叫ぶとほぼ同時にななこがものすごいスピードで逃げていく。
「待てコノヤロウ!」
「有彦さん、元気じゃないですかーっ!」
バカみたいに暑い空の下、オレたちは不毛な追いかけっこを始めるのであった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その35
「ぜーはーぜーはー……」
なんせ炎天下の中を全速力なのだから、あっというまに息が切れる。
「はあ……はぁ」
しばらく走ったところで俺はななこを追いかけるのを止めた。
「……はぁ」
なにバカな事やってんだろうと後悔。
「だ、大丈夫ですか有彦さん」
顔を上げるとななこの姿が。
「誰のせいでこんな疲れてると思ってるんだ」
もう今更捕まえてどうにかするつもりは無くなっていた。
「ご、ごめんなさい」
「……もういい。さっきのおしるこを出せ」
「え? あ、はい……」
ななこの手からおしるこをかっぱらう。
「こんなもんは……」
勢いに任せて飲んでしまうに限る。
「んぐっ……ごくっ」
「わ、わ?」
「だあああーっ! あぢいいい! あめええええ!」
予想以上にとんでもない味である。
もう甘いわ熱いわで意味がわからない。
完全に飲むのは不可能であった。
「……はぁ、はぁ」
なんだか飲む前より余計に喉が渇いてしまった気がする。
「そんな無理しなくても……」
「うるせえ。買ってきたんだから飲まねえともったいねえだろ。つーかおまえも飲め」
缶をぐっとななこの目の前に差し出した。
「は、はい……」
ごくりと喉を鳴らすななこ。
やはりこの真夏におしるこを飲むのは覚悟がいるようだ。
「いいから早くしろ」
「は、はいっ」
オレがせかすと一気にそれを口へ運ぶ。
「……ぷはっ」
「どうだ」
「熱くて……あっまいです……」
ななこは犬みたいに舌を伸ばしていた。
「オレが怒ったのもわかるな?」
「あう……ごめんなさい」
「わかったならもういい」
まったく、オレが悪者みたいじゃねえか。
被害を受けてるのはこっちだっつーのに。
「それよりおまえどこ行ってたんだ? 用事が出来たとか書いてあったけどよ」
「あ、はい。ちょっとマスターに……はうっ?」
びくりと体を震わせるななこ。
「どうした?」
「すすすすいませんっ! はい、さぼってません! 今すぐ戻ります、はいっ!」
「あん?」
何を言ってるんだこいつは。
「有彦さん、ごめんなさい。マスターが呼んでるので戻ります」
「……ああ、なるほど」
オレが呼んだみたいにマスターさんとやらが呼んでるって事か。
「まあ頑張れ」
「は、はいっ。あ、あの、これ返しますね」
「おう」
おしるこの缶を再び受け取る。
「すんごく甘いですけど……美味しかったです。おしるこ」
ななこは唇を抑えて笑いながら消えていった。
「なにが甘くて美味しいだっつーの」
口の中には未だに甘い味が残っていた。
他のジュースでも買って口の中をどうにかしないと。
そう思って思わず口を押さえる。
「……ん」
ふとある考えが浮かんだ。
ななこは最後のセリフを言ったとき、どこか照れくさそうだったのだ。
その理由がなんとなくわかったのである。
「間接……」
だあ、いかん。止め止め。
「しかしアヂイなあ、まったく……」
そんな子供じゃねえんだから。
「……」
残っているおしるこを一気に飲み干してしまう。
「まあ……たまにはいいだろう」
オレはこのまましばらく甘ったるい味に浸っている事にした。
『本日休館』
「……まあ予想通りだよな」
オレみたいな本に縁のないやつが図書館に来たってこうなってるに決まってる。
「あちゃ。休館か。まいったな……」
どうやら休館にもかかわらずやってきた間抜けが他にもいるらしい。
どんな奴かと顔を見ると。
「なんだぁ? 遠野じゃねえか」
「ん。あれ? 有彦」
そいつは遠野であった。
「相変わらず間の抜けた顔してるな」
「そういうおまえは相変わらず口が悪いな」
ふっふっふと笑うあう二人。
「どうしたんだよ。おまえが図書館だなんて珍しい」
「いや、色々あって今家にいられねえんだ」
弓塚の事とかはまだ内緒にしておいたほうがいいだろう。
「そうなのか。大変だな」
遠野の奴は姉貴の事をよく知ってるので姉貴がらみの何かだと思ったんだろう。
あっさり納得し、同情までしてくれた。
「そういうおまえこそなんだ? こんな暑い日に歩き回ってさ」
「いや、ちょっと秋葉に本返して来てくれって言われて来たんだけど」
そう言って苦笑いする遠野。
「お互い家族で苦労してんのな」
「まあしょうがないさ」
どっちも女性上位なあたり情けない感じがする。
「最近はどうだ?」
遠野に会うのも久々だったので尋ねてみた。
「んー。まあ普通かな。アルクェイドが押しかけてきたり、琥珀さんが何か企んだりはしてるけど」
「……そ、そうか」
よく見てみると遠野の髪の毛のあたりに疲れの後が。
「おまえはどうなんだ?」
「オレか? オレもまあ……姉貴にこき使われてバイト三昧で……」
それは毎年の事であった。
だが今年は違う。
ななこ、弓塚、シオンさんと女の子が三人も。
さらにみんなで仲良く仕事してるってんだからもう。
「大変だな」
「いや、そんな事は全然ないぞ。はっはっはっは」
遠野よりもオレのほうが絶対に幸せだ。間違いないっ。
「あ。こんなところにいた。志貴ーっ」
「うわああっ?」
とかなんとか思っていると、いきなり謎の美女に遠野が吹っ飛ばされていた。
「あ、アルクェイドっ。いきなり飛び掛ってくるなっ」
ってなんだアルクェイドさんかよ。
「志貴。今日は一緒にプールに行く約束でしょ。忘れたの?」
「何言ってるんだばか。プールは一昨日も行ったじゃないか。イエスなんて言った覚えはないぞ」
アルクェイドさんはなんで遠野になついてるんだかよくわからないけど、とにかくとびきりの美人である。
胸もでかく、出るところは出てくびれるところはくびれている理想の形体。
おまけに密着してコミュニケーションをはかってくるというとんでもない人だ。
しかも夏だけあって当然薄着。
「一昨日は一昨日。今日は今日よ。どうせやることないんでしょ?」
「え……いや、ちょ、ちょっと」
オレに視線を向ける遠野。
要するに助けてくれといいたいわけだ。
「悪いがオレも今日は忙しくてな」
残念だが、今乾家に遠野を連れて行くわけにはいかないのだ。
「だって。ほら。いこいこっ」
「う、裏切り者ーっ!」
遠野はアルクェイドさんにずるずる引っ張られて行った。
「あんな美人に引っ張りまわされるんだからいいじゃねえか」
何を嫌がってるんだあいつは。
贅沢にも程があるぞ。
「くっそう。羨ましくなんかない。羨ましくなんかないんだ」
オレは自分に言い聞かせるように呟いた。
みーんみんみんみんみーん。
セミが相変わらずやかましくわめいている。
「……くっそおおっ! 夏のバカヤロー!」
炎天下の道路を再びダッシュするオレであった。
続く