「やっちゃえやっちゃえ」

頭の中でそんな声が聞こえた。

「弓塚……シオンさん……」

オレはゆっくりと二人に手を伸ばしていった。
 
 


『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その63






「いけませんっ!」

触れようとした瞬間そんな声が聞こえ、慌てて手を引いた。

「……っ」
「いいじゃないの。向こうが誘ってるのよ」
「駄目だと言ったら駄目です! さっきの事を忘れたんですか! 殺されるところだったんですよ!」

これが理性と本能の葛藤というやつだろうか。

それとも天使と悪魔なのか。

「……どうすればいいんだ」

頭を抱えてしまう。

ここで二人を抱く事は本当に正しいのだろうか。

「悩む事ないじゃない。男ならゴーゴー!」
「一度行為に及んでしまったらもう逃げられませんよ! それでは血を吸われたのと何ら変わりがないじゃないですかっ!」
「ぬう……」

二者択一。

どちらを選んでもオレは後悔しそうな気がした。

「……ちょっと」
「え?」
「どうも変だと思ったら。なんで邪魔するかなぁ」
「……ちっ!」
「な……なんだ?」

急に二つの声が絡み合った。

「いいじゃないの。このまま最後まで行っちゃえば」
「駄目です! これ以上先に進んではいけません!」

どういう事なんだこれは。

一体何が起きてるんだ?

「どういうつもりなんですか貴方はっ! 使い魔にこんな夢を見させてっ!」
「何って……恩返しよ。そっちこそ何なの? 勝手に干渉してせっかくのいい夢を悪夢にしてくれちゃって。軌道修正、大変だったみたいよ?」
「わ……わたしは吸血鬼の恐ろしさを身を持って知って貰おうと思っただけです」
「余計なお世話よっ!」

声はなおも響いてくる。

「あ、あのー。もしもし?」

どうやらこの声は理性とか本能のせめぎ合いとは違うみたいだ。

オレとはまるで関係ない、第三者同士の言い争いだと思っていいだろう。

「何よっ。今忙しいのっ」

聞きたい事は色々ある。

あんた達は何者なんだ、とか。

なんかどっかで聞いたような声の気もするんだが。

それよりも、この声は聞き捨てならない事を言っていた。

「夢がどうとか言ってたけど……」

もしや今のこの状況って。

「ええ。夢よ」

片方の声があっさり言い放った。

「……マジか」

でも夢の中で夢だなんて理解できるもんなのか?

「普通に感触とかリアルなんだけど」

二人の姿を見る。

弓塚やシオンさんの肌の感触が、ありありと思い出された。

今だってはっきりと二人の呼吸音が聞こえてくる。

「そりゃ夢はあの子の専門分野だもん」
「はぁ」

よくわからない解答だった。

「とにかく、こっちには悪意も何もないの。邪魔しないでよまったく」
「いいえっ! あなたが怪しげな行動をしているのを見逃すわけにはいかないんですっ!」

声はなおも争っているようだ。

「はぁ。しょうがないなぁ。邪魔のせいでネタもばれちゃった事だし、撤退しましょ」
「ちょ……ばらしたのは貴方でしょう?」
「そっちが余計な干渉するからじゃないの。はい、おしまいおしまい」
「おしまい……?」

視界が揺らぐ。

「ああ。大丈夫。普通の夢と違って記憶は残るから」
「ちょ……待ちなさい! このっ!」
「ふんだ。捕まえられるもんならやってみなさーい」

声はだんだんと遠ざかっていった。

それと同時に、周囲の背景、人物たちがぼやけていく。

「……みんな……消えてく」

ああ、ホントに夢だったんだな。

今度こそ実感してしまった。

「ええ。確かにこれは夢です。ですが真実でもあります。彼女の……シオンの言った事は偽りのない真実です。それを忘れないように」
「……」
「いつかきっと後悔しますよっ!」

最後にそんな声が聞こえて、世界は真っ白になってしまった。
 
 
 

「……」

目を開ける。

「……はぁ」

頭が痛い。

「なんだったんだよ一体……」

カーテンを開ける。

日差しが目に入り込んできて眩しかった。

「……本当に夢だったのか……?」

全てがあまりにもリアル過ぎた。

「……夢だったんだろうなぁ」

自分に言い聞かせるように呟いた。

そうだよなぁ。オレが二人に迫られるなんてあるはずないし。

「……」

押入れを開ける。

「おはようございます」
「うおっ」

いつもは起こしても起きないはずのななこが既に起きていた。

「なんだよ珍しいな」
「いえ、まあちょっと……」

苦笑いをしているななこ。

「……」

そういえばこいつは丸っきり夢に出てこなかったな。

何でだろう。

「わたしは有彦さんの事信じてましたから」
「は?」
「なんでもないですよー」

ななこは照れくさそうに笑い、壁の中へ消えていってしまった。

「なんなんだよ」

まったく訳がわからない。

「……はぁ」

天井を見上げ、夢の中のシオンさんの言葉を思い出した。

有彦。吸血鬼は人間よりも他人を欲しいという衝動が強いものなのです。

それはすなわち血が欲しいという衝動に繋がるのですが……

吸血衝動を耐えるには、それ以外を求めるしかないということも理解して頂きたい。

吸血鬼と共にいる限り、貴方には常に危険がつきまとうのですよ。

「常に危険……か」

起き上がって階段を下りる。

もしも本当に弓塚が血を我慢していて、それが堪えられなかったら。

あれが現実になるっていうのか。

「馬鹿馬鹿しい」

吸血云々の会話の後のあの行為だって、夢の中だったからこそだ。

現実であんなおいしいシチュエーションがあるはずがない。

「……」

人の好意は吸血鬼にとって最高の調味料なのですよ。

あなたは吸血鬼の食材としては超一級品です。それを目の前にして、我慢し続けていろと?

「オレは……」

オレは間違った事をしているんだろうか。

「だとしても、オレは後悔なんてしない……」

たとえ本当に血を吸われてしまう事になってしまったって。

「……いや、あいつらは」

そんな事絶対にないと信じたい。

「あ、おはよー乾くん」

向こうから寝ぼけ眼の弓塚が歩いてきた。

「お……おうっ。いい天気でありますでござるな」

夢の中とはいえ、あんな事をしてしまった直後だ。

恐ろしく気まずかった。

「なに? 変な乾くん」

きょとんとしている弓塚。

「うるせぇ……ん?」

弓塚が何かを咥えているのに気がついた。

何か袋のようなものにストローを差して飲んでいるようだ。

「それは……」
「あ、こ、これ?」

輸血パックだった。

「あはは……朝はちょっと血圧低くて……」

恥ずかしそうに笑う弓塚。

「ごめんね」
「いや……」

なんだ。

心配する必要なかったじゃないか。

踵を返す。

「あれ? どこ行くの?」
「……」

嬉しさで思わず弓塚を抱きしめそうになってしまった。

危ない危ない。

だからあれは夢だったってのに。

「新聞取りにだよ」

それだけ言って歩き出す。

「これでよかったの? シオン」
「ええ。必要な事でしたので」
「えと……よくわからないんだけど」
「とにかく、これで問題ないでしょう」
「……?」
「有彦もとことん人外と縁があるようですね……真祖も代行者も無粋な真似を……大体わたしはあんなキャラクターじゃ……」
「シオン、顔赤いよ? 何かあったの?」
「何もありません! あるわけがないでしょう!」
 
 
 
 
 

「んー」

体を伸ばす。

見上げるとバカみたいな晴天。

さっきまでは憂鬱だったけど、大分気が紛れた。

「夢は夢……だよな」

もう一度自分に言い聞かせるように呟く。

「……ん?」

目線を下ろすと道路に黒猫が座っていた。

「不吉な……」

そういえば夢の中でも黒猫見たんだよなぁ。

「……あれ?」

その猫は妙なものをくっつけていた。

主人につけられたのか、青い大きなリボンと。

「ヨーヨー?」

祭りで見る事の出来る水風船を背負っていた。

オレがたくさん吊り上げたアレである。

もしかして昨日あげた子の飼い猫だったりして。

「……」

近づいても黒猫は逃げない。

逆にオレに挨拶をするように、ぺこりと頭を下げた。

「……おう」

なんとなくこっちも頭を下げてみる。

ぺこぺこ。

「あん?」

猫は何度も頭を下げていた。

なんとなく、謝っているように見える。

「なんかよくわからんが……まあ元気だせよ」

とりあえず頭を撫でてやる。

「……」

猫は暫くオレの顔を見ていたが、にゃあと鳴いて去っていった。

「変な猫」

新聞を持って家へ戻る。

その日は、夢とは違って何ひとつなく平穏無事に終わった。

終わったんだけど。

変わった事がひとつだけあった。

「うおおお……」

その夜の夢が、やばいくらいにエロい夢だったのである。

それこそ前日に見た夢の数倍以上の。

どんな夢だったかって?

それはオレの口からはとても言えない。

けど、別に弓塚とシオンさんの夢の続きではなかった。

相手はまあ……あいつだったわけなのだが。
 

ほんと、どうしてこんな夢ばっかりみるんだろう。

欲求不満なのか? オレ。
 

続く



あとがき
56話の時点でレンの淫夢オチは決まってたのですが、どこまで書くかがアレでした。
取り合えず有彦の夢には三人が干渉してます。夢魔の主人と、そのライバルと錬金術師。
まあバレバレですがw
色々と期待してくれた方、すいません(w;
清純作家にはここまでが限界でした(今更何を


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