「え? い、いえ、決してそのような事は……ちょ、ちょっとタンマ……うわーん!」
「待てこの!」

逃げ出すななこを追いかけるオレ。

「うふふふふふふ」
「ふふふふふふふ」
「……だからだなぁ」
「ヨーヨーって楽しいねっ」
「ええ、まったくです」
 

シオンさんと弓塚はどこまでも楽しそうであった。
 
 

『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その53







「乾くん」
「あん?」

ななこをとっ捕まえて頭をぐりぐりしていると、様子を伺うように弓塚が声を掛けてきた。

「次はどこに行くのかな」
「……そうだなぁ」

弓塚の言わんとしたいことはわかっている。

だからこそ、オレはその期待に応えなくてはいけない。

「よっと」

取りあえずななこを開放してやる。

「ううう、頭が痛いです」

ななこは両のこめかみを押さえていた。

「ヨーヨーはオレが持っててやるから家で遊べ」

オレならともかく他の人に迷惑がかかったら大変だ。

「……はーい」

こくりと頷くななこ。

「つーわけでそろそろ帰るか」

オレはにやりと笑いながら弓塚にそう言った。

「だ、だからー。わたしのー」
「いやー、今日は楽しかったな」
「……乾くん、わざとやってるでしょ」
「はっはっは」

まあこのへんにしておいてやるか。

「次は弓塚の行きたいところだな」
「うんっ」

これでもかってくらいに嬉しそうな顔をしている弓塚。

「行ったら既に売り切れだったという事がなければいいですが」
「そんな事言わないでよ、シオン〜」

まあ余程の事がない限り、それは大丈夫だろう。

ひとつの店が売り切れでも他の店では売ってる可能性があるし。

「で、どこに行くんだ?」
「えっとねー」
 
 
 
 
 
 

「……また食いものかよ」
「だ、だってお祭りって半分それを楽しむものじゃないっ」

オレの言葉に恥ずかしそうな顔をしている弓塚。

「否定はしないけどさ。食いしん坊キャラが定着しちまうぞ」
「そ、そんなに食べてないもんっ。それに、甘い物は別腹」
「へいへい」

確かにここでしか食えないものってのは結構あるからな。

変に我慢するよりは健康的でいいだろう。

「あんずあめ……ですか」

シオンさんが興味ありげにそれを見ていた。

「そう。美味しいんだよー」

これも祭りの定番のひとつだ。

「色んな種類があるんですねぇ」
「まあな。ほれ、弓塚」
「あ、うん。ひとつ下さいっ」

おばちゃんに金を渡す弓塚。

「あいよー。好きなの選んでおくれ」

こういう店では大抵自分で好きなあめを選ばせてくれる。

「じゃあ……これっ」

もちろん狙うのはでかいやつだ。

自分で選んだ物なのだから、文句は言えない。

「なかなかいいのを選んだじゃないか」

弓塚の選んだものはあんず、あめ共にボリューム満点のものであった。

「そりゃもう。真剣勝負だもん」

何ゆえ人というものはこういう無駄なところで真剣さを使ってしまうんだろうか。

もっと使うべきところがあるだろうに。

「それじゃあこれを回しておくれ」
「あ、はーい」

おばちゃんが店の右側にあるルーレットを指差した。

「なんか懐かしいなー。これ」
「これは?」
「えっとね、回して当たればもう一個貰えるの」

ぽんとスイッチを押す弓塚。

ぴぴぴぴぴぴぴぴぴ……ぴぴぴ……ぴ。

『ざんねんっ』

「……あ、あはは。まあ普通当たらないんだよね」
「オレもこれだけは滅多に当たらない」

コツとか全然わからないからな。

完全に運との勝負である。

「ほれ、ななこもシオンさんもさっさと選んでくれ」
「あ、はいっ。ええと……わたしは……これでっ」

ななこはりんごあめのほうを取った。

「関東ではあんずがメインで関西ではりんごのほうがメインらしい」
「そうなんですかー」
「どっちも美味いぞ」
「へぇ……」

じっとりんごの部分を見つめているななこ。

「取りあえずルーレット回せ」
「あ、はーい」

『はずれ』

「……駄目ですねえ」
「まあしょうがないさ」

こういうのは雰囲気を楽しむためにあるようなもんだからな。

「で、シオンさんはどれを?」
「……ふむ」

シオンさんはみかんあめを取った。

「みんな分かれるなあ」
「いえ、せっかくなのでバラバラにしてみようかと」

ルーレットを回す。

『惜しいっ』

「いや、惜しくないし」
「ここは有彦に期待します」
「そんな期待されてもなあ」

技量でどうにかなるものならともかく、こういうのはどうにも。

「……って乾くん。チョコレートは邪道じゃない?」
「ふっふっふ」

オレの選んだのはチョコレートの入った飴であった。

「確かに邪道かもしれん。だが、それだからこそ売っている店は少ないんだ」

つまりレアアイテムということである。

「敢えて変り種を狙う男の生き様っ」

こういうイロモノに挑戦してこその男ではないだろうか。

「……あめを片手に力説されても」
「うん、オレもアホだなと思った」

なかなかにマヌケな図であったことだろう。

「まあ取り合えずと」

何にも考えずにルーレットを回す。

マンガとかだったらここで当たりでも引くんだろうが。

どうせ現実はそんなに甘くはない。

『もう一回』

「……うわ、微妙」
「チャンスが増えたじゃないですか」
「バカ、逆だ」

これで失敗しようものなら落胆が倍増してしまう。

「やってみなきゃわからないよ」
「まあそうだけどさ」

期待しないでもう一度スイッチを押す。

『おおあたり!』

電子音のファンファーレが流れた。

「あれ、マジで当たった」

案外こういうのは期待してない時のほうが当たるのかもしれない。

「おめでとう。もうひとついいよ」
「おう。ありがとう」

おばちゃんに感謝し、もうひとつチョコレートのあめを取る。

「え? 二つ目もそれなの?」
「ああ。これはおまえにやる」

弓塚にそれを差し出した。

「ええっ? なんでわたしに? ななこちゃんじゃなくて?」
「おまえでいいんだよ」
「……えと」

頬を赤くしている弓塚。

なんか誤解しているらしい。

「チョコレートあめを邪道と言ったからな。食ってみるといい」
「あ、な、なんだ。そういう事」
「当然だ」
「だよね、あは、あははははは」
「……青春ですねえ」

シオンさんがやたらおばさんくさい発言をしていた。

「じゃあ、食いながら歩くか。いっただきまーすと」

さっそくあめを口の中に入れる。

うむ、滅茶苦茶に甘い。

「このチープで大味な味付けがたまりませんね」
「シオンさんもわかってきたじゃないか」

祭りの食い物は豪快さと大雑把さがウリである。

「口の中でとろけますよ〜」
「そりゃあめだからな」

氷の中に入っていたのでキンキンに冷えた水あめ。

そこに果物のアクセントというのが普通のやつなわけだ。

「甘い、この世の果てのように甘いっ」

これが中に入ってるのがチョコレートなもんだから、中央にたどり着くと甘さが倍増する。

だがそれがいい。

「どうだ? 弓塚」
「ん」

チョコレートとあんずを交互に咥えている弓塚に尋ねてみた。

「えっと……引き分けっ」
「なんじゃそりゃ」
「だってどっちも美味しいんだもん」

えへへと笑う。

「ありがとう。乾くん」
「……どうも」

普通に弓塚を喜ばせただけで終わってしまった。

まあたまにはいいか。

「じゃあ、次は……」

どこに回るかねと言おうとした瞬間。

ひゅるるるるるるる〜……

背後からそんな音が聞こえた。

「……決まりだな」

これを見なきゃ祭りに来た意味がないってもんだ。

「場所取りに行くぞっ! みんなついてこいっ!」

夜空に広がる鮮やかな光。

どーんと響く壮大な音。
 

つまり、打ち上げ花火である。
 

続く



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