「だからもうこんな事……」
「なら……ならっ!」

叫びながら顔を上げた弓塚。

その表情には、何か決意を秘めたものがあった。

「乾くんはわたしが輸血パックの事忘れてたからこういう事したって思ってるのっ?」
「違うのか?」

大きく首を振る。

「忘れてないよ、そんなの。わかってる。わかってるけど……」

弓塚はきっとオレの目を見据え、言った。
 

「……わたしは、乾くんに助けて貰いたかったのっ! 乾くんが欲しかったのっ!」
 
 

『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その61







「どういうことだ……? それは」

混乱している。

弓塚が何を言っているのかわからない。

「オレに助けを求めなくたっていいじゃないか……」

いや、理解したくなかったというのが正しいだろう。

「……」

一瞬目線を逸らし、それから真っ赤な顔を上げて弓塚は言った。

「言葉通りだよ。わたしは乾くんが欲しいの」
「……だっておまえは遠野が……」
「遠野くんの事は関係ないっ!」

叫ぶ弓塚。

「わたしは今、乾くんと話をしてるんだよっ?」
「……っ」
「吸血鬼だからとか、そういうのは関係なくてっ。乾くんが欲しいの」
「嫌がったじゃ……ないか」

多分これは詭弁だ。

問題なのは弓塚ではなく、オレのほうだった。

オレは弓塚を抱く事を恐れていたのだ。

「それは……だって……はじめてだから……びっくりして」

だんだんと声が小さくなり、俯いてしまう弓塚。

「乾くんに体を触られると胸がドキドキして……体が熱くなって……こんなになるなんて……知らなかったから」
「……」

オレは途中から弓塚が経験のない事を承知で強引に迫った。

じれったいからとは言ったが、本当は弓塚に拒絶させる事が目的だった。

「と、とにかくっ!」

弓塚は恥ずかしさを振り払うように再び大声を出し、顔をあげる。

「……嫌じゃないよ。あれはつい出ちゃっただけなの。だから……っ」
「そ、そんな、おまえ」
「乾くんは遠慮しないで、好きにしてくれればいいのっ」

オレが何か言おうとする前に、弓塚は叫んだ。

「ちゃんと……恥ずかしいの……我慢するから……続き……」
「……」

またオレは弓塚にひどい事をしている。

こんな事を女の子から言わせるなんて、最低だ。

「こんな中途半端なの……わたしやだよ……」

ゆっくりと、しかしはっきりと言葉を紡いでいく弓塚。

「弓……塚」

理性が揺らぐ。

何をためらっているんだ。

やってしまえ、と。

「……い、いや、やっぱり駄目だ」

それでもオレは理性を断ち切るわけにはいかなかった。

「どうしてっ」
「それは……だな」

それは。

「やっぱりわたしなんかじゃ……イヤ?」
「……」

そんな事はない。

弓塚は十分過ぎるほどに魅力的だと思う。

けれどいきなりこんな事になるとは思ってなかったし、気持ちの整理が出来てないというのもあった。

だがもっと大きな理由がある。

それは答えられなかった。

男っつーもんは、無駄にプライドに依存して生きているのだ。

そのプライドを破壊されるような事を、自分から言えるはずがなかった。

「……そっか」

俯く弓塚。

「弓塚、オレは……」
「だったら!」
「うおっ」

がんっ。

後頭部を打ちつけられる。

「弓……塚っ」

オレは再び弓塚に押し倒されてしまっていた。

「乾くんは臆病者だよっ。血を吸われるのは構わないとか言って、女の子一人抱けないんだっ!」
「……う、うるせえっ」

暴れても弓塚の力には抵抗出来ない。

弱っているとはいえ、吸血鬼の力は人間とは桁が違うのだ。

「選んで! このままわたしに血を吸われるか、わたしを抱くかっ」
「む、無茶苦茶だぞそれっ! さっき血を吸わないって言ったじゃないかっ!」
「わたしだってこんな強引な事したくないっ。乾くんがちゃんと答えてくれないからっ!」
「……っ」

弓塚が怒るのもわかる。

明らかにオレに非があった。

「……わかったよ」

だからオレ自身が何とかしなくては。

「おまえもそこまで言うなら覚悟はいいんだな」
「えっ」

一瞬戸惑うような表情を浮かべる弓塚。

「続きをするんだよな」
「う……うん」

顔を赤くして、頷いた。

「で。スカートはオレが脱がすのか?」
「あ、え」

オレとスカートを交互に見る弓塚。

「オレは一向に構わんぞ」
「……じ、自分で……やるよ」
「そうか」

弓塚は裾のホックに手をかけ、ゆっくりとそれを外した。

それからさらにゆっくりな速度でスカートを下ろしていく。

「弓塚」
「……なに?」
「悪いな」
「えっ」

オレは弓塚を跳ね除け、立ち上がった。

そしてドアに向かって一気に駆ける。

「待っ……うあっ?」

びたん!

半分だけ脱げたスカートに引っかかり、顔から床に激突する弓塚。

「やっぱり無理だっ!」

オレは徹底的に嫌な奴になってやろう。

そうすればきっと弓塚だって諦めてくれる。

「あばよっ」

ドアを開けようとしたその時。

ばたん。

「ぶっ!」

突如目の前に現れた壁に、顔面を強打してしまった。

弓塚と同じようにぶっ倒れるオレ。

なんだ? 何があった?

目の前には大きく開かれたドア。

どうやらオレはドアに激突したらしい。

「全く、貴方たちは何をやっているんですか」

そこには彼女が立っていた。
 

「シ……シオンさん」
「……」

じっとオレたちを睨み付ける彼女。

「いつから……そこに」

オレにはそう言うのが精一杯だった。

「今来たところです。話は聞いていませんのでご安心を。しかし……」

シオンさんは大きくため息をついた。

「何が合ったのかは大体想像は出来ます」
「……待て、誤解だそれは」

この状況、誰がどう見たって。

「ケダモノですね、有彦」
「違うってのに!」

真相はまるで逆、オレが弓塚に襲われていたんだから。

「シ、シオン。違うの」

すると服を直しながら弓塚がシオンさんに話しかけた。

「……弓塚」
「ええ、わかっています。冗談ですから」
「え?」
「え?」

二人して間抜けな反応をしてしまった。

「さつき。軽率な行動は身を滅ぼすと言ったでしょう?」
「うん……ごめん」
「あ、あの、シオンさん?」
「わかっています。さつきは不器用ですからね。ついこんな行動に出てしまったのでしょう」

弓塚に近づくシオンさん。

「有彦。吸血鬼は人間よりも他人を欲しいという衝動が強いものなのです」

弓塚の肩にぽんと手を置いて、オレに話しかけてきた。

「……そうなのか」
「はい。それはすなわち血が欲しいという衝動に繋がるのですが……」

大きく息を吐く。

「吸血衝動を耐えるには、それ以外を求めるしかないということも理解して頂きたい」
「だから、それは輸血パックで……」
「栄養さえ足りていれば味気ない食事でも満足できるのですか? 貴方は」
「う」

そう言われると困ってしまう。

「やはり時には豪華な食事が食べたくなるものなのです。人の好意は吸血鬼にとって最高の調味料なのですよ」
「……」
「あなたは吸血鬼の食材としては超一級品です。それを目の前にして、我慢し続けていろと?」

シオンさんの例えは絶妙なものだった。

「それでも貴方の血を吸う事を拒んださつきを、むしろ褒めてやって下さい」
「……ああ」

もしかしたらオレはとっくに血を吸われてもおかしくない状態なのかもしれない。

「シオン、わたしは……」
「さつき。貴方はまだまだ甘いです」
「……」

うなだれる弓塚。

「相手を逃げられないようにするのがまず基本でしょうに」
「え」

シオンさんからなんだか不穏な気配を感じた。

ばたん。

ドアを閉じるシオンさん。

そのまま後ろ手て鍵をかけられてしまう。

「協力しますよ、さつき」
「ちょ、ちょっと?」

まさか、まさかシオンさんまで。

「シオン……?」
「有彦。貴方も覚悟は出来ているでしょう?」
「いや、オレは」
「むしろ男の貴方にとってこの状況は喜ぶべきなのですよ?」

そう言って自らの上着に手を掛けた。

「ちょ……」

マシュマロのような白い肌がオレの目の前に現れる。

一瞬その綺麗さに目を奪われてしまった。

「さつきが生ぬるいので、わたしが手本を見せて差し上げましょう」

艶っぽい笑みを浮かべながらシオンさんが近づいてくる。

「っ!」

オレは逃げようとした。

「無駄ですよ」
「な……」

体が、動かない。

「エーテライトで体の動きは制限してあります。いえ、ご安心を。肝心の部分は機能しますので」

どさっ。

オレはそのままシオンさんへ押し倒されてしまった。

柔らかくて暖かい肌の感触がモロに伝わってくる。

「さて……美味しいランチタイムの始まりですね」
 

シオンさんがぺろりと舌なめずりをした。
 

続く



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