これを見なきゃ祭りに来た意味がないってもんだ。
「場所取りに行くぞっ! みんなついてこいっ!」
夜空に広がる鮮やかな光。
どーんと響く壮大な音。
つまり、打ち上げ花火である。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その54
「ついてこいってどこに行くの?」
早歩きで進むオレに弓塚が尋ねてきた。
「姉貴の出店」
「もしかして、そこだと花火がすごいよく見えるんですか?」
「いや、全然見えないと思う」
びたん。
弓塚がすっ転んでいた。
「……では何故一子のところへ行くんです?」
頭を抱えているシオンさん。
ちなみに弓塚に対するフォローは一切ない。
「あいつが花火のよく一番見える位置を知ってるからだ」
ついでにいうなら花火の構成その他も全部知ってるはずである。
「さすがは一子さんですね」
「祭りの準備から手伝ってただろうからな」
だからこそ、いい位置に出店を出せたわけだ。
「とにかく急ぐぞ。早くしないと姉貴のほうが移動しちまうかもしれない」
「ならば有彦だけで先に行ってください。わたしたちは後から行きますよ」
「……そのほうが早いかな」
みんな祭りの場での移動には慣れてないだろうし。
「じゃ、行ってくらあ」
マンボウをシオンさんに投げた。
「き、気をつけてね」
鼻頭を押さえている弓塚。
「おまえも気をつけろよ?」
そう言ってからオレは姉貴の出店へと急いだ。
「姉貴ーっ」
店の裏から声を掛ける。
さすがに花火が始まったので客の人数も少なくなっていた。
「おう。どうした?」
幸い姉貴はまだそこにいた。
「花火」
「人が多いところと穴場どっちがいい?」
その一言だけで全て通じてしまう。
さすがは姉貴だ。
「穴場のほうがいいかな」
「そこの林を抜けた先に空き地がある。みんな神社の裏のほうに集まってるだろうから、そっちは空いてるだろ」
「感謝する」
「虫に刺されないよう気をつけるんだね」
姉貴はそう言って虫除けスプレーを投げてきた。
「その様子だと大分儲かってるみたいだな」
なんか無茶苦茶機嫌よさげだし。
「ふ」
姉貴はびしっと親指を立てていた。
「そいつぁよかった」
もし儲かってなかったら色々と大変な事になっていただろう。
ああ、本当によかった。
「いいから早く行ってこい。見ないのは損だぞ?」
「おう」
元来た道を引き返すオレ。
「乾くーん」
「……なんか持ち物が増えてないか?」
合流した弓塚たちの手元には、クレープやら今川焼きやらたい焼きやらがあった。
「はい。花火見ながら食べるのもオツかなあって」
にぱっと笑うななこ。
「花より団子じゃねえかよ」
「でも花火の間と間って時間あるし」
ひゅるるるるるるる〜。
「まあなんでもいい。場所の確保だ」
こんな話をしている間にも花火は上がっているんだからな。
「一子はどこだと言っていたんです?」
「こっちだ。ついてこい……とその前に」
姉貴に貰った虫除けスプレーを自分の体に吹き付ける。
「そこの林を抜ける。これを使ってくれ」
「虫除けスプレー? 手際いいんだね」
弓塚が感心したような顔をしていた。
「さすがはオレだろう」
「ええ。一子に渡されたものを自分の手柄にする辺りが特に」
見抜かれてやがる。
「あはは、でも貰ったまま忘れてないわけだし」
「わたしには必要なさそうですねー」
無駄に自慢げなななこ。
「むしろおまえにかけたらダメージ受けそうだよな」
「……どういう意味ですか、それ」
「さあ、急ごうか」
「無視しないでくださいよ〜」
「虫除けだけにってか」
弓塚が吹き出していた。
「ゆ、弓塚さんまでー」
「さあ行きましょう有彦」
「みんな酷いですよーっ!」
などとななこをからかいながら林を抜け、その先の空き地へと向かう。
どーん!
「……ほう」
さすがは姉貴の発見したポイント。
「綺麗ですね……」
人の姿はなく、しかも花火も非常に良く見える場所であった。
「お化けとか出そうですけどね」
「確かに」
祭りの光も届かず、花火が上がっていないと周辺は真っ暗なのである。
「……ん」
ちょっと待て。これはチャンスか?
この暗闇、ついうっかり触ってしまったという言い訳が通じるじゃないか。
「……いやいやいやいや」
それじゃオレはただのセクハラ変態男である。
しかし、暗闇に女の子が三人と男が一人か。
何か起こらないほうがおかしい。
「次の花火はまだですかねー?」
そう考えてしまうオレのほうがおかしいんだろうか。
「この暗闇の中では食べ物を持ってきた意味があまりないですね」
「上がった瞬間に食べるとか」
「……それでは本末転倒です」
シオンさんたちは普通に会話してるし。
「あ。ほら、上がったよっ」
ひゅるるるるる……
「……む」
アホな事を考えていると再び花火の上がる音が。
ぱぱぱぱぱぱぱっ。
「うわっ、凄い。炎がバラバラになりましたよっ」
「ふむ……巨大なものもいいですが、これはこれで中々」
ひゅるるるる……
「お?」
それをきっかけに、連続で花火が上がり始めた。
いよいよ本格的に始まったらしい。
「明るくなったね」
「だな」
花火のおかげで周囲は昼間のような明るさを取り戻していた。
嬉しいような残念なような。
「有彦さん、今の凄かったですねっ」
ななこはやたらとはしゃいでいた。
「ああ」
どーんっ!
今度は巨大な花火が打ち上げられる。
「綺麗ですねー」
そう言いながらななこが傍によってきたのでオレはそっと囁いた。
「おまえのほうが綺麗だよ」
「えっ」
ななこに隙が出来る。
「てりゃ」
その一瞬の隙をついて尻を撫でてやった。
「も、もうっ! 何するんですか有彦さんっ!」
「はっはっはっは」
これくらいはやっても許されるよな?
どーん!
「素晴らしい……この記憶回路はしばらく残して起きましょう」
「えーと、次はクレープを……と」
シオンも弓塚も他の事に夢中でオレたちの事は気にしていないようだった。
「……こっそり離れてしちゃいます?」
顔を赤くしてそんな事を囁いてくるななこ。
「アホ」
こいつオレよりもとんでもない事考えやがって。
「今日はそういうのはナシだ。花火を楽しもうや」
巨大な花火を眺めていたら、そういう気分じゃなくなってしまっていた。
「……はーい」
気まずそうに頷くななこ。
「そ、そういうのはまた今度な」
「喜んでー」
何話してるんだよオレら。
などと自分にツッコミを入れてみる。
オレもかなりアホだ。
ひゅるるるる……どーん!
とにもかくにも、オレたちは心ゆくまで花火を堪能したのであった。
続く