小銭を握り締めて、オレはパン屋へと向かった。

なんて事のないただの思いつきだった。

だが、これがなんとまあ意外な展開へ。

ってのは言いすぎかもしれねえが。
 

とにかく、びっくりするような事が起きるのである。
 
 



『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その37





「……お」

そのパン屋が美味い日なのかそうでない日なのかは一目でわかる。

「今日は当たりか」

ドアの脇の看板に青いリボンがかかっていると、美味いパンの日なのだ。

おそらく調理している人がそのリボンをつけているんだろう。

「……」

中に入ると予想通り混雑していた。

このパン屋、昔はただのパン屋だったのだが最近カフェテリアに進化したのだ。

テーブルではカップルやら主婦やらがパンやコーヒー片手に談話をしている。

「さてと……」

俺はトレーを持ってパンを物色する事にした。

トレーの傍には『今日のお勧め』というボードがある。

「今日はメロンパンとカレーパンね……」

ボードに書かれているものは味もお勧めで値段も安くなっているという最高のシロモノである。

それをメインにして色々乗っけていく。

「……カレーパンはいいか」

晩飯がカレーだと既にわかっているのでそれは止めておいた。

ななこのやつ、結局あのカレーは放置しっぱなしだが忘れちゃいないだろうな。

「こんなもんで……」

目ぼしいものを選び終えたら最後にレジで清算をする。

ちなみに店内で食べて行く場合はドリンクの注文もここで行う。

「……混んでるな」

なんだかよくわからないけどレジがやたらと混雑していた。

レジのほうから「あう〜」とかいう情けない声が聞こえた。

「なんだ……レジ初心者なのか?」

この混雑する時間帯に初心者を配置するとは無謀の極み。

一体どんなヤツなんだろうと顔を見ると。

「げっ!」

オレは危うくトレーを落としてしまうところであった。

「え、ええと合計12点……せ、せんにひゃく……じゃない税込みでええと……」
「……あのバカ」

見覚えのある情けない顔。

その間抜けっぷり。

「何やってんだあいつ……」

オレはパンを置いてレジへ向かった。

そして強引に接客側に入り込む。

「200……150……100……1580ですね。毎度っ。持ち帰りですかっ?」
「え……あ?」

パンの種類と値段は大体知っている。

本日のオススメの値段は脇に書いてあった。

「ぼーっとしてねえで包めっ」
「は、はいっ」

慌ててパンを袋に投げていく。

「いらっしゃいませどうぞーっ」

オレはそのまま「さも休憩から帰ってきたら混んでたんでヘルプに入った店員」風に接客をこなしていった。
 
 
 
 

「……ふう」

そうんなこんなで一段落したところで。

「おい。こんなところで何やってるんだ?」

オレはそいつに問いかけた。

「え、えーと」

あさっての方向に顔を逸らすそいつ。

「確かマスターに呼ばれていったんだよな? おい」
「だ、だからそのぅ」
「一体全体どういうことなんだ? ななこ」

そう。その間抜けな店員の正体はななこであったわけである。

「ま、マスターの仕事は終わったんですよ。そ、そしたら一子さんに仕事を頼まれましてですね」
「嘘だな」
「あう」

一子のやつがななこ一人で仕事をやらせるだなんてあり得ない。

特にレジ業務なんて、昨日今日入った新人にやらせる仕事じゃないのだ。

「この店の主人はどこに行ったんだ?」
「しゅ、主人さんは風邪で休んでいるんです」
「……まさか店員がおまえ一人って事ねえよな?」

そんな事になったら店が崩壊するぞ。

「い、いえ、今パンを焼いておりまして」
「……ああ」

そうか。美味いパンを作ってる店員がもう一人いるはずだよな。

「さっきまで一緒にやっていたんですが、在庫が危なくなってきたので補充をと……」
「……だからっておまえにレジ任せるなんて無謀の極みだと思うんだが」
「うう」

俯くななこ。

「……まあ、おまえにしては頑張ってたんじゃねえの?」
「え?」
「一人で仕事やるってのは不安なもんだからな」

しかも始めての職場ときたら、そりゃもうななこじゃなくても失敗するに決まっている。

「有彦さん……」

ななこは目をうるうるさせていた。

どうもこういう雰囲気は苦手だ。

「つーかその店員さん戻って来てくれねえかな」

ななこから離れそう口にする。

「どうしてですか?」
「オレがレジにい続けるわけにいかんだろ」

ななこの身内とはいえ、オレは部外者なんだし。

「はーい。お待たせしました。焼けましたよ〜」
「ん?」

声のほうを見ると巨大なトレーの上に大量のパンがあった。

『あーっ!』

そしてそれを持った人物と目が合った瞬間、同時に叫び声をあげてしまった。

「乾君っ?」
「シエル先輩っ?」 ……っと!」

揺れたトレーを慌てて支える。

「ど、どうしてこんなところにっ?」
「いや、まあオレは近所なんで。シエル先輩はバイトですか?」

まさかこんなところで先輩と会えるとは。

「……え? ええ、はい。アルバイトです」

ぎこちない笑みを浮かべるシエル先輩。

「パンを作ってたのも?」
「わたしです、はい……」
「ってことは……この店のパンが急に美味くなったのは、シエル先輩のおかげ?」
「あ、美味しかったですか?」

今度はにこりと自然な笑顔で笑ってくれた。

「ああ、すげえ美味かった。結構よく買ってるんだぜ。そっかー。先輩が作ってたのかー」

今まで姉貴が買いに来ていたから全然知らなかったけど。

これからオレが通うことにしようかね。

「なんだか照れくさいです。まだまだわたしの腕は未熟なんで」
「ほんとに美味いですって。プロの腕ですよ。どこでこんな技を?」
「あー、えっと、実家のほうがパン屋だったんですよ」
「そうなんですかー。いや、そいつはびっくり」
「今はもうやってないんですけどね」

一瞬先輩がさびしそうな表情を浮かべた。

「まあでも、褒められるのは悪い気分じゃないです」

すぐに元には戻っていたけれど。

「……それにしても、こいつ、なんでこんなところにいるんですかね? 迷惑掛けませんでしたか?」

なんとなくこの話題は止めたほうがいい気がしたので、オレはななこを指差して尋ねた。

「え? それはええと……」

あさっての方向に目線を向ける先輩。

「えと、店長さんが風邪を引いてしまったんですよ」
「うん。それは聞いた」
「それでですね。偶然この店に来たセブ……ななこさんが、手伝ってくれると申し出てくれまして」
「ななこが?」
「は、はいっ。わ、わたしはマ……じゃない、シエルさんが困っているのを見過ごせませんでした。だってわたしは精霊ですから」
「……あん?」

ななこのセリフは妙に芝居がかっていた。

「でも全然使えないでしょ、こいつ?」
「ええこの役立た……そんな事はないですよ? ええ、頑張ってくれてます、はい」

にっこり。

「あ、ああああ、ありがとうございます。恐悦至極に候」
「何人だおまえは」

胡散臭いにも程があるぞ。

「もしこいつがあんまりにも足引っ張るようだったらオレが手伝いますけど」
「い、いえ、大丈夫! 結構です、全然余裕ですからっ」
「……そうスか?」

シエル先輩はやたらと慌てていた。

あんまりオレにバイトをしている事を知られたくなかったのかもしれない。

「それより乾くん。買い物に来たんでしょう? いっぱい買って行ってください。サービスしますから」
「ああ……はい」

さっき置いておいたトレーを取りに行き、レジに置いた。

「ではこれで」
「え? こんなに安くていいんスか?」

シエル先輩の提示した額は、普段の額より相当安いものであった。

「構いませんよ。ただし、わたしがここでバイトしている事は、他言無用にして下さい」
「あ、はい。そりゃもちろん」

確かウチの学校はバイト禁止だったから、ばれると色々まずいんだろう。

まあオレは普通にバイトしてるんだけどな。

「遠野くんを通じてあのあーぱーにばれたりなんかしたら……」
「あ、あの、シエル先輩?」
「はいっ。おつりですね? どうぞっ」
「いや、袋に入れてもらえたら嬉しいなと」
「……あは、あはははは」

なんだか先輩は疲れているみたいだ。

「まあ……無理しないようにしてください」
「は、はい。ありがとうございましたっ」
「ありがとうございましたー」
 

本当に大丈夫かなと不安を抱きながら、オレは店を後にするのであった。
 

続く



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