「遠野くんを通じてあのあーぱーにばれたりなんかしたら……」
「あ、あの、シエル先輩?」
「はいっ。おつりですね? どうぞっ」
「いや、袋に入れてもらえたら嬉しいなと」
「……あは、あはははは」

なんだか先輩は疲れているみたいだ。

「まあ……無理しないようにしてください」
「は、はい。ありがとうございましたっ」
「ありがとうございましたー」
 

本当に大丈夫かなと不安を抱きながら、オレは店を後にするのであった。
 
 



『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その38





「……しまった、中で食べてくればよかった」

そう気付いたのは店を出てしばらくしてからだった。

戻るにはやや遠いなという微妙な距離である。

「まあ……いいか」

ななこや先輩が働いているのを見ながら自分だけ食事というのも気が引けるし。

「どっか適当なところで……」

出来れば日陰のある涼しいところで。

「……アヂイ」

頭の上ではセミがやかましく鳴いていた。
 
 
 
 

「……はあ」

結局近くの公園の木陰に逃げ込んだオレ。

「しかしこの暑さじゃなあ……」

パンを食うにはちときつい。

二口三口食べただけで嫌になってしまった。

「……シオンさんと弓塚のみやげにするか」

ついでにシエル先輩のいる事も教えておこう。

先輩は絶対内緒と言っていたけれど、弓塚とシオンさんには話しておくべきだろうからな。

弓塚は顔見知りだし、シオンさんはなんとなく先輩と相性悪そうだし。

「あー……まだおわんねえのかな……」

早く家に帰りたい。

「……」

頬を風が撫でた。

「寝るか……」

暑い事は暑いが眠れないほどではなさそうだった。

やる事がない時は寝るに限る。

「……はぁ」

こんな所で寝る羽目になるとはなぁ。

苦笑しつつ目を閉じた。

自慢じゃねえがオレは色んなところを旅行してきたので、野宿の経験もある。

どんなところでも眠れる体質なのだ。

「……」

あっという間にオレの意識は溶けていった。
 
 
 
 

ぽつん。

「……?」

何かが頭に触れて目が覚める。

「何だ……?」

ぼんやりとした意識がはっきりしてくると、自分を覆っている暑さが異質なものになっている事に気がついた。

さっきまでは全身をひりひりと刺すような暑さだったのに。

今は、なんていうかジメジメした暑さである。

「……げ」

その原因はすぐにわかった。

木影だけじゃない。

その先も、ずっと先も暗くなっているのだ。

「マジかよ……」

オレが眠っている間に太陽が隠れていたのだ。

そして。

ぽつ……ぽつぽつ。

地面に点が次々と出来始めている。

「冗談じゃねえぞ……!」

オレは立ち上がり、木にはりつくような形になった。

ドザアアアアアアアッ!

「……っ」

蛇口がバカになったかのような豪雨。

いわゆるスコールってやつだ。

「さっきまであんなに晴れてたのに……」

夏の天気は異様に気まぐれなのである。

たとえどんなに快晴でも、でかい雲があればいつの間にかそれが広がり豪雨を呼び起こす。

最近流行の異常気象ってやつだ。

「ちっ……」

木の下と言っても完全に雨が防げるわけじゃない。

木の葉の間を抜けて落ちてくる雫がオレの体に降り注いでいた。

パンの入ったビニール袋の口を硬く閉じる。

「どうしたもんかな……」

この間を抜けた雨がまた曲者なのだ。

冷たいならまだいい。

だが、夏の雨は生暖かい。

生暖かくてじっとりしているのだ。

「いっそ全身ずぶ濡れになったほうがまだマシだな」

額を伝ってきた水滴を拭う。

どうするオレ。

走って家まで帰るか。

けど、まだ弓塚たちが着替えてたら追い出されるよな。

そうすると走ってずぶ濡れになった事が全部無駄になるわけで。

「……ぬう」

悩んでいる間にも体はどんどん濡れていく。

ななこは仕事中だから呼び出すわけにもいかないし。

「待ってれば止むか……?」

こういう豪雨は案外すぐに止んでくれたりするんだけど。

五分。

十分。

「……いかん、全然止む気配がない」

さすがに最初ほどの勢いはなくなっていたが、雨はなおも降り続けていた。

雲の切れ目もまったく見えやしない。

「しょうがない、走るとするか……」

観念していざ駆け出そうとした、その時。

「予測通りです。有彦」
「……シオンさん?」

公園の入り口にシオンさんが立っていた。

大きな傘を差し、そしてもう一方の手に黒い傘を持っている。

「もしかして持って来てくれたのか?」
「ええ。一子がどうせ有彦は公園で立ち往生でもしているだろうと」
「……予測通りってのは姉貴の予測通りって事か」
「そういうことになりますね」

不思議と姉貴はオレの行動パターンを読むのが上手い。

そんなにワンパターンな行動を繰り返しているわけじゃないのに、何故か当てられてしまうのだ。

「まあ、持って来てくれたのはありがたい」

本人が来ないあたり、ひねくれぶりというか不精さが伺えるけど。

「ただ、相合傘にしなかったつーのは気が利いてないな」
「そのような濡れる確立の上がる行動はまるで無意味です」
「……はっはっは」

さすがはシオンさん。

オレの軽いジョークを厳しく返してくれる。

「で、もうオレは帰ってもいいのか?」
「はい。全て終わりましたよ。だからこそ呼びに来たんです」
「終わってなかったら濡れてるの放置されてたっぽいな」

試着が終わってくれていてよかった。

「帰ったらすぐ晩御飯の支度をするようにとの言付けです」
「はいはい」

苦笑しながら傘を受け取るオレ。

「……ところで有彦。その包みは何なのですか?」

シオンさんが興味ありげな顔でそれを見ていた。

「ああ、これ? 朝食ってたパン屋のパンだよ。それがさ、びっくりする事に……」

オレはシエル先輩が店員をやっていた事、しかもななこが一緒に仕事をやっていた事を話した。

「……代行者は金銭に困っているのでしょうか?」
「は?」
「ああ、いえ、日本の学生は、アルバイトをしないと生活出来ないのですか?」

ごほんげほんと咳払いをした後言葉を言い直すシオンさん。

「どうなんだろうな。先輩の家の事情はよくわからんからな」

そういえば遊びに行った事もないし。

遠野のヤツは行った事あるらしいんだよなあ。コンチクショー。

「まあ……それもそうですね」

シオンさんは不思議そうな顔をしていた。

「有益な情報をありがとうございました」
「いや、全然大した事じゃないんだけど」
「そんな事はありませんよ」
「そ、そうか」

よくわからないがとりあえず頷いておく。

「さあ。帰りましょう。さつきも心配していましたので」
「……あいつも変なところで心配性だよな」

そのくせ肝心なところでとっぽいのだ。

ある意味遠野とよく似ていると言えるかもしれない。

「まあ、それがさつきですから」
「だな」

二人して笑いあう。

「さて……帰りましょう」
「おう」
 

そしてシオンさんと二人、帰路につくのであった。
 

続く



感想用フォーム 励みになるので宜しければ感想を送って下さいませ。
名前【HN】

メールアドレス

更新して欲しいSS

出番希望キャラ
ななこ   有彦  某カレーの人   琥珀  一子    さっちん   シオン  その他
感想対象SS【SS名を記入してください】

感想【良い所でも悪い所でもOKです】



続きを読む

戻る