あくまでこういうのは冗談で言ってるだけなのだ。
パフォーマンスに過ぎない。
「だ、だったらあの、乾くん」
弓塚はなんだかよくわからないが顔を真っ赤にしていた。
「なんだ?」
「こ、ここでわたしの下着を見て、帳消しってのはどうかな?」
「は?」
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その40
「……」
マジですか弓塚さん。
オレは自分の頬がにやけていくのを抑える事が出来なかった。
いや、待て落ち着けオレ。
そんな簡単に喜ぶのは早計というものだ。
どうせあれだろう。
今日貰った下着を並べて見せてくれるとかそういうレベルに違いない。
まあ、それでも嬉しい事は嬉しいんだけどさ。
「本気ですかさつき。そんな事をしたらこの野獣はあなたに襲いかかってきますよ?」
「や、やだなあ。大丈夫だよ。そんなわたしのパンツなんかで……」
「そうそう。弓塚のパンツごときで……」
内心はドキドキしているが極めて平然を装うオレ。
「……そ、そうだよね」
「有彦。さつきを落ち込ませてどうするんですかっ?」
「いや、一体どないせいと」
シオンさんは弓塚のパンツを見せたいんだか見せたくないんだかよくわからない。
「……わたしなんてどうせ……」
弓塚は両の手でスカートの裾を持っていた。
「……っ?」
ちょっと待て。
落ち着けオレ。いや、さっきも言ったけど。
ここはひとつ確認しようじゃないか。
「なあ弓塚」
「……なに?」
「そのパンツってのはまさか……今履いてるのをか?」
「そのつもりだったんだけど……」
「……」
ごくり。
オレは生唾を飲んだ。
「頼む! 見せてくれ!」
そして即座に頭を下げる。
「えっ? えっ?」
「いや、是非見せてください! お願いします!」
なんつーか、かなり情けない構図かもしれないけど。
女の子が自らスカートをたくし上げてパンツを見せるなんていう素晴らしいシチュエーションを逃すわけにはいかないのだ。
そのためにはプライドなんぞいらん。
「え、ええと……じゃあ」
「……見せてくれるのかっ?」
「え、う、うん、だって、わたしから言い出した事だし」
「ありがとう弓塚っ!」
ああ、なんていい奴なんだろう弓塚は。
「……はぁ」
シオンさんはもう呆れてモノも言えないようだ。
オレも完全な部外者だったらそうだったかもしれない。
「い、いいでしょ?」
「さつきが構わないというのであれば、別にわたしは何も言いませんが……」
渋々ながら承諾するシオンさん。
「じゃ、じゃあ……行くよ?」
「おうっ!」
オレはその光景を忘れないようにしっかりと両の目を見開いた。
そして、弓塚のスカートが。
絶対領域が、弓塚自らの手によって開放されていく。
ゆっくりと、ゆっくりと。
「……っ! ……っ? ……!」
そして。
オレはこの時の事を絶対に忘れないだろう。
「や、やだなあ乾くん。そんなに驚くような……」
「……?」
シオンさんはオレのあまりにも過剰な反応を不審に思ったのか、オレと同じ位置へと移動して来た。
「な……さ、さつきっ!」
「え?」
「は、はははは、はは、は……」
あまりの事態にシオンさんはその事実を発せないでいるようだった。
オレは、一瞬のような永遠のような、どちらともいえないこの時間を、心に刻み付けていた。
「は……履いて……履いて……な……い……」
「え……?」
次の瞬間、弓塚の絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
そしてオレは、マンガみたいに鼻血を出してしまう事になった。
「き、記憶を無くしなさいっ!」
シオンさんの御美足が、オレの顔にめり込んでいたからである。
「がっ……」
「何だ! 何があった! ……貴様っ! さつきちゃんに何をっ!」
そして、オレは悲鳴を聞きつけて飛んできた姉貴とシオンさんにボコボコにされてしまった。
だが後悔はしなかった。
というか、するわけがなかった。
オレは何も悪い事してないんだし。
ひとつ言える確かな事は。
桃源郷は、本当に存在していたってことだ。
「……はっ!」
目が覚めた。
「ま、まさか夢だったとかねえよなっ?」
あの素晴らしい光景が夢だったというのか?
「何が夢だったんですか?」
「うおおっ?」
「……」
声のしたほうを見ると、ふてくされた顔のななこがいた。
「なんだ、おまえか」
「おまえかとは酷いですね。ずっと看病してあげてたのに」
「看病?」
言われて体を見ると、所々に包帯が巻かれているのに気がついた。
「……これは」
「シオンさんと一子さんにボコボコにされたみたいですね。何をしたのかは知りませんけれど」
「ああ……」
やっぱりあれは夢じゃなかったのか。
よかった。本当によかった。
「なんで嬉しそうな顔してるんですか? もしや有彦さん……そっちのケが」
「いや、それは全くないから安心してくれ」
「そうですか」
「……?」
ななこの応対は妙につっけんどんである。
「ああ、そうだ。晩飯の支度しねえとな」
「もう晩御飯は終わりましたよ。わたしが全部やっておきました」
「そ、そうか」
どうやら結構な間気を失っていたらしい。
「悪かったな」
それで機嫌が悪いのかもしれない。
「いえ、別に」
「……ぬ」
どうやらそれが理由ではないようだ。
「何を怒ってるんだよ」
「わからないんですか?」
「わかってたら聞くかよ」
「……」
そう言うとななこはますます不機嫌そうな顔をした。
「有彦さん、弓塚さんを襲ったんじゃないですか?」
「ぶっ!」
なんだその恐ろしく湾曲された情報は。
「食事中弓塚さんはずっと顔を真っ赤にしていましたよ。どうしよう、どうしようと頭を抱えて……」
そりゃまあ、履いているべきものが無かったんだから、その反応はわからなくもない。
「ちょっと待て。それは姉貴とかがそう言ってたのか?」
それだとオレは本当に最低の変態男になってしまうのだが。
「いえ、一子さんとシオンさんに聞いても教えてくれなかったです」
「……そうか」
とすると襲ったと言うのはななこの勝手な想像なわけだが。
あれは不幸な事故だったのだ。
弓塚は着替えに熱中するあまり、肝心の下着をつけるのを忘れてしまったんだろう。
もしくは最初にすっ転んだ音が聞こえたときに履きかけのが脱げたとか。
詳細はわからないが、とにかく不可抗力の事態だったのである。
「……言い訳はしないんですか?」
「ん? ああ」
アホな事を考えていたらななこがそう尋ねてきた。
「何言っても納得しないだろう。おまえは」
「むううう……」
「殴るなら殴れ。覚悟は出来てる」
まあ、こういう場合悪いのはオレでいいんだろう。
それが一番すっきりする。
「……欲求不満なら、そう言ってくれればよかったのに」
「は?」
ところがななこはむくれた顔のままそんな事を言った。
「襲うならわたしだけにしてくださいっ!」
「……誰がいつ欲求不満だと言った?」
まあ年中発情はしてるかもしれないが。
「いや、待て待て待て」
襲うならわたしっていかんだろそれは。
「おまえな。一応精霊だとはいえ、女なんだ。わかるか? もっと恥じらいというものをだな」
「だ、だって有彦さんが……」
あーもう。
「わーったよ。襲うのはおまえだけにする」
面倒なのでオレはそう言ってしまう事にした。
「多分」
「た、多分じゃ駄目ですっ!」
「……じゃあ、きっと」
「きっとでも駄目ですってばーっ!」
心配しなくても大丈夫だってのに。
弓塚は遠野派なんだからな。
気持ちがこっちにない以上は、オレが弓塚をどうにかなんてあり得ないのだ。
「おそらくは」
けどまあ、それを言うのもシャクなのでオレは適当な言葉を続けていた。
「有彦さーんっ!」
「もしかして」
その奇妙な漫才は、オレが飽きるまで続くのであった。
続く