ななこはにっこりと満面の笑みを浮かべていた。
「……まったく」
この奇妙な会社ごっこ、一体いつまでやり続けるつもりなんだか。
終わるまでオレの心労は増え続けてしまいそうである。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その5
「さて、今回の仕事場はここだ」
「……なんかボロっちいビルですねぇ」
オレたちの目の前には崩壊寸前のビルがあった。
「こんなとこからギャラが貰えるのか?」
とても金なんてありそうに見えないのだが。
「払ってくれるのは移転先さ。ここは廃ビルにするんだと」
「ほう」
「それで解体業者を探してたわけだ。けど解体ってのは結構金がかかるもんでね」
「そこを姉貴が安く引き受けたって事か?」
「そういう事だな」
「……」
つくづくこいつの人脈は謎に包まれている。
「解体くらいななこちゃんのパワーなら楽勝だろ」
「なるほど」
手足が蹄なだけあって(?)ななこはやたらと馬力があるのだ。
「よし、ななこやれ! 必殺ななこビームだ!」
オレはびしっとビルを指差して命令をした。
「……いや、ビームなんて打てませんって」
ふるふると首を振るななこ。
「なんだよ。じゃあパンチだ。ぱこすか殴って破壊してやれっ」
「あー、それも無理っぽいんですが……」
ななこはやたらと情けない顔をしていた。
「んだぁ? おまえ家じゃバカ力出せてたじゃねえかっ」
うっかりこいつに殴られた時は危うく死ぬところだったんだからな。
「ええ、はい。本体が近くにあればいくらでも力を出せますが……なんせ結構本体から離れちゃってますので」
「……チッ。面倒なんだな」
ななこの本体というのは第七聖典とかいう巨大な鈍器だ。
正確に言えばその鈍器についている角が本体らしいが。
「姉貴。駄目だ。こいつの本体持ってこないと仕事にならねえぞ」
「ふむ。そいつは困ったな。よし、有彦ひとっ走り持ってこい」
「おう……ってアホかっ! あんなもん真昼間から持ち歩いてたらケーサツに速攻で捕まるわっ!」
「そこをどうにかするのがお前の仕事だろう。なんとかしろ」
「ヤダよ。めんどくせえ。家についたら寝る」
オレはパシリじゃねえっつーの。
「ちなみに仕事を放棄した場合違約金というのを支払わなくちゃならないんだがな。おまえの講座から引き落としでいいのかな」
にやりと笑いながらろくでもないことを言いやがる姉貴。
「くっそう……わーったよ! 持ってくりゃいいんだろっ!」
「次からは気をつけるから今回は勘弁しろ」
「ったく……」
道を引き返してここまで移動して来たチャリンコに足をかける。
今回は車で移動するほどの距離じゃなかったのが不幸であった。
「ほら行くぞななこっ」
「はーい」
全力で自転車をこいで自宅まで逆行。
「ったくあの鈍器を運ぶなんてめんどくせえなっ!」
「鈍器鈍器言わないで下さいよー。気にしてるんですからー」
途中遠野家のメイド姉妹やらシエル先輩やらとすれ違い、止まって話しかけたくなったが我慢して通り過ぎた。
変に待たせると姉貴は機嫌が悪くなるからな。
まったく手間のかかる女である。
「到着っ」
ドアを開け、階段を駆け上がり押入れの扉を開く。
「……で、本体だけ持ってけばいいんだな」
「ええ、そのはずですけれど」
「よし」
本体とかいう角の部分を掴む。
「……ぬ」
引っ張っても動かない。
「うぐぐぐぐぐ……」
押しても引いても揺らしても駄目。
「ぜーはーぜーはー……」
まるで動く様子がなかった。
「大変ですねえ」
「見てないでオマエも手伝えっ!」
「それは無理な相談ですよ。自分を持ち上げるなんて有彦さんだって出来ないでしょう?」
「ぬう……」
理屈は正しいがこいつに言われるとなんかむかつく。
「くっそお……これ持ってかなきゃ駄目か?」
「んー。マスターだったら外し方知ってるんでしょうけど……」
「……つまり無理って事かよ」
ここに偶然そのマスターさんとやらが現れない限り。
ぴんぽーん。
「ん?」
インターホンの音がした。
誰だろう。
「は、はうっ!」
よくわからないがななこはびくついていた。
「へいへーい。今行きますよ」
とりあえずななこ本体は放置して玄関へ。
「どちらさまでしょ……あれ?」
玄関を開けても誰の姿もなかった。
「なんだ? ピンポンダッシュか?」
今時そんな事をするやつがいるとは信じられん。
「ん」
地面を見るとなにやらチラシのようなものが落ちている。
「これは……」
そこにはこう書かれていた。
『第七聖典の扱い方』
「おいおい」
こんなもんよこせるのはななこのマスターしかいないはずなんだが。
「どっかで会話を聞いてたのか?」
もしやオレのストーカーと化してたりするんだろうか。
「……ま、いいか」
世の中には知らないほうがいいことがたくさんあるのだ。
「せっかくだから有効利用させて貰おう」
これでちょっとは仕事がやり易くなるだろうからな。
「おーい」
部屋に戻るとななこがすみっこでガタガタ震えていた。
「……何やってんだ? おまえ?」
「え? マスターが回収しに来たんじゃないんですか?」
「知らん」
適当に誤魔化しておいて本体に触れる。
この説明書によるとスイッチがあるらしい。
「これを押しながらこっちをこうして……」
かちゃかちゃかちゃかちゃ。
「お」
紙に書いてある通りの手順を試すと、すんなり角は取り外すことが出来た。
「ほー。これが真の本体ってわけか」
「ええ。聖獣ユニコーンの角です」
「ユニコーンねえ」
確かに高貴な感じがしなくもないが。
「どうです。幻想的でしょう」
「……」
実際問題それの精霊はこれなわけだしなぁ。
そう考えると幻滅してしまう。
「ひょいと」
空中で投げまわしてみる。
「わわっ! 止めてくださいよぅっ。壊れたらどうするんですかっ!」
「はっはっは。これでオマエの運命はまさにオレの手中というわけだな」
今までよりもこいつの弱点に近づいた訳だ。
これさえ持っていればこいつの運命は全てオレが握っているも同然である。
「うわ。有彦さんがサイテーな発言をっ! 鬼畜で外道でコンコンチキですよっ」
「……冗談だっつーに」
そんな言い方する事ないだろいくらなんでも。
「とにかく、姉貴を待たせるわけにはいかねえんだからな。行くぞ」
「あ、ちょっと待ってくださいよ〜」
オレはポケットにななこ本体を投げ入れ、再び現場へと自転車を走らせるのであった。
続く