 
 
 
 

「……イデエ」

思い出したらまた腹が痛み出してきた。

「ガゼルパンチからのリバーブローって反則だろ……」

いっそそこで意識を失ってしまえばよかったのだ。

それなら気付いたら桃源郷が……って展開もあったのに。

「ああ、丈夫な体が恨めしいぜ」

今頃家では弓塚とシオンさんが下着をとっかえひっかえ……

「あーもうチクショー!」

こんなに悔しい事が他にあるだろうか。

「……くそう……」

叫んだら余計に暑くなってしまった。

「せめてペットボトルでも持って来るべきだったな」

喉が渇いてしょうがない。

かといって帰るに帰れないし。

「……アヂイ」

なんだか意識が朦朧としてきてしまった。

ふらふらと公園の敷地内へ入っていく。

「日陰……」

でかい木を見つけてその日陰へと入り込んだ。

木の上からやかましいセミの鳴き声が聞こえる。

「……くそう、うるせえぞセミ……」

などと呟いても鳴きやんでくれるはずもなく。

「はぁ」

手で顔を扇いでじっとしていた。

ななこだったらこういう風に扇げないんだろうなあ。

「……そうだ」

ふと思い出した事があった。

「ななこを呼ぼう」

あいつはオレが強く念じればそれを感じて飛んでこれるらしい。

「ジュースでもなんでもいいから買って来て貰おう……」

動くのもかったるい。

「精霊なんだからそれくらいやってくれてもいいよな」

こんな時ばっかり精霊扱いするのもなと自分の考えに苦笑しつつ、念じ始めた。

ななこ今すぐ来い。

オレは今大ピンチだ。

出来れば飲み物を持って来てくれ。頼む。

「……」

しばらく念じてみたものの、ななこの来る気配はなかった。

「やっぱり駄目か……」

諦めて立ち上がった瞬間。

「有彦さ……うわっ!」
「うおっ!」

がつんっ。

目の前に現れたそいつと頭を激突させてしまった。

「いったあ……」
「いてててて……」

誰かは確かめるまでもない。ななこだ。

「す、すいません、呼ばれたのはわかったんですけれど、取り込み中でして」

ぺこぺこと頭を下げるななこ。

「ん……悪い。マスターとなんかやってるんだったよな」
「いえいえ。呼ばれればいつでも駆けつけますよー」

にこりと笑ってくれるななこが妙に可愛くみえた。

「……いかん、相当暑さにやられてるな」

普段だったらこんな事考えもしないのに。

「ええと……それで飲み物でしたよね?」
「ああ。なんでも構わんから持って来てくれると助かるんだが」
「わっかりましたー。でも、どうしてこんな暑い中公園に?」
「色々あるんだよ」

まさか家でランジェリーショーが展開されてるとは言えなかった。

「図書館なら涼しいと思いますけれど」
「……おまえにしては冴えてるじゃないか」

本なんぞ興味ないのでそれは盲点だった。

「そんな事言うと持って来てあげませんよ?」
「悪い。冗談だ。マジで頼む」

ななこに主導権を握られてるのは面白くないが、四の五のいってる場合じゃなかった。

とにかくなんでもいいから飲みたい。

「はいはい。そこの自販機で買ってきますよ」

そう言って蹄を出すななこ。

「なんだ?」
「いえ、お金頂かないと」
「今まで散々奢ってやっただろ」
「……い、今持ち合わせがなくて」
「わーったよ。ほれ」

金を空中へと投げる。

「はいと」

ななこは器用にそれをキャッチした。

「では行ってきますね〜」

日向へ向けてふよふよと飛んでいくななこ。

「アヂイ……」

セミは相変わらずやかましく鳴いていた。

「……ん」

しばらく様子を見ていたが、ななこは自販の前で何やら慌てているようだった。

蹄の手じゃ金が入れ辛いんだろうか。

「しょうもない……」

助けに行くかと思ったあたりでななこは戻ってきた。

「あ、あのう……」

しかしその表情はどこかぎこちのないものである。

「どうした?」

なんだか猛烈に嫌な予感がするオレ。

「何でも……いいんですよね?」
「あ、ああ。なんでもいいんだが」

まさか。まさか。

「実はその……うっかり……」

ななこの持っているそれは、きっと冬ならば美味しく頂けるだろう。

「……ふ、ふふふふふ」

オレは笑いを止める事が出来なかった。

「一体どこの誰がこんなクソ暑い中おしるこ飲むってんだあああああっ!」

叫ぶとほぼ同時にななこがものすごいスピードで逃げていく。

「待てコノヤロウ!」
「有彦さん、元気じゃないですかーっ!」
 

バカみたいに暑い空の下、オレたちは不毛な追いかけっこを始めるのであった。
 

続く



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