「これは?」
「スーパーボールだ」

ジュースの入った水の中に沈んでいたのである。

多分どこかの子供が落としたんだろう。

「……ふーん」

地面にそれを投げると、勢いよく跳ね返っていた。

「と、取りあえず貰っておきますね」
「おう」
 

ななこはそれを嬉しそうに見つめているのであった。
 
 

『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その46




「さて、オレもなんか食うかな」

みんながたこ焼きを食べているのを見ていたら小腹が空いてきた。

「あ、わたしの食べますか?」

ななこがたこ焼きを差し出してくる。

「いや、他に食いたいもんがあるんだ」
「なに? 焼きそばとか?」

興味ありげに尋ねてくる弓塚。

「いや。焼きそばじゃない」
「お好み焼きとか、今川焼き?」
「焼きもんじゃないんだな、これが」

もちろんそれらも嫌いじゃないけど。

「……意表をついてチョコバナナとか?」
「それは後で女性陣にプレゼントしてやろう」

いや、別に深い意味はないぞ?

「一体何なのですか有彦」

シオンさんが尋ねてくる。

「まあ見てからのお楽しみ」

オレはにやりと笑ってみせた。

「そういう言い方をされると気になりますね」
「あくまでオレの個人的嗜好なんだがな」
「わたしここで待ってるから、シオンたち行って来れば?」

弓塚がたこ焼きを口に運びながらそんな事を言った。

「そうですか? お願いします」
「行きましょう有彦さん」
「おう」

そんなわけでシオンさんとオレ、それからななこの三名でその店へと向かった。
 
 
 
 

「これですか?」
「これだ」
「……じゃがバター?」
「おうよ」

そう。オレが食いたかったのはじゃがバターである。

「名前から推測するに、じゃがいもとバターを使った料理のようですが」
「つーかそのまんま」

シンプルであるがゆえの美味さとでもいおうか。

この至極大雑把な食い物がオレは大好きである。

「おっちゃん、ひとつ。サービスしてくれよ」
「あいよっ」

切れ目の入った蒸したての巨大なじゃがいも。

切れ目を広げて空いたところに他のじゃがいもの半分をオマケで乗っけてくれた。

「いいねえ。男前っ!」
「へっへっへ。なんせ祭りだからなっ」

おっちゃんは話のわかるいい人だった。

「これがじゃがいもだ」

シオンさんにそれを見せる。

「見ればわかりますが」
「バターはどこにあるんですか?」
「目の前にあるだろう」

巨大な缶の中に、たっぷりとバターが入っている。

「つけ放題なんだよ」
「わ。大サービスですね」
「それが醍醐味なんだ」

まず先に塩を取り、適当にかける。

「このバターをつける瞬間がいいんだよ」

めいいっぱいバターをすくい。

「乗っける!」

じゃがいものうえにぶちまけた。

「……あの、じゃがいもが見えないほど乗せるのはどうかと思うんですが」
「甘いな。じゃがバターはバター8、じゃがいも2くらいの気概でいくんだよっ!」

口に入れたらバターしかなかったってくらいに入れるのだ。

「それは本当に美味しいのですか?」

シオンさんはいぶかしげな顔をしている。

「ふっふっふ」

四分割されたじゃがいものひとかけらを取る。

もちろん上にはバターがたっぷり乗っかっているのだ。

「このくらいのサイズを一口でっ!」

大きく口を開いて口の中へと運ぶ。

「……美味いっ! 美味いぞおっ!」

ほくほくのじゃがいもがなんともたまらない。

あの多すぎると思われたバターも、じゃがいもと混ざり合うと素晴らしいハーモニーを奏でていた。

「なんか……本当に美味しそうですね」

ごくりと喉を鳴らすななこ。

「おう。食ってみろ!」

一切れをななこへ差し出す。

「一口でいけ!」
「え……そ、それはちょっと恥ずかしいかも」
「この美味さの前には恥じらいなんぞいらんっ! なんなら食わせてやるぞ。さあさあ!」
「は、はぁ……」

しぶしぶ口を開くななこ。

「ていっ」

その口にじゃがいもを投げ込んだ。

「熱っ……」

一瞬顔をしかめるななこ。

「……あ?」

だがその表情はすぐに驚きに変わっていた。

「どうだ?」
「……」

無言で咀嚼するななこ。

「お……美味しいですよこれっ?」
「だろうっ?」

みんなバターを遠慮してつけないけど、それはもったいないのだ。

本当にやりすぎってくらいにつけて、そのぶんじゃがいも一気に食う。

それこそがじゃがバターの醍醐味なのである。

「まさに男の料理!」
「……バカですね」

シオンさんは呆れていた。

「まあまあそう言わずにシオンさんも食ってみろって」
「はぁ」

さすがにシオンさん相手にオレが食べさせるというわけにもいかないので、入れ物ごと手渡した。

「いただきます」
「……」
「いや、そのように見つめられると食べ辛いのですが」
「ああごめん」

慌てて明後日の方向へ視線を向ける。

どこの出店も混んでいた。

日も暮れてきたし、いよいよ稼ぎ時だろう。

「……ふむ」
「食い終わった?」
「ええ」

口元を拭うシオンさん。

うむ、ななこと違って実に女の子らしい仕草だ。

「確かに美味です。侮っていました」
「だろう?」

祭りでじゃがバターは見つけたら絶対に食うべし。

じゃないと絶対後悔するぞっ。

「……ただ、これは先に食べてしまうと他の物が食べられなくなってしまうのではないでしょうか」
「炭水化物の固まりだからなあ」

おまけにバターたっぷりなのでかなり満腹になってしまう。

「後で食べるのが賢いと思いますよ」
「だがそれで売り切れだったら悲しいだろう?」
「なるほど……」

この辺のタイミングは実に難しいのである。

祭りの出店の在庫ってのはほとんどわからねえし。

「まあ、運動すればすぐに腹も減るさ」

みんなで分けたからあんまり食った気にもならんし。

これは後でもう一度買いに来よう。

「残りは弓塚にもやるかな」
「それがいいでしょうね。さつきはこういうのが好きそうです」

どんなイメージなんだ、それ。

素朴とかそういうのだろうか。

「……意外とよく食べるんですよ。さつきは」
「そうなのか」

あの体でねえ。

「まあ、取りあえず戻りましょう。弓塚さんも一人じゃさびしいでしょうし」
「そうだな」

なんせ不幸補正の高い弓塚だ。

今頃うっかりたこ焼きを落として泣いてるかもしれない。
 
 
 
 
 

「ああ……幸せだよぅ……夢みたい……」
「……」
「ですから……言ったでしょう? 意外とよく食べるんですよ。さつきは」
「だなぁ」

多分弓塚の場合、食べ物がたくさんあるという見た目でわかりやすい幸せが感じられるのがいいなだろう。

弓塚は大量の食べ物に囲まれていた。

さっき言った焼きそば、お好み焼き、それから大判焼きと。

その中心できらきら目を輝かせている。

「おいこら」
「……あっ! み、みみみ、みんなっ?」

ようやくオレたちの存在に気付き慌てる弓塚。

「え、ええと、これはその……み、みんなのぶんも買って来ておいたんだっ?」
「何故に疑問系」
「あ、あはは……」

まさかこれ全部自分だけで食うつもりだったんじゃないだろうな。

「あ。それもしかしてじゃがバター?」
「ん」

そしてオレの持っているそれに気付いて近づいてきた。

「えと、もしかして?」

一応弓塚にやるつもりで持って来てはみたが。

「食いたいか?」
「あ……うん」

なんか幸せそうな姿を見ていると意地悪してやりたくなってしまった。

「ていっ」

そんなわけで弓塚の前でそれを食べてしまう。

「ああっ!」

驚いた顔をする弓塚。

「うん、美味い!」

オレは爽やかに笑ってみせた。

「ひ、酷いよ乾くん」

いや、オレは正しい事をしたと信じてるぞ。

「……何をやってるんだか。まったく」
 

シオンさんはあきれ返っていた。
 

続く



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