オレはすっかり日の暮れた暗い路地を一人で歩いていた。
この道の街頭はぶっ壊れてるので本当に暗い。
「毎度今回みたいな仕事だと楽なんだがなあ」
オレはひとりごちた。
今日は日払いの倉庫整理の仕事をやってきたのである。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その7
それは要するに倉庫の中の荷物を右から左に移動させるだけの仕事なのだが。
狭い倉庫の中で機械なんぞ使えず、普通なら己の力だけで荷物を運ばなきゃいけないわけだが。
オレはもっぱらななこに運ばせて、楽をできたわけだ。
「しかしあいつ、先に帰るこたないだろうに」
その当のななこは、オレより先に帰ってしまっていた。
「オレだって完全にサボってたわけじゃないのになぁ」
有彦さんばっかりずるいですーとむくれっ面で帰ってしまったのだ。
「……ったく」
何もしてないと思われたままというのも癪なので、ちょっくら雀荘によって勝負をやらかしてきた。
それで帰るのがこんな夜中になっちまったわけである。
「まあ勝ったから文句ないだろ」
そんなわけでオレの片手には勝った金で買った人参1ダースが。
「オレも甘くなったもんだなぁ」
などと苦笑していると。
「……ん?」
がさごそがさごそ。
いつぞやななこを拾ったゴミ捨て場を漁っているやつがいた。
物好きな人間もいるもんだ……とまあ人の事を言えたもんじゃねえんだが。
「はっ!」
そいつはオレの姿を見てやたらと慌てているようだった。
まあそんな姿を見られたら気分のいいものではないだろう。
「よ、予定外ですっ! この時間にこの暗い路地を歩く人間の確率は0.3%だというのに……!」
「あー、いや、気にしないでくれ。オレは何も見てない。何も知らない」
オレはそう言ってそこを通り過ぎようとした。
そいつは声から察するとどうやら女らしい。
真っ暗闇であんまり姿がよくわからないのが残念である。
「待ちなさい」
「……なんだよ」
こっちは平穏に終わらせようとしていたのに呼び止められてしまった。
「あなた……追っ手ですねっ?」
「は?」
何言ってんだこいつ。
「問答無用です! ここで捕まるわけにはいきません! 覚悟っ!」
「おいおい」
なんか物騒な話になってきたぞ。
「覚悟っ!」
「はぁ。しゃあねえな」
女を相手にするのは気が引けるんだが。
向こうが襲ってくるんだから相手をするしかないだろう。
ぶんっ!
「うおっ?」
意外と素早いパンチが飛んできた。
「あぶねえあぶねえ」
「せやあっ!」
「おおっとおっ?」
避けた先にハイキックが放たれる。
「こいつ……」
オレが闇に慣れてないせいもあるだろうが、かなり腕が立ちそうだ。
「やりますね。ですがこれならっ!」
「ん?」
ひゅおんと空を切り裂く音。
ひゅんひゅんひゅんひゅん。
「な、なんだぁっ?」
オレの体に何かが纏わりついてきた。
糸みたいなものだが、引っ張ってもまるで千切れる気配がない。
「その動き、封じさせて貰いますっ!」
「……ふん」
反射的に利き腕を庇ったのがよかった。
他の部分は動かないが、利き腕はまだ動かす事が出来る。
「素手じゃ駄目でも……」
ポケットに手を入れた。
仕事の時には携帯することにしたななこの本体が入っている。
「これならどうだ?」
それでオレを縛り付けていた糸を引き千切っていく。
「小癪な真似を!」
「おっと?」
そいつはななこ本体を奪おうとしたのか、オレの手に掴みかかってきた。
「渡すかよっ」
蹴り飛ばして遠ざけようと思った瞬間。
「あ……うあああああっ!」
そいつは叫び声をあげて。
ぱたん。
「……え?」
地面にぶっ倒れてしまった。
「えーと、あのう?」
オレまだ何もしてないよな?
「……」
ぴくりとも動かないそいつ。
「ちょっと……おーい、やっほー?」
一体どうしたっていうんだ?
「……」
さてどうする。
放置して逃げるか。
オレはただの被害者だ。
向こうが襲ってきて、それで勝手に倒れたんだからな。
オレに悪いところは何もないはずだ。
「よし」
オレは何も見なかったし何も聞かなかったし襲われなんかしなかったと。
「……」
けど、こいつ置いて行ったら何されるかわかんねえよなあ。
最近物騒だからな。
「あーもうほんと甘いぞオレ……」
さすがにこの考えには自分で呆れるしかなかった。
「で、連れて来ちゃったんですか?」
呆れた顔をしているななこ。
「おまえだって似たような立場なんだからいいだろ」
「でも……」
「じゃあ置いていきゃよかったって言うのかよ」
「まあ、わたしも居候ですからそれについては言いませんけど」
ななこはまだ何か言いたげである。
「けど何だ?」
「この人変わった格好してますねえ」
「……オマエに言われたくはないと思うが」
確かにこのねーちゃんの格好は変わっている。
全身紫で、スカートの丈は短くアニメか何かのキャラクターみたいだ。
「コスプレって感じだよなあ」
しかも光の下で見ると結構な美人であった。
そんなねーちゃんが何故ゴミ捨て場を漁っていたんだろう。
「うーむ」
考えれば考えるほど謎である。
「気がつくのを待つしかないですかねえ」
「それで襲ってこなきゃいいんだけどな」
ほんとに厄介なヤツを持ってきちまったなあと今更後悔し始めてきていた。
「……ん……う」
「あ。気がついたみたいですね」
「だな」
まあ後は野となれ山となれか。
「おまえちょっと隠れてろ。万が一見える人間だと話がさらにこんがらがるからな」
「はーい。頑張ってくださいー」
ななこは壁をすり抜けて外へ出ていった。
「さて」
オレは壁に寄りかかりねーちゃんが気付くのを待った。
「……ここ……は」
体を起こす。
「気がついたか」
オレは声をかけた。
「!」
ねーちゃんはオレを見てあからさまに警戒していた。
「いや、なんもしてねえし、なにもしねえって」
手を広げて無抵抗をアピール。
「不審です。信用出来ません」
ねーちゃんは胸とスカートを腕で隠していた。
そういうポーズを取られるとむしろ逆効果なんだけどなあ。
せっかく意識しないよう頑張ってたっつーのに。
「オレから言わせりゃいきなり襲いかかってきたオマエさんのほうがよほど不審なんだがな」
連れて来てやった事に感謝して欲しいくらいだ。
「……」
ソイツは傍のクッションを掴んでオレに投げつけてきた。
「おっと」
いかんね、まるで信用されてない。
「はーあ。参ったねどうにも」
善意で助けてやったのに信用されない事ほど悲しい事はない。
「こうなったら持久戦だ」
とことんやってやろうじゃねえか。
オレはどっかりと腰を落ち着け、長い沈黙が始まったのであった。
続く