ほとんど寝言のように姉貴が言った。
「家族ってのは……いいもんだなぁ」
オレは玄関にいるみんなの姿を見てから答えた。
「そうだな。いいもんだ」
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その56
ジリリリリリ。
「……ん」
目覚ましの音で目が覚める。
「ふぁーあ……」
起き上がってカーテンを開けた。
「今日もいい天気……と」
日差しが目に入り込んできて眩しかった。
「おいこら、起きろななこ」
それからいつものように押入れを開けてななこを呼ぶ。
「あうー、あと五分ー」
「生意気な事言ってんじゃねえ」
べしゃっ!
体を転がして押入れから落下させてやった。
「い、いったあ……何するんですか有彦さん!」
「心地よい目覚めだな」
「ちっとも心地よくないですよぅ」
「そりゃ残念」
ななこを適当にあしらいつつ下へと降りる。
「あ。乾くん。おはよー」
「おう、おはよう」
洗面所に向かう途中でエプロン姿の弓塚と挨拶を交わす。
「ご飯出来てるよ」
「作ったのか?」
「シオンも一緒にね」
「助かる」
「ううん。これくらい気にしないでよ」
起きると朝飯が出来ている。
なんて素晴らしい事だろう。
「顔洗ったら新聞持っていくわ」
「うん」
弓塚は台所へぱたぱた走っていった。
「うーむ」
なんだか新婚さんな気分。
「……まだ寝ぼけてるかな」
顔を洗って玄関へ向かう。
がちゃ。
「新聞新聞……と。うおっ」
目の前を黒猫が通り過ぎていった。
「……朝に黒猫見るとは不吉なんだっけか?」
まあ迷信なんて信じないけどさ。
猫なんてその辺にたくさんいるわけだし。
「妖怪変化の多いこの家でいまさら迷信なんぞ……」
いや、逆にこういう家だからこそ迷信も現実になるのかも。
「……ま、まあ見なかった事にしよう」
こういうのは気の持ちようだからな。
何もなかった事にして家の中へと戻った。
「おはようございます、有彦」
「おう」
シオンさんと挨拶を交わす。
「今日は何か仕事がありますかね?」
「んー。どうだろ。少なくとも姉貴は昼くらいまで起きてこないと思うけど」
昨日はかなり張り切ってからな。
「あいつは寝かしておいてやってくれ」
むしろ変に起こしたら殺されると思う。
「了解しました。では午前中は自由という事ですね」
「そうだな」
「……シオン、何かやる事があるの?」
「はい。少し外出してきます」
「そうか。気をつけろよ」
どこに行くんだと聞くほどオレは野暮じゃない。
「そっかー。じゃあわたしはちょっと寝てようかなぁ」
「寝るんかい」
なんて対照的な行動だろうか。
「あはは、仕事がないのに早起きしちゃうとなんか損した気にならない?」
「そりゃわかるけどさ」
オレもほとんど習慣で起きちまったからな。
「おはよーございますー」
今頃になってななこが降りてきた。
「遅いな。何やってたんだよ」
「有彦さん、ヨーヨーまだ余ってませんでしたっけ?」
「昨日のやつか?」
「はい。両手につけてダブルヨーヨーとかやろうかと思いまして」
「アホ」
まるで発想が子供である。
「アホアホ言わないで下さいよぅ」
「そうだよ乾くん」
「本当の事を言うのは感心しませんね」
「……シオンさんは何気にオレより酷い事言ってる気がするんだが」
「うー」
額に皺を寄せているななこ。
「残念だけどヨーヨーはもう無いんだ」
「あれ? まだ余っていませんでしたっけ?」
「ひとつは姉貴にやって、もう一つも女の子にあげちまった」
「女の子?」
「知らない子だよ。姉貴を連れて帰る途中で会ったんだけど、ヨーヨーをじっと見てたからさ」
遊び方を教えてやったらぱしぱしやりながら近くのでかいマンションに入ってったけど。
案外いいとこのお嬢ちゃんなのかもしれない。
「祭りに行きたかったけど連れてって貰えなかったとかそんな感じじゃないかな」
拗ねて外に出ていたところにオレと遭遇したと。
「それは珍しく良い事をしましたね」
シオンさんが目を細めていた。
「何を言う。オレは常にいい男なんだ」
「そういう事言わなきゃもっといいと思うんだけど」
「はっはっは」
こういう事を言うのは照れ隠しでもあったりする。
あんまり人助けするようなキャラに見えんからなあ、オレは。
「そうです。有彦さんはいい人なんですよー」
珍しくオレのフォローをしてくれるななこ。
「けどイメージダウンするような事ばっかりするからダメなんです」
「やかましい」
ぺちん。
「そうやってすぐ手を出すのもー」
「はいはい、悪うござんしたね」
これでもツッコミを入れる相手はちゃんと選んでるんだぞ。
「乾くんはイメチェンしたらいいんだよきっと。髪の毛を黒く染めてメガネかけるの」
「……もはや誰だかわからなくなりそうだな、それ」
「あはは、わたしもそう思う」
「有彦はトサカあっての有彦でしょう」
「トサカってなあ」
モヒカンじゃないんだから。
ああもう、この話題に絡むのは止めよう。
何を言っても不利になるだけの気がする。
「今日のテレビは……と」
そんなわけで持ってきた新聞を眺めるオレ。
「有彦。新聞読み終わったら貸してください」
「ん? ああ」
さすがはインテリシオンさん。
新聞を読むのは当然の日課なのだろう。
オレはゴールデンタイムの番組と天気予想だけ確認してシオンさんへ渡した。
「もういいのですか?」
「ああ」
テレビ欄と端っこのマンガ以外をオレが見るわけなかった。
「……ふむ」
新聞を開くシオンさん。
その視線はある一点に集中していた。
「シオンさんも四コマ見てるのか」
「なっ……何を根拠にっ」
いや、その慌て振りだけで十分なんですが。
「視線がもろにそこだったからさ。いや、別に全然構わないんだけど」
そうか。シオンさんもマンガとか見るんだなあ。
「構わないのなら取りたて騒ぐ事でもないでしょう」
ごほんごほんと咳払いをするシオンさん。
「照れてるんだね」
弓塚がくすくす笑っていた。
「……」
新聞で顔を隠すシオンさん。
「オレの部屋に色々マンガあるからさ。暇な時あったら勝手に見ていいから」
「……気が向いたら見る事にします」
表情は見えないが声はやたらと嬉しそうだった。
「あははシオンってば……」
それを聞いてまた笑う弓塚。
「さつきっ……!」
「わ、シオンが怒った〜」
笑いながら逃げていく弓塚を、シオンさんが追いかけていく。
「……平和だねえ」
「ですねえ」
今日はのんびりまったりとした一日になりそうであった。
続く