「弓塚さんとですか。よろしくお願いしますね」

にっこり。

「あ、う、うん。宜しく……」

ななこは弓塚に対して無駄に対抗オーラを放っていた。

当の弓塚は何が何やらという感じである。

大変そうだが、姉貴がいるから大丈夫だろう。

「じゃあ、飯を食ったら解散っ」
「へーい」
 

はてさて、鬼が出ますか蛇が出ますかねと。
 
 




『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その42



みーんみんみんみんみん。

やかましいセミの鳴き声。

夏の日差しがオレの体を照りつける。

ばしゃあっ。

はじけ飛ぶ水しぶき。

しぶきは真夏のコンクリートに飛び散り蒸発していく。

「……」

オレはぼんやりとそれを眺めていた。

「あははははは、あはははははっ」

楽しそうに笑う子供たち。

そしてそれを微笑ましく見つめる両親たち。

「……ふむ」

家族団らんを邪魔するのは悪いが、そろそろ仕事をしなきゃいかんだろう。

「はーい、そこそこ。プールの傍は走っちゃ駄目ー」

オレは首にかけていたメガホンを口に当ててそう叫んだ。

親御さんは子供を抱え上げ、こちらにぺこりと軽く頭を下げて歩いていった。

「ちゃんとした人でよかったな」

たまにこっちがいくら注意しても聞かない奴がいるからな。

「……ふう」

目線を移動させる。

そこには大きな水たまりが広がっていた。

まあ要するにそれはプールである。

今回のオレの仕事はプールの監視員なわけだ。

「しかし……」

この広大なプールを目の前にして、自分は泳げないというこの状況の、なんともどかしい事か。

今すぐこのプールに飛び込んで泳ぎ回りたい。

そうしたらどれだけ楽な事か。

「……はぁ」

生殺しとはこういう状況をいうのかもしれない。

「見周りでもするか……」

オレは監視台から降りてその辺を回る事にした。

真夏ということもあって、近所にあるこの安価で入れるここのプールは家族連れや若者でごった返していた。

ちなみにカップルやねーちゃんの姿はあまりない。

そういう方々は海か、もっと何とかワールドとかそういう規模のでかいところに行くんだろう。

「あっちっち……」

太陽に焼かれたコンクリの上を跳ねながら移動する。

「このっ」

こういう場所は多々あるので、発見次第水をぶちまける事にしていた。

そうすれば次に人が通る時に熱くなくて済むからな。

「……ふむ」

濡れたコンクリは生暖かいがまあ我慢出来るなというレベルであった。

こういう地味な作業によってプールは平和に保たれているわけである。

「よきかなよきかな」

平和なのは実にいいことだ。

オレとしても非常に楽なわけだし。

「……っと」

体が乾いてきたので水を体にかける。

これも大事な事のひとつだ。

監視員が溺れた人を助けにいって溺れたなんて笑い話にもならないからな。

「……終了」

そこまで広くないプールなのですぐに一回り終えてしまった。

なんせ監視員もオレ含めて三人だしな。

「特に異常なしか」

プールのほうにはまったくもって異常がなかった。

あくまでプールのほうはだけど。

「あっちは相変わらずか……」

売店のほうを見てうんざりした。

そこだけ満員電車のように人がひしめいている。

オレは監視台の上に戻り、双眼鏡でそこの光景を眺めていた。

売店がそんな状態になっているのはもちろん理由があるのだ。

本人は恐らく自覚していないだろうけど。

「シオンさん、恐るべし……」

話は少し前に遡る。
 
 
 
 
 

「ですからそんな質問に答える義理はないと言っているでしょうっ!」

本日何度目かわからないシオンさんの怒声が売店に響いた。

「まあまあ……」

そんなシオンさんをなだめるオレ。

「そんな事言わないでさー。いいじゃん。教えてよー」

シオンさんがこんな風になってしまったのは、プールに出没するナンパ男のせいであった。

とにかくこのプールには女性の姿がないのだ。

そこに現れた異国の美女、シオンさん。

スタイルも抜群、水着は白と色々反則的な彼女に野郎共が集まるのは仕方ない事と言える。

「注文がないなら去りなさいっ!」

ナンパ男どもはあくまでシオンさん目当てであって、人は集まっているものの売店の売り上げはちっともよくなかった。

いや、むしろ普段より悪いくらいだ。

なんせナンパ男ばっかりで他の客が集まって来ないし。

「ちぇ。つまんねえの」

一人の男は去っていった。

だがそんな輩は他に山ほどいる。

「ねえねえ名前はっ?」
「電話番号教えてよっ」
「どこに住んでるのっ?」
「スリーサイズはっ?」
「罵ってくださいっ」

後から後からもうキリがない。

「このプールには有彦のような輩しかいないのですかっ!」
「オレを基準にしないでくれ」

少なくともこんな節操ない連中よりはマシだと思うぞ。

「つーか駄目だ。シオンさんは奥で休んでてくれよ。ここはオレがなんとかするからさ」

シオンさんがここにいるととてもじゃないけど仕事にならなさそうだった。

「……申し訳ありません。そうさせて頂きます」

精神的に疲れてしまったんだろう。

シオンさんはふらふらと危なっかしい足取りで歩いていく。

「ああ、ちょっとタンマ」
「はい?」
「いいもん貸してやるよ。それつければ野次馬なんぞ気にならなくなるだろうからさ」
 
 
 
 

「……まさかこんな事になるとは……」

神に誓おう。

オレは今のこの状況になることなんてまったく考えていなかった。

そもそも今オレが監視員になってしまったのも予想外なのである。

売店のあまりの混雑に、日雇いのオレでは対処しきれず、ベテランの売り子と変えられてしまったのだ。

まあ、そんな裏話はどうでもいいとして。

売店のすぐ隣には事務所と小さな庭がある。

そしてそこがアルバイトや職員の休憩所なのだ。

もちろん鉄網で区切られているから一般人は入れないんだけど。

その庭の光景は売店から見る事が出来る。

真っ白いビーチベッド。

青いパラソル。

そこだけがプールではなく海と化していた。

それは少しでも売店の夏らしさを演出しようというためのものであったのだが。

今、そのビーチベットに、本物の水着美女が寝転んでいるのだ。

つまりシオンさんが。

その目にはサングラスを装着し、耳にヘッドホンをつけている。

両方ともオレが貸したもので、ヘッドホンから流れる音楽は、安眠出来る心地よいものが流れるようになっているのだ。

それのおかげでシオンさんは外界と完全に隔離されていた。

シオンさんは平穏を手に入れたのだ。

だが、その結果どうなったかというと。

「水着美女の無防備な寝姿が見れる売店……」

まるでいかがわしい店みたいなモノが完成してしまったのである。

奇妙なもんで、シオンさんに直に話掛けられなくなった途端に売店のものが売れ出した。

あの調子じゃ多分売り上げは通常の三倍を超えるんじゃないだろうか。

「……夏だなあ」

まあ、夏だからバカが増えてしまったということにしておこう。

「あっちも売れ行き良好みたいだし」

ひとつの売店はシオンさん目当ての客で埋め尽くされてしまったので臨時の売店をもうひとつ作ってあるのだ。

こちらはごく一般の家族に楽しんで頂ける構造となっている。

「……このプール始まって以来の収益になるんじゃねえかな」
 
 
 
 

その日、オレたちは通常ではあり得ないほど高額の報酬を手に入れた。

つまりそれだけシオンさん効果が大きかったという事である。

雇い主は是非またやって欲しいと願ってきたが、丁重にお断りしておいた。

「何故こんなに貰えたのでしょう? わたしはほとんど何もしていなかったのに……」

結局仕事時間まるまる眠っていたシオンさんは不思議そうな顔をしていたけれど。

きっとオレは永久にこの事をシオンさんには話せないんだろうなぁ。

「有彦は何か心当たりがありますか?」
「え? いや、えーと、その、なんだ」

急に尋ねられて戸惑ったオレは、仕方なくこう答えるのであった。
 

「まあ、夏だからな!」
 

続く



感想用フォーム 励みになるので宜しければ感想を送って下さいませ。
名前【HN】

メールアドレス

更新して欲しいSS

出番希望キャラ
ななこ  有彦  某カレーの人   琥珀  一子    さっちん   シオン  その他
感想対象SS【SS名を記入してください】

感想【良い所でも悪い所でもOKです】



続きを読む

戻る