「まあ、でもこれではぐれても安心だとわかったわけだ」
「そうだね。はぐれたらマンボウに集合」
「そういう事」

背中に抱えているおかげで高い位置になったから、よく見えるだろう。

「マンボウ有彦……」

ななこはまだ笑っている。

どうやら余程ツボにはまってしまったようだ。
 

「だあ、もうテメエの行きたいところいかねえぞっ?」
 

オレは苦笑しながらななこにそう叫ぶのであった。
 
 

『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その51










「なんだかんだ言って結局行くんですよね」

くすくすと笑っているシオンさん。

「やかましい」

オレたちは再びななこの目指す出店へ向けて進んでいた。

「どこに行くの? ななこちゃん」
「あ、はい。ええと……あそこですね」
「ん」

ななこが指した先にあるのはヨーヨー吊りの出店であった。

ヨーヨーというのはつまり水風船。

これも祭りの定番のひとつである。

「なるほどあれか」

祭りに来たらひとつは手に入れておきたいからな。

「……あれ?」
「ん? どうした?」
「いえ、その」
「あん?」

出店を良くみてみる。

「あれは……」

どこかで見た事のあるような大きなリボン。

浴衣姿ではあるが、あれは間違いない。

遠野家で働くメイドの一人、琥珀さんだ。

隣にいるのは妹さんだろう。

「……よし」

早速声をかけるべく近づいていった。

「いよう」
「あ。ええと……志貴さんのご学友の」

オレの顔を見て記憶を探るような仕草をする琥珀さん。

まあ、何度も面識があるわけじゃないからな。

「乾だ。乾有彦」

びしっと親指を立てるオレ。

「そうそう。乾さんですねー。いつも志貴さんがお世話になってますー」

ぺこりと頭を下げる琥珀さん。

「いやいやこちらこそ遠野のアホが世話になってます」
「アホだなんてそんなー。志貴さんはちょっとニブチンなだけですよー」
「はっはっは」

さすがよくわかっていらっしゃる。

「今日は二人で来てるの?」
「ええ。新しい浴衣の試着ついでに。ね? 翡翠ちゃん」
「……」

翡翠さんは何も答えなかった。

いや、正確に言えば答えられなかったのだ。

「……あっ」

ぽちゃんとヨーヨーが水の中に落ちた。

「失敗です……」

落ち込んだ表情をする翡翠さん。

「ま、まだまだこれからっ。次は上手くいくよっ」

そんな翡翠さんをはげます琥珀さん。

「お嬢さん、ひとつ譲ってあげようかい?」

店のおっちゃんが翡翠さんにそんな事を言った。

「いえ、正々堂々手に入れてみせます」

翡翠さんは凛とした表情でそれを断った。

真面目な娘なんだなあ。

「そうかい……」

苦笑いしているおっちゃん。

「なんかその様子だと結構挑戦した後みたいだな」
「ええ、まあ。何度か挑んではいるんですけど……」

翡翠さんの手元にも琥珀さんの手元にもヨーヨーはなかった。

「つまり全敗ってわけね」
「あはは、そういう事です」
「むぅ」

オレはおっちゃんの顔を眺めた。

善人そうな顔だ。

さっき翡翠さんにヨーヨーをあげようとした事からも、多分いい人なんだろう。

ヨーヨーを吊る紙フックに変な細工がしてあるとかではなさそうだ。

「おっちゃん。一回いいかい?」

オレは取りあえず金を払ってみた。

「あいよ」

三本の紙フックが手渡される。

つまり、どんなに少なくとも三回のチャンスがあるということだ。

「おっちゃん。ヨーヨーってさ。いくつまでとか制限ある?」

まず最初にそれを確認しておく。

「いや、特にないよ。取れるだけ取ってくれて構わないさ」
「そうか」

やはりいい人だ。

「……じゃあ、五個くらいでいいかな?」

そのくらいなら、まあ常識的な範囲だろう。

「お? ずいぶんな自信だねお兄さん」
「まあな」

本気を出せばもっといけるだろうが、別に多く取るのが目的じゃないし。

「いいんですか? 乾さん。そんな事言っちゃうと取れなかった時恥ずかしいですよ?」

くすくすと笑う琥珀さん。

「まあ見てなって」

オレはざっと水槽を眺め、ターゲットを絞った。

「……よし」

さっそくそれを取りに行く。

「よっと」

まずひとつ。

「……え?」

琥珀さんが少し驚いたような顔をしていた。

「取りあえず持っててくれる?」
「あ、は、はい……」

ヨーヨー吊りは時間との勝負なのだ。

「ほいと」

ふたつ。

「これと、これ」

三つ、四つ。

「それで」

五つ。

「……ここまでの約束だったな」

六つ目も持ち上げてはみたものの、取るのは止めて水槽に戻してしまった。

「まあ、ざっとこんなもんだ」

ちなみにまだ紙のフックは生きていた。

「す、凄い技ですね」
「日常生活ではまるで役に立たないのがポイントだ」

まあ器用さは必要だけどさ。

「あ、あの……」

オレとヨーヨーを交互に見る翡翠さん。

「コツ、教えてやろうか?」
「は、はい。お願いします」
「よし」

今使っていた紙フックを翡翠さんによく見せる。

「見てわかるようにこれは紙で出来ている。だからはっきり言って弱い。水につけたらアウトだ」

試しとばかりに水槽の中にフックを全部入れてしまい、それでヨーヨーを引っ掛けてみた。

「こんな風に」

水から持ち上げて、ほんの僅かなところでフックは切れてしまった。

「まあ、これがさっきまでの翡翠さんのパターンなわけだな」

確認したわけではないが、まずこの失敗パターンで間違いないだろう。

「は、はい。確かに」

こくこく頷く翡翠さん。

「でも乾さん。水に入れないでどうやってヨーヨーを吊るんです?」
「いや、よく見ればすぐにわかる」
「見れば……あ」

勘のいい琥珀さんはすぐに気付いたようだ。

「……」

翡翠さんはじっと水槽を見つめている。

「あ」

どうやら気付いたらしい。

「わかった?」
「……輪ゴムが……」
「お?」
「輪ゴムが水に入っていないものがあるんですね」
「ザッツライト」

そう。余程タチの悪い出店じゃない限り、いくつかのヨーヨーの輪ゴムは水から上の部分に出ているのだ。

「そこに上手くひっかければ」
「濡れない……と!」
「そういうこと」

他にも色んなテクがあるんだけど、これさえ知っていればまずひとつは確保出来るだろう。

「じゃあ、やってみ?」

オレは残っている二本を翡翠さんに手渡した。

「え? で、ですが……」

おっちゃんを見る翡翠さん。

「いいよな?」
「ああ、構わないよ」

商談成立。

「つーわけで問題なし。さあ、チャレンジチャレンジ」
「……ありがとうございます」
「翡翠ちゃん、ファイトっ!」

翡翠さんは軽く会釈をし、再び真剣な眼差しで水槽と対峙した。

「……」

なんていうか、人の結果を待つってのは妙な緊張がある。

翡翠さんは慎重にヨーヨーを選び、ゆっくりと紙フックを降ろしていった。

「降ろすのはゆっくりでも構わないけど、上げるのは気持ち早めで」

ゆっくりやったほうが安全そうに見えるが、実はその逆。

素早くやったほうがフックに負担をかけなくていいのだ。

「は、はい」

しっかりとフックをゴムに通し。

「……えいっ!」

一気に吊り上げた。

「お」

それをそのまま胸元へ近づけ、しっかりと手で掴み取る。

「取れたな。おめでとさん」

オレはぽんと翡翠さんの肩を叩いた。

「あ、ありがとうございます!」

深々と頭を下げる翡翠さん。

「師匠と呼んでくれても構わないぞ」

オレはいつものノリでそう言った。

「はい、師匠!」

ネタだったのにしっかり応えてくれる翡翠さん。

「……はっはっは」

本当に呼ばれると滅茶苦茶恥ずかしかった。

しかしこれで大分オレの株も上がったんじゃないか?

「どうだ見てたかおまえら……」

そう思って後ろを振り返る。

「っていねえし!」
 

妙に静かだと思ったら、三人娘らはどこぞへと姿を消してしまっていたのであった。
 

続くがなさそうな罠(w;



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