「はーあ。参ったねどうにも」

善意で助けてやったのに信用されない事ほど悲しい事はない。

「こうなったら持久戦だ」

とことんやってやろうじゃねえか。
 

オレはどっかりと腰を落ち着け、長い沈黙が始まったのであった。
 
 


『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その8




「……」
「……」

沈黙が続く。

「むう」

自分から挑んだ持久戦とは言え、少し辛い。

「ねえちゃんいい乳しとりますなぁ」

場を和ませるため取りあえず相手を褒めてみた。

「どこを見てやがるんですか貴方はっ!」
「……いや、冗談だって」

冷静かと思いきや意外と短気なのかもな、このねーちゃん。

「何故ですか?」

ねーちゃんは呼吸を整えてからそう尋ねてきた。

「何故って何がだよ」
「何故わたしをここまで連れてきたのです」
「だから言っただろ。最近は物騒なんだ。ねーちゃんみたいな美人が倒れてたら何されるかわかんねえっつーの」

倒れてた時は美人だとわからなかったわけだけど。

「いきなり貴方に襲いかかったわたしをですか? ゴミ箱を漁っていたわたしを?」
「オレはフェミニストなんだ」

というのは冗談だが。

気を失わせちまった負い目もあるしな。

「取りあえずどうしてオレを襲ってきたのか説明してくれねえか」

そう言うとねーちゃんは大きなため息をついた。

「演技はもういいでしょう。情けは無用です」
「は?」

何が演技だって?

「貴方は私を捕らえに来た教会の人間なのでしょう? そして隠れ家へ連れてきたと。そのほうがこの状況は説明が早いです」
「何の話だ?」
「とぼけないで下さいっ! さっき通り過ぎた時に感じた聖なる気配っ! あれは教会の人間が持つ道具からしか放たれないものですっ!」

きしゃーと叫ぶねーちゃん。

「聖なる気配ねえ……」
「だから貴方は教会の人間でわたしを捕らえに来た人間に間違いないんです! さあ、正体を現わしなさい!」
「もしかしてこれの事か?」

オレはポケットに入っていたななこの本体を取り出した。

「そ、それです! それは相当な力を持った道具のはず!」 
「一応そうらしいな。詳しい事は知らんが」
「そんな道具を持った人間が一般人であると言うんですかっ?」
「残念ながらごく普通の学生だ。素行は良くないけどな」

どうも会話の内容からしてこのねーちゃんはそっちの業界の人間らしい。

それならコスプレみたいなこの格好も納得できるし。

「……取りあえずラチあかないから詳しいやつを呼ぼう」

オレじゃこのねーちゃんを説得するのは無理そうである。

「おーい、ななこ。来ていいぞ」
「あ、はーい」
「げ」

するとこのバカ馬、あろうことか壁をすり抜けて入ってきやがった。

「な……な!」

ねーちゃんはななこを見て驚愕している。

そりゃそうだ、いきなり壁をすり抜けてこんなやつが出てきたら。

ってやっぱ普通にななこが見えてるんだな、このねーちゃん。

ただものではないわけか。

「……せ、せせせ……せいれい……精霊……ユニコーンの……」
「はい。どうもこんにちわ。第七聖典のななこです」

今更丁寧にお辞儀をするななこ。

「んな挨拶するくらいだったらちゃんと部屋に入ってこいっつーの」

頭をはたく。

「いったぁ……! 何するんですか有彦さんっ」
「うるせえバカ」
「な、なななな何故最高位の精霊がこんなところにいるんですかっ!」
「何故ったってなぁ」

好奇心ゆえの結果とでも言おうか。

「やっぱり貴方は教会の人間なんでしょう! そうでなければこんな精霊を所有しているはすがありません!」
「あーもう……」

ななこを呼んでしまったせいでさらに話がややこしくなってしまった。

「わかりました! その精霊にトドメを刺させるつもりなんですね! なんて残虐非道な……貴方たちは神の名を騙った外道です!」
「酷い言われようだなあ」
「そうですねえ」

このねーちゃんを説得するには一体どうすりゃいいんだか。

「頭の中を覗けりゃオレがただの一般人だってわかってくれるんだけどなあ。おまえそういうこと出来ねえか?」
「いや、まあ出来るかもしれませんが試した事ないんでどんな副作用があるか……」
「……世の中そう甘くねえか」

そう都合よく話が進むわけねえよな。

「頭の中を覗いても構わないのですか?」
「は?」

するとねーちゃんは真面目な顔でそんな事を言ってきた。

「私は貴方を教会の人間だと思っている。しかし貴方は違うと言う。これでは話は平行線です」
「そうだな」
「よってこの状況では貴方の脳内の情報を確認するのが最良の手段です」
「最良の手段ったって……あんた頭の中を見る事が出来るのか?」
「ええ。ですがそれを『攻撃した』と認識し、正当防衛と言い張って襲われては困ります」
「しねえってのそんなこと」

ホントに信用されてねえなぁオレ。

「有彦さんはいい人ですよー。性格悪いですけど」
「フォローになってないフォローをするんじゃない」

再び頭をはたく。

「……うー、有彦さんがいじめますー」
「日本名物メオトマンザイというやつですか? それは」
「激しく違う」
「えー、多分あってるような」

ぺちん。

「あーん有彦さんがー」
「……どうでもいいからその方法があるならさっさとやってくれ」

あんな奴は無視だ、無視。

「了解しました」

ねーちゃんはひゅんと軽く手を振った。

「ん」

一瞬頭がちくりとする。

「わ。有彦さんの頭に謎の糸が突き刺さってますよっ?」
「だあ、そういう事言うんじゃねえっ! 怖くなるだろうがっ!」

こっちは見えないから何されれるかわからねえってのに。

「きっとその糸で有彦さんの脳髄を……」
「やめろアホっ!」
「……了解しました。信用します」

と、数秒後にねーちゃんはそんな事を言ってくれた。

「ん? もういいのか?」
「ええ。貴方は志貴の知り合いだったのですね」
「うお、話してもないことを知ってやがるっ」

頭の中を見るというのは本当だったらしい。

半分デマカセだと思っていたんだが。

やっぱりこっちの業界の人間は一味違うな。

「事実は小説よりも奇なりという言葉がありますが……まさかこんな奇妙な状態になっているとは。驚きです。統計的に見て……」

よくわからないことを呟いているねーちゃん。

「信用してくれたんなら名前を教えて欲しいんだが。ねーちゃんと呼び続けるのもタルい」
「そうですね。私はシオン・エルトナム・アトラシアと言います」

シオンか。なかなかいい名前だ。

シオンさんとでも呼ぼう。

「シオンさんですかー。よろしくお願いしますー」

ななこが握れもしない手で握手を求めた。

「……貴方は近寄らないで下さい」

するとシオンさんはロコツに嫌な顔をした。

「わ、わたし何かしましたかっ?」
「いや。なんか知らんがこのシオンさんはおまえに触ると危ないみたいでな」

そう言えば未だにそれは謎のままである。

「その通りです。ちょっとした事情でわたしは貴方に触れられると危険なのです」
「あー。ってことはあなた吸血鬼ですね?」
「なっ……」
「吸血鬼だあ?」
「ええそうです。わたしの体に触ってダメージを受けるのはそっち系の方たちだけですから」
「……」

シオンさんは俯いてしまった。

どうやらななこの言う事は本当らしい。

「そうです。私は吸血鬼です。だから人前に出る事など出来ません」

自虐的に呟くシオンさん。

「それでゴミ箱なんか漁ってたのか」
「……吸血しなくても食料を取っていればある程度生活できますので」

そう言った後、俯いた顔がほんの少し赤らんでいた。

吸血鬼といえど、ゴミ箱を漁るというのはやはり恥ずかしい事らしい。

「そうか。ならちょっと待っててくれ。今飯を作ってやるから」
「は?」

オレの言葉に呆気に取られたような顔をするシオンさん。

「わたしは吸血鬼なんですよ?」
「ああ、だから何だ?」
「怖いとか……出て行け……とか、行け第七聖典、ヤツをぶっ殺せとかないんですか?」
「いや、別に」

そういう怪異な連中はななこで見飽きてるし。

「吸血しなくても食料を取っていればある程度生活出来るんだろ? なら血を吸われない為に飯を作るって理屈は間違ってないはずなんだが?」

さっきのシオンさんの言葉を引用して意見を求める。

「……貴方が志貴の親友である理由がなんとなくわかった気がします」
 

すると怒るとか睨むとかそんな顔ばっかりだったシオンさんがようやく笑ってくれたのであった。
 

続く



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