「ヒマですねえ……」
「……ヒマだなあ」

普段は結構な客で賑わっているケーキ屋にも、閑古鳥が鳴いていた。

「ケーキ美味しいのに、どうしてでしょう」
「アホだろおまえ」
「うー」

オレがなじるとしかめっ面をするななこ。

「雨の日にケーキ買って濡れたら最悪だろうが」
 
 


『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その66






あくまでオレの偏見ではあるが、ケーキっつーのは明るい気分で食べたいもんだ。

降りしきる雨、憂鬱な気分でシチュエーションで食べるってのは想像し辛かった。

「今日が誕生日とか、よっぽどの理由がなきゃなぁ」
「うーん」
「つーかテメエ、美味しいとかほざきやがったがツマミ食いしたんじゃねえだろうな」
「違いますよぅ。試食のを貰ったんです。食べる人いなそうだからって」
「……ぬぅ」

せっかく仕事をしに来た以上、何か働きたいのだが。

ケーキを作るのは職人にしか出来ないし、オレとななこに出来るのは接客程度。

けれど客はまるで来ないと。

忙しい状態よりも、何もする事が無い事の方が案外辛いものだ。

「掃除でもするか……」

掃除にしたってもう何回やったかわからない。

ゴミなんかもうかけらも見えないくらいに綺麗だ。

「客が来れば……」

雨が降っている中、客が来れば床に水滴が落ちる。

つまり掃除が出来る。

きっと客はケーキを買ってくれる。

ケーキが売れる、仕事も出来る。

「雨が降ればケーキ屋が儲かるって理屈ねえかな」
「ないでしょうねえ」

雨は大抵の店にとっての宿敵であった。

喜ぶのは傘メーカーくらいだろう。

「誰か来てくれ……」

もしかしたら今のオレは店長よりも客を望んでいるかもしれなかった。

からん。

「お?」

オレの願いが通じたのか、一人のOL風のお姉さんが店の中に入ってきた。

「いらっしゃいませ〜」

にこっとスマイルを浮かべるななこ。

こいつには大した取り得は無いが、笑顔だけはまあ一級品と言えるかもしれない。

「んー」

きょろきょろと店内を見回すお姉さん。

「……」

買ってくれ、買ってくれ。

心の中で強く願う。

「何かお探しですかぁ〜?」
「……っ」

ななこが能天気な顔でお姉さんに話しかけた。

「あ、ええ、まあちょっと……」
「こちらなんて美味しいですよ〜?」
「……あ、はい……」
「ななこちゃ〜ん? ちょっといいかな〜?」

オレは店の奥でななこに手招きをした。

「な、なんですか? 有彦さん」

言葉に警戒したのか、身構えつつ歩いて来るななこ。

「おまえはアホか」

軽く頭をデコピンしてやる。

「わたしはただ商品をオススメしようと……」
「客が一人しかいない時にそんなことしたら、売りつけようと必死になってるのがバレバレだろ」
「で、でも……」
「こんな雨の中来てくれた客なんだ。何もしなくたっていいんだよ」
「……」

お姉さんは少し戸惑った様子だったが、しばらくウィンドウを眺めて。

「これ二つ下さい」

そう言ってくれた。

「ありがとうございます!」

至極丁寧にそれを包装するオレ。

「袋二重にしておきましたので」

雨への対策も完璧である。

「ありがとう」

お姉さんはにこりと笑って去っていった。

「な?」
「オススメしたらもっと買ってくれたかも……」
「それは大きな勘違いだ」
「えー?」

不満げな顔をするななこ。

「じゃあ、おまえにひとつだけ好きなケーキを買ってやろう」
「ほ、ほんとですかっ?」

オレの言葉を聞いて一瞬で表情が変わる。

まったく現金な奴だ。

「ああ。さっきのお姉さんと同じように店に入って来い」
「はーい」

自動ドアをくぐって外へ出るななこ。

すぐに中へ入ってくる。

「いらっしゃいませー」

まずは挨拶。

「えーと……」

きょろきょろと周囲を見回すななこ。

オレはさっきななこがしたように、傍へ近づいて行った。

「何かお探しですか?」
「あ、はい。どれがいいか迷っちゃって」
「これなんか美味しいですよ〜?」
「ええ。でもそれは試食したんで他のに……」
「オススメですよ〜?」
「……うう」

困ったような表情をするななこ。

「な。わかっただろ?」

そう言ってななこから離れる。

「確かにちょっと買い辛くなっちゃいますね……」
「しばらく店の中にいたんならまだしも、いきなり話しかけたら邪魔にしかならないっての」

これは大抵の客商売に言える事だと思うけど。

「ちなみに高級店だけは別な」

セレブはむしろ店員が話しかけてこないと怒る。

「奥が深いんですねえ」
「オマエが何にも考えてないだけだろ」
「そんな事はないですよ。どうやったら外がいい天気になるかとか考えてます」
「それこそ神様でもないとどうしようもないだろ、それ」

つくづく役に立たない奴である。

「ま、いいや。掃除するぞ」
「はーい」

地面に落ちた水滴をモップで拭いていく。

ものの五分もしないうちに終わってしまった。

「……ヒマですねえ」
「だなあ」

だいたい暇な時の行動は無限ループである。

会話なんかもう、これでもかってくらいにどうでもいい話題ばかりだ。

「そういえばケーキってさ」
「はい?」
「こう裏に紙がついてるんじゃんか」
「ええ、ついてますねえ」

目の前のケーキをじっと見つめるななこ。

「それを取って食べたり舐めたりするのはやっぱ邪道なのかな」
「みっともないような気がしますけど……」
「おまえはやるだろう?」
「……否定できません」

こいつは好物のにんじんなんか、頭から尻尾まで綺麗に食べつくすからな。

「でだ。男がやると確かに見苦しいが、女の子がやるとすげえ可愛いと思うんだよ」
「え、そ、それって……」
「例えばシオンさんとかがそれをやったら犯罪だよな。『な、なんですか! 物を粗末にするのはよくない事ですよ!』とか言うんだぜきっと」
「……まあ、シオンさんなら言いそうですが」

ななこはどこか不満そうな顔をしていた。

「だろだろ? 弓塚だったら『恥ずかしいなぁ』とか言いながら舌を出して笑ったり……」
「……」
「いいね。ケーキはある意味での男のロマンだ。作ってる途中にクリームなんかが顔についてたら最高だね」
「それはよかったですね」

ぷんとそっぽを向いてしまうななこ。

「冗談だっつーに。おまえも可愛いぜ? ああ、ものすごく可愛い」

あんまりからかいすぎてもなんなので、ここいらでフォローを入れてみた。

「そ、そんな、感情のかけらも篭ってない言い方されても嬉しくないですよー」

しかし声はとても嬉しそうである。

「ほんとだって。おまえほどの美人は他にいない」

調子に乗ってバカな事をほざくオレ。

「あ、有彦さんってば……」

ななこは顔を真っ赤にしている。

「はっはっは」

オレの顔を風がからかうように撫でた。

「……はっ!」

そこで気付いてしまった。

ななこのアホは、自動ドアのある場所にモップを置きっぱなしにしていたのだ。

つまりドアは開きっぱなし。

「……」

店には入って来ていないものの、外には数人のギャラリーが。

「は、ははは……は」

つまりあれか。今のオレの行動を全部見られてしまったと。

「さ、さあ安いようまいよー! みんな買っていってくれ! お姉さん、これなんかどうだい?」

やけくそとばかりにくるくると回転したり跳ねたり、謎の接客を開始するオレ。

「美味しい美味しいケーキですよ! ばんばん買っていってくださいー!」

ななこもそれは同様であった。
 

それが功を奏したのか、その日の売り上げは、晴れの日とほとんど大差ないくらいだった。

けど多分、オレたちはもう二度とこの店で仕事は出来ないだろう。

お姉さん方の情報網は尋常じゃないのだ。
 

後日店内でいちゃつくバカップルを見ようと客が押し寄せたらしいが、オレの知った話ではない。

ああもう、知るもんかコノヤロウ。
 

続く



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