「ずるいよななこちゃん。そんなの駄目」
「一人だけ開放されようたってそうはいきませんよ……」

弓塚とシオンさんが怖い顔でななこを見ていた。

「あ、あう」
「多分この二人からは逃げられないと思うぞ。あと姉貴がもっと怖いと思う」
「……ぐすぐす」

結局ななこはプレッシャーに負け、再び車に乗る事を選択した。

それから先はみんな何か悟ったのか、運転中一言も喋らなくなってしまった。

そしてなんとか無事に温泉までたどり着く事が出来た。

「いやー、楽な運転だったな」
 

姉貴だけが上機嫌だった。
 
 

『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その69











「……ここ本当に渡るんですか?」
「そりゃもちろん」

不安げな顔をしている弓塚に姉貴は事も無げに言った。

「渡らなきゃ向こうに行けないからねえ」

オレたちの目指す温泉宿は、切り立った渓谷にかけられたつり橋を通らなければいけないような場所に作られていたのである。

「駐車場をわざわざこちら側に作る意図が理解しかねますね」

シオンさんが渋い顔をしていた。

「雰囲気作りってやつだろうな」

この時代かかったつり橋を渡れば、向こうはもう別世界と。

「ここに来るお客さんはそういうのを望んでるんだよ」

温泉に限ったことではないが、旅行という行為は日常からの隔離だ。

車なんていう、ありふれた生活を示すものはこの場所にそぐわないんだろう。

「そんなわけでさっさと渡る渡る」

そう言って姉貴はつり橋を渡り始めた。

進んでいくたびにつり橋がぎしぎしと嫌な音を立てる。

「やだなぁ……」

 弓塚はいかにも怖がってますという感じだった。

「ほれ、おまえらも早く」

あっという間に向こう側にたどり着き、手招きをしている姉貴。

「はーい」

ななこがふよふよ浮かんで進み始めた。

こいつにはそもそもつり橋とか高度とか全く関係ないのである。

「うっわー、でも高いですねえ……」

それでも浮かびながら下を眺めて目を丸くしていた。

「落ちそうになってもいざとなればあいつが助けてくれるな」

ちょっとでも弓塚を安心させようとそんな事を言ってみたのだが。

「お、落ちるのが確定みたいに言わないでよ……」

てんで逆効果だった。

「……ふむ」
「ん」

しばらくかがみこんでつり橋を見ていたシオンさんが立ち上がる。

「これなら問題ありませんね。揺れることは揺れるでしょうが、例え全員が乗ってもこの橋は落ちはしないでしょう」
「でも揺れるんだよね……?」
「揺れがなんだというんですか、さつき。地球は常に回転しているのですよ」

いや、そんな壮大なスケールで物事を語られてもなあ。

「とにかく、わたしが先に行って何も心配ないことを証明してあげましょう」

そう言ってシオンさんは橋のど真ん中を歩き始めた。

「シ、シオン〜。捕まらないと危ないよ〜?」
「問題ありません。この程度の揺れで安定を崩すわたしでは……」

シオンさんが弓塚の声に反応し振り返ろうとした瞬間。

びゅおおおおお!

突風が吹いた。

「……っ!」

バランスを崩しかけ、慌てて手すりを掴むシオンさん。

「青のシマシマ」
「どこ見てやがるんですか貴方はっ!」

まあ、この元気なら大丈夫だろう。

「いやいや無事でよかった」
「と……当然です。例え転んだとしても落ちる要素はありません」

シオンさんの言う通り、つり橋の両側には縄で壁が作られているので落下に関する心配はないのだ。

「まあ、念には念を入れますかね……」

手すりを辿りながら、シオンさんは向こう側にたどり着いた。

「……揺れはしましたが、何も問題なかったでしょう?」

諭すように言うシオンさん。

「大丈夫だっていうのはわかるけど……やっぱり怖いものは怖いよ」

なおも不安げな顔の弓塚。

脅かされるとわかっていても、インチキだと思っていてもお化け屋敷が怖い人間はいる。

恐怖に対して、人はそう器用に対応出来ないのだ。

「取り合えずオレは先に行くぞ」

俺が先に行けば弓塚もついてくるかもしれない。

「ま、待ってよ乾くんっ」
「……ぬ」

腕を掴まれてしまう。

「あ、あっちから行こうよ。ね?」

弓塚の指差した先には、頑丈に作られた白い橋があった。

幅は車が通れるほどのものじゃないけれど、少なくともこちらより遥かに安全そうに見える。

「迂回ルートはこちら……か」

やはり弓塚のようにこの橋を渡れない人もいるんだろう。

つり橋の傍には迂回ルートの地図があった。

「……遠いな」

その白い橋にたどり着くにはかなりの回り道をしないといけないようだった。

「面倒だから一人で行ってくれ」
「……そんなぁ」

捨てられた子犬のような目で見つめてくる弓塚。

「ああ、もう……」

そんな顔で見られると弱い。

「……わーったよ」

オレは大きく息を吐いた。

「ほんとにっ?」
「知るかっつても腕を放してくれそうにないからな」

弓塚は最初よりもかなり強くオレの腕を掴んでいた。

「あっ、ご、ごめんっ」

慌てた様子で手を離す。

「いや別にいいけどさ」

頼りにされるというのは嫌な気分ではない。

「あー、大変申し訳ないお知らせがあるんですがー」
「あん?」

気づくとななこが傍に立っていた。

「向こうの橋、なんか通行止めになってるみたいです」
「そんなっ?」

悲鳴に近い叫びを上げる弓塚。

「原因はよくわからないんですがー。気の毒ですねー。残念ですねー」

うふふふふと気味悪い笑い方をするななこ。

そう言えば、出会ったばかりの時もこう人を脅かすような事を言ってた気がする。

「ここを渡るしかないって事か……」
「……ううう」

弓塚は再びオレの腕を掴んでいた。

「どうするかな……」

オレ一人だったらもちろん渡るのは簡単だ。

問題は弓塚のほうである。

一緒に渡るのが無難なんだろうが。

「この状態じゃ歩き辛いからせめて手を繋ぐ程度にしてくれないか」
「は、離さないでね。離しちゃやだよっ?」
「へいへい」

取り合えず一歩。

「……」

さすがにこれくらいは大丈夫か。

二歩、三歩。さらに進む。

「怖くない、怖くない……」

自分に言い聞かせるように呟く弓塚。

「そうそう、それでいい」
「怖くない……」

意外と順調に進んでいくオレたち。

進み出してしまえば案外なんて事ないのかもしれない。

「間違っても下を見ないほうがいいですよー」

ところが、あのバカ馬が余計な事を言いやがった。

「……っ!」

見るなと言われてしまうとどうしても意識してしまうものだ。

「おい弓塚……」
「や、やっぱり怖いー!」
 

弓塚はその場にかがみ込んでしまうのであった。
 

続く



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