オレは自分に言い聞かせるように呟いた。
みーんみんみんみんみーん。
セミが相変わらずやかましくわめいている。
「……くっそおおっ!」
炎天下の道路を再びダッシュするオレであった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その36
「ぜーはーぜーはー……」
しばらく走って息切れしてしまい、足を止める。
「……アホだなあ」
我ながら進歩がないというかなんというか。
「遠野の奴はプールかぁ……」
こんな暑い日のプールはさぞ気持ちいいことだろう。
アルクェイドさんはそこいらじゅうの男の視線を集めているに違いない。
そして遠野は周囲のヤロウどもの嫉妬の視線を浴びるわけだ。
まあ、あいつの事だから気付きもしないんだろうけど。
「……くそう」
だったらこっちも対抗してやろうか。
シオンさんと弓塚を連れてプール。
そうだ。ななこのやつも一緒に誘おう。
きっと楽しいぞおっ。
「ふ、ふふふふふふ」
アルクェイドさんに対抗するには並のレベルじゃ無理だろうが。
三人寄れば文殊の知恵っ。
正統派、巨乳、ぺったんこと三大ロマンが揃えばあのアルクェイドさんだって!
勝てる。遠野の奴に勝てるじゃないか。
さっそく家に帰って計画を話そう。
「プールの天下は……貰った!」
そう叫んだ瞬間、オレはある致命的な欠陥に気付いてしまった。
「天下……?」
空を見上げる。
憎ったらしいくらいにまっさらな青空。
「……」
吸血鬼がこんな青空の下で活動出来るんだろうか。
答えは考えるまでもなくノーだろう。
「なんて事を考えちまったんだオレは……」
自分の顔を殴る。
もしそのまま弓塚やシオンにその事を伝えたら、二人を傷つけてしまっただろう。
「……危ないところだった」
言う前で本当に良かった。
「侘びになんかアイスでも買ってくかな」
不思議に思われるかもしれないけれど、要するに気持ちの問題だからな。
「おや。有彦ではありませんか」
「それとも炭酸系で……ってうおおおいっ!」
オレが叫んだのを見てシオンさんは驚いていた。
「ど、どうしたんですか。急に大声を出して」
「い、いや、だって今、真昼間ですよ?」
「はい。それがどうかしましたか?」
「どうかしましたかって……」
空には太陽がギンギラギン。
「……ああ、わたしの体を心配してくれているのですか」
少し照れくさそうな顔をするシオンさん。
「ですが心配は無用です。わたしの場合、日光を浴びてもさほど問題はありませんので」
「そ、そうなのか?」
「ええ。もちろん弱体化はしていますけれどね。腕力などで言えば一般人以下です」
「……ほほう」
という事は、今シオンさんを押し倒しても何も抵抗出来ないわけか。
「何か不埒な事を考えていませんか」
「い、いやいやそんな事はないぞ」
さっき反省したばかりだというのに、ついそんな事を考えてしまった。
「うん、よかったよかった。昼の間は外に出られないのかと思ってたからさ」
「一子はなるだけ出歩かないほうがいいと言っていましたがね」
「……」
それは多分シオンさんの格好のせいだと思うんだけどなあ。
「一応、変装はしてきましたが」
シオンさんの格好は姉貴がいつも着ているようなシャツとジーパンというものであった。
姉貴が着ててもなんとも思わないのだが、シオンさんが着ているとこれはこれで中々。
「なら髪の毛も下ろしたほうがいいと思うぞ」
「……暑苦しいんですよ。解くと」
「あー」
結んでてこの長さなのに、解いたら大変なことになるだろうなあ。
「っていうか何してるんだ? ランジェリーショーは終わったのか?」
「人聞きの悪い事を言わないで下さい。試着は続行中です。わたしは飲料の買出しに来たんですよ」
そう言って手に持ったペットボトルを見せる。
「……」
ごくり。
散々走り回ってきたオレにとってそれはとても魅力的に見えた。
「ちょ、ちょっと一本譲ってくれねえか?」
「却下です。自分で購入して来てください」
「そんな事言わずにさ。オレが炎天下の中にいなくちゃいけない理由わかってるだろ?」
「……」
これはちょっとずるい言い方だったかな。
シオンさんは少し考えるような仕草をして。
「やはり駄目です。これは頼まれた買い物ですから」
「そうかくれるのかって……駄目?」
普通は仕方ないですねと言って譲ってくれるところだと思うんだけどなあ。
「ええ。有彦も一子の性格はわかっているでしょう?」
「……」
あいつ、普段大雑把なくせに、頼んだ物が用意されてないとやたらと怒るのである。
「わかった。悪かったな」
オレのせいでシオンさんが怒られることになったら嫌だしな。
潔く諦めるとしよう。
「申し訳ありません、有彦」
「……まだ時間はかかるんだろ?」
「ええ。夕方までには終わると思いますが……」
「わかった。適当に時間潰してるわ」
ジュースはそのへんのコンビニか自販機で買う事にしよう。
オレは汗を拭いながら歩き出した。
「あ……」
「ん? なんだ?」
シオンさんは一瞬、何か言いたげな顔をしていた。
「いえ、どうぞ有意義な時間を過ごしてください」
「へーい」
この炎天下の中じゃ有意義もへったくれもなぁ。
「ふいーっ……」
日陰のところの自販を見つけ、炭酸飲料を買って飲んだ。
「やっぱ夏はこれだなっ!」
間違ってもおしるこではない。
さっきのななこの例があるので、ちゃんと押す前におしるこがないか確認して、さらに冷たいかどうかも確認して押した。
時々何を間違えたのか、炭酸飲料が「あったか〜い」に入っている時があるのだ。
ちなみに開けると爆発する。
大変危険なので絶対に開けないように。
「っていうかあったかい炭酸なんて出てきたらまず捨てるか」
こんな下らない事を考えられるようになったあたり、少し余裕が出来たようだ。
普段から下らない事しか考えてないって? はっはっは。その通りだ。
「……アホらしい」
さすがに自分ボケツッコミは空しかった。
「そうか昼なのか……」
帰れないとなると当然外食となる。
「あんまり金持ってねえんだよなぁ」
ポケットの中にはいくつかの小銭があるだけだった。
「……しょうがない」
朝もパンだったけど昼もパンで我慢しよう。
パンなら安いし腹もある程度満たされるからな。
「今日は美味いパンの日だといいけど」
小銭を握り締めて、オレはパン屋へと向かった。
なんて事のないただの思いつきだった。
だが、これがなんとまあ意外な展開へ。
ってのは言いすぎかもしれねえが。
とにかく、びっくりするような事が起きるのである。
続く