「さて、今日の仕事はだね」

朝飯が終わったところで姉貴が話を切り出した。

「なんかえらい久々な気分だな」

実際には一日休みがあっただけなんだけど。

「割と大変だと思うから頑張ってくれ」
「……いきなりそういう事言われるとやる気がなくなるんだが」
「まあいいじゃないか。その分時給はいいぞ?」
「一体何の仕事なんですか?」

ななこが尋ねた。

「ドラッグストアの開店セールだ」
 
 



『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その64








「ドラッグ……って事は薬屋さんですか?」
「一応そうだが、まあ何でも屋だと思ったほうがいいだろうな」
「駅前に大きなのが出来るって話題になってたよね」

弓塚が思い出したようにそんな事を言う。

「ええ、新聞の折込チラシにもバイト募集のものがありました。なんでもヤクザ医師という職業の人は給料がすごいみたいですね」

シオンさんの発音は微妙に間違ってる気がした。

「薬剤師は資格を取るのが面倒らしいからね。けど資格さえあれば職には一生困らないだろうな」
「ふーん」

まあ頭がいいやつじゃないとそういう職業にはなれないんだろうが。

「いつか挑戦してみたいですね」

シオンさんが不敵な表情をしていた。

「ま、おまえらは薬の知識なんか無いから、雑貨の補充がメインの仕事だな」
「雑貨の補充ねえ」
「細かいもんを運んだりするんですかね?」
「……」

なんかもっとこう大変そうな仕事の予感がする。

「頑張れよ、有彦」

こんな風に声をかけてくる辺りが特に。

「まあ……やるだけの事はやるけどさ」

幸い(?)その日は曇りだったので、弓塚たちも普通に外出する事が出来た。

地図を見ながら駅前へ歩いて行く。

「この時間に堂々と歩くなんてほんと久々だよね」

弓塚が感無量な顔をしていた。

「そうですね。それにしてもいやに視線を感じるのですが」
「……」

取り合えず普段の格好じゃアレなので、弓塚たちは違う衣服を着ている。

特にシオンさんのものがやばい。

姉貴が選んだものらしいのだが、白いシャツに青いズボンという、ボーイッシュな格好であった。

胸のボリュームが結構あるので、それが際立ってアピールするような姿になっているのだ。

「不思議ですねえ」

薄桃色の長袖に、白いジーンズ。

こっちの馬には色気のかけらもなかった。

「……普段の格好がアレだからなあ」

むしろエロ度が下がったと言えなくもない。

「が、外人が珍しいんじゃないかな」

弓塚はどうして視線が集まってるのか理解したのか、恥ずかしそうな顔をしていた。

こちらは青いシャツに黒いズボン。

シオンさんほどではないが、やはり胸のラインが目立っている。

「よきかなよきかな」

そんな三人を連れて歩くオレは、まんざらな気分でもなかった。

そして、こんな気楽な考えを出来たのもここまでだった。
 
 
 
 

「おーい水がないぞー!」
「は、はい、今持って来ます!」
「すいません、洗剤はどちらに……」
「うぇ? え、ええと……」
「水はまだかー?」
「あー、うー」

二人の客に囲まれパニック状態のななこ。

「一番右の奥にあります」
「そうですか。ありがとうございます」

シオンさんは客が移動するのを確認してぱっと去っていった。

「い、乾くーん! 店頭のシャンプーがないんだってー!」

弓塚が慌てた表情で向かってくる。

「ここにあるからひとつ持ってけっ」

オレは大量の荷物の乗った台車の真ん中あたりを指した。

「あ、ありがとうっ」

ひとつを抱えて走っていく弓塚。

「……いくらなんでも物がありすぎだろう」

台車の上の物を見てそんな事を思う。

ペットボトルにシャンプーリンス、入浴剤にヘアスプレー、あげくの果てには米と来たもんだ。

「よっと……」

それぞれ商品のある場所の傍に台車を止め、補充していく。

俺の仕事は徹底的にそれの繰り返しだった。

補充が終わったら次の補充、次の補充が終わったらさらに補充。

開店セールということで、どの商品も大安売りなのだ。

まったくもってキリがない。

「す、すいませ〜ん! ラップはもう完売でー!」
「なによ。そんな事言って店の奥に隠してるんじゃないの?」
「そんな事ないですってばー!」

ななこが立ちの悪いおばちゃんに絡まれていた。

「はいスイマセーン。ラップは代替品を用意してありますのでー」

丁度台車の上にそれがあったので、差し出してやる。

「あらあら。もうひとつくれるかしら?」
「残念ですがお一人様一点づつとなっております」
「いいじゃないのよ〜」

ああもう、このクソババア。

などと思っていても口に出来ないのが辛いところだ。

「ラップあるの? 頂戴っ」
「わたしもわたしもっ」

オレの言葉を聞きつけたのか、おばさんたちがオレに群がってきた。

「ちょ、ちょっと、あたしも、キャー!」

もう一つくれと言ったおばさんは人込みに流されていった。

「因果応報」

ひょいひょいとラップを配っていくオレ。

「ちょっとそんなところに列を作らないでくれますかっ?」
「す、すいません」

シオンさんに叱られ慌てて場所を移動する。

「ああもうっ……! 在庫がっ……!」

シオンさんはカップラーメンやお菓子などの軽いものを担当していたのだが、あまりの在庫の量に悲鳴をあげていた。

仕舞いにはダンボールを何個も紐で結んで持ってくる有様だった。

「くそう」

自身の仕事のあまりの忙しさに手伝う事も出来ない。

美人の薬剤師さんに声をかけようと思ってたのに、そんなヒマなんてまるでなかった。

「乾くーん、柔軟剤が無いって」
「倉庫の奥にあるんじゃねえか?」
「見てくるっ」

弓塚は無くなった商品を確認し、逐次報告、前陳列、補充をする遊撃手をやっていた。

補充をしているオレやシオンさんだけではとても全部に目が回らないからだ。

「弓塚、それ終わったらシオンさん手伝ってやってくれっ」
「わ、わかったっ」

あっちへこっちへととても大変そうだった。

「レ、レジがバカみたいに混んでます……」

ふらふら状態のななこ。

こいつは商品の陳列担当。

物が減っているところを前に引っ張り、見た目を綺麗にする役目だ。

弓塚も確認しながらそれをやってるので、まあ楽な立場と言えなくもない。

だが。

「すいません、生理用品は……」
「あ、はい。えと、左の通路をまっすぐ……」

一番ヒマそうなので、客に物の場所を聞かれる事が多かった。

「……えーと」
「ご、ご案内しますー」
「ちょっと。ティッシュが無いじゃないのよ」
「そ、それはメーカー在庫切れなんです。ごめんなさい」
「使えないわねえ」
「す、すいません」

理不尽な客に絡まれる確立も高く、なんだかんだで大変そうだった。

「……はぁっ」

オレのほうはようやっと台車の上の在庫を捌けた。

やっと一息つけるか。

「乾くん、奥に次の用意してあるから」

店長が通りすがりにそんなご無体な事を言ってくる。

「へーい……」

明日は間違いなく筋肉痛だろうなあ。
 
 
 
 
 

「……終わった」

そして閉店。

「燃え尽きました……」
「もう、駄目……」
「あうぅ……」

全員が疲労困憊だった。

「便利なお店って……お客さんは便利だけど……働く人は大変なんだね」
「まったくだ……」

あらゆる商品の知識が要求される。

聞かれてよくわからないなんて答えても、客は納得してくれないのだ。

「これならもっと給料があってもいい気がします……」
「その通り」

日雇いバイトだからまだいいけど、正式なバイトとか社員となるともっと大変だろうなぁ。

「いやー、君たちいい働きぶりだったよー」

店長は実に満足げであった。

「売り上げもよかった。うん。よくやってくれたよ」

栄養ドリンクを配ってくれる。

「ありがとうございます」

一気にそれを飲み干す俺。

「で、どうだい? よかったら明日も……」

これに対する返答は、全員が完全に一致した。
 

『遠慮させて頂きます』
 

続く



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