かたかたかたかた。

キーボードを叩く音が響く。

「ブラインドタッチっていうんだっけか? それ」
「慣れれば簡単なものですよ」

シオンさんはキーボードを全く見ずに文字を打ちまくっていた。

今日の仕事はパソコンのデータ入力である。
 
 



『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その65




「シオンさん、慣れるの早すぎ」
「手本を見せてくれた人のデータを借りましたので。この程度は造作もないことです」
「ふーん」

さすがはアトラスの錬金術師。

「オレはやる事ないんだよな」

当然オレにシオンさんのような動作は出来っこないので、ただ仕事をやっているのを見物して入るだけであった。

「弓塚たちのほうに回してくれればよかったのに」

今回弓塚とななこは別の仕事をやっているのだ。

「ガードマンに追い出されるのがオチですね」
「くそう……キャンギャル見たかった……」

大企業のイベントで、キャンペーンガールが街を練り歩くCMの撮影というのをやるらしいのだ。

弓塚たちはそのエキストラとして参加していたりする。

「諦めなさい。それが運命です」

ぱちんとメガネを弾くシオンさん。

シオンさんは、これをつけていると画面を見ていても疲れないとかいうメガネをつけて仕事を行っていた。

これがもう、びっくりするくらいシオンさんに似合っていて、まさに仕事の出来るOL、パーフェクトOLの称号を与えても差し支えないくらいである。

「……」

そんなシオンさんを横目で眺めつつ、インターネットを開くオレ。

いくらオレでもこれくらいの操作は出来る。

「なんか面白いニュースねえかなあ」

一番最初に開かれたのはニュースのページだった。

政治家が云々とかそういうのは無視。

芸能とかスポーツとかのニュースを探す。

「ん」

そんな中、面白そうな文章を見つけた。

「時代はツンデレ……?」

試しに読んでみる。

今、世間はツンデレに揺れている! 

普段はツンとしている女の子が、ある状況下では急にしおらしくなり、デレデレと身もだえするような恥ずかしい言葉や表情を見せる。

このギャップに男はやられるのだ!

「ほうほう」

その先にもツンデレについての熱き思いが延々と語られていた。

「確かにそうだよなあ」

人は予想外の展開に弱いのだ。

「……しかもなんかどっかでこういうタイプの人間を見た気がする」

遠野の妹さんの秋葉ちゃんもそんな感じっぽいけど。

もっと身近で誰かいたような。

誰だっけ。

「何を読んでいるのですか?」
「うおっ」

気付くとシオンさんが後ろに立っていた。

「ああ。心配しないで下さい。仕事は終わりました。後はボーナスがつくだけです」
「そうか。ご苦労さん」
「いえいえ、当然の仕事をしたまでです」
「……」

そうか。

オレはふと悪戯を思いついてしまった。

「これを読んでたんだ」

早速それを実行すべく、シオンさんにそれを読んでもらう。

「ツンデレ……ふむふむ」

そう、オレの目の前にいるシオンさんこそ、ツンデレタイプといえるのではないだろうか。

シオンさんは興味深そうにその記事を読んでいた。

「なるほど。面白い見解ですね」
「だろう」
「しかし、ツンデレというものはそう多くは見られないと思うのですが」

大概において、こういうものは本人に自覚がないものだ。

だからこそそのギャップにやられ、こうも盛り上がっているのだろう。

「そんな事はないさ」

オレは意味ありげに笑って見せた。

「誰かいるのですか?」
「ああ」

人差し指をシオンさんに向ける。

「……?」

最初その意味がよくわかっていないようだった。

「……バカな」

やがて大きくため息をつく。

「あり得ませんね」
「いや、大いにあるって」
「どの辺りがですか。現にわたしは今有彦と二人きりですが何も変化ありませんよ」
「ふっふっふっふ」
「な、なんですか」

警戒するようなシオンさん。

シオンさんの弱点は、既に知っていた。

「シオンさんは可愛いなあ」
「んなっ!」

その一言で顔が真っ赤に染まる。

「な、なにをバカな事をっ!」
「いや、ほんとだって。もうその存在全てが反則」

最初に会った時からそうだった。

美人とか、可愛いとか、そういう外見を褒めるおだてに弱い。

「そんな見え透いた冗談で……喜ぶわけないでしょう」

そう言いながらもその顔はとても嬉しそうだった。

これこそがツンデレの見せるデレ。

普段とのギャップである。

「そりゃ残念だ」

しかしそれを敢えて言わないオレはナイスガイである。

もしくは悪い男なのかもしれない。

「……まあ、悪い気はしません。一応礼を言っておきましょう」

こう素直じゃないところなんか、完璧にツンデレであった。

「なんかツインテールの女の子がツンデレ率高いらしいな」

十分に堪能したのでシオンさんをいじるのは止めて、再び記事を読み進めてみる。

「さつきはまるでツンデレではありませんが」
「あいつはむしろ天然の部類に属するだろう。っつーか弓塚曰くあれはツインテールじゃないらしい」
「……そうなのですか」
「違いはよくわからんがな」

本人が主張するんだから多分そうなんだろう。

これもツンデレと同じで自覚がないだけかもしれないけど。

「ツインテールという髪型は子供の頃にやる場合が多いですよね。そして子供は素直でない時期、反抗期があります」
「そうだな」
「つまり、成長してもその髪型を維持している女性は、同様に反抗期……素直ではない状態である。つまりツンデレになる可能性が高いといえるのではないでしょうか」
「そういう風に言われると急に説得力が出てくる気がする」

新たな説として発表できるんじゃないだろうか。

いや、どこに発表するのかは知らないけど。

「もう少し面白くしてみましょうか」

くすりと笑うシオンさん。

「聞かせてくれ」
「では……」

こほんと咳払いをし、妙に生真面目な表情で話し始めた。

「ツインテールという言葉。直訳すると二つの尻尾。しかしこの言葉にはもっと重要な意味が隠されていたんです」
「そ、そうなのか?」
「ええ。それを解き明かすにはある特殊な読み方が必要となります」
「特殊な読み方……」

つまり暗号か。

「逆さま読むとか?」
「いえ、もっとシンプルです。まずこのルという文字に注目してください」

パソコンの画面に文字を打ち込むシオンさん。

「何か気付きませんか?」
「んー」
「こうすれば」

シオンさんはカタカナで大きくノとレという文字を打った。

「こ、これは!」
「そうです。ツインテールとは、ツインテーノレと読む事も出来るのです」
「……えらい読み辛いんだけど」
「はい。ですからこれを皆ツインテールと読んでしまったのでしょう」

かちゃりとメガネを動かすシオンさん。

「そしてこのツインテーノレが重要なのです。この解釈によって新たに出てきた文字、『ノ』ですが……こうは考えられないでしょうか」
「こうってどう?」
「実はこれは、二つの濁点がくっついてしまった形なんです」
「濁点って……『ば』とかについてる?」
「ええ。濁点を連続して書くと、Nのような形になったり、縦に繋がったりしてしまう事が多々あるでしょう。これが極端になれば……」
「なるほど」

『ノ』のような形になる事も大いにありうるわけだ。

「これを考慮して……出来上がった文章が、ツインデーレ」
「……」
「さらに、この文章を特殊な読み方、一文字飛ばしてイとハイフンを省いて読めば……」

ツンデレ。

「つまり、ツインテールとは元々ツンデレを表した言葉だったんですよ!」
「な、なんだってー!」

これでもかってくらいに大げさに驚いてみせるオレ。

「……ふ、ふふふ」
「はは、はははは」

二人して大笑いしてしまう。

「シオンさん、オレの部屋にあったマンガ読んだだろう」
「ええ。色んな意味で参考になりました」

次から次へとトンデモ理論が展開していく伝説のマンガ。

「MMR」
「はい」

にこりと笑うシオンさん。

「……ん?」

それと同時にオレはある妙な事に気付いてしまった。

「な、なあ、シオンさん」

それは恐怖でもあったかもしれない。

「どうかしましたか?」
「最初にさ、シオンさんにパソコンの使い方を教えてくれた人の名前がさ……」
「な、なんですって!」

マンガの真似なんかではなく、シオンさんは本気で驚いていた。

「もしかしたら……ここは」

来る時よく確認しなかったけど、まさか。

「か、帰りましょう有彦。仕事は終わったのです。長居は禁物です」
「そそそ、そうだな」

早々と帰り支度を始める二人。

「お? もう終わったのかい?」
「!」

そこにその人物が現れた。

「あ、は、はい。終わりました」

出来れば会う前に帰りたかったのに。

「そうか。なら、どうだい? これからちょっと取材に行くんだけど一緒に……」

その人は飛んでもない事を言ってきた。

「い、いえ、用事がありますのでっ」
「ではっ!」

オレたちは脱兎のごとくその場を離れた。

あんまりにもあせって逃げ出したので、地図を忘れていってしまった。

だから、その場所がどこだったのか、今となってはもう確認出来なくなってしまった。

オレたちの入力したデータがどんな風に使われるかも、わからない。

とにかく、ひとつだけわかった確かな事。

そのメガネの人のつけたネームプレートには、こんな名前が刻まれていたのである。
 

キバヤシ
 

続く



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