シオンさんは渋い顔をしていた。
「その表現は微妙な気がする」
それにしてもなんて変なところに来てしまったんだろう。
この先色々と、オレは不安でならなかった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その71
「ここがあたしらの仕事場だ」
「へぇ……」
案内された先には、昔ながらの日本旅館が建っていた。
「こんな建物が残ってるとはな」
「まだまだ現役だよ」
建物はいい意味で古臭く、威厳がある感じだ。
「ここでオレらは何するんだ? 接客ってわけにもいかんだろ?」
「ん? ああ。シオンちゃんは接客。さつきちゃんは食堂」
「わ、わたしが接客ですか?」
目を丸くしているシオンさん。
「不満かい?」
「不満というわけではありませんが。コンセプトに反するのでは?」
そう。ここのコンセプトは昔懐かしの田舎宿。
「それがイベントなんだ」
「……と、いいますと?」
「滅多に外国人の来ない宿に突如現れた謎の少女。初めて触れる日本の文化に驚く様を演じて欲しいんだ」
「接客というより、ゲイシャに近いですね」
「まあある意味では芸者だな。要するに普通に歩いてて、他の客に会ったらそれっぽい反応すればいい」
「簡単に言ってくれますね……」
案外それって難しい事なんじゃないだろうか。
「あの、わたしも懐石料理とかはさすがに作れないんですが……」
弓塚も困った顔をしていた。
「いや、そんな豪華なもん出さないって。作るのはホントの田舎料理だよ」
「あ、そうなんですか?」
「皮むきでもいいから手伝ってきな。見てるだけで勉強になるぞ」
「はいっ」
まあこっちは弓塚なら大丈夫そうだ。
「……あと、ななこちゃんなんだが……」
「まだ戻って来てねえな」
さっきいじけて飛んでいったままである。
「呼んでくれないか?」
「ん、ああ」
周囲に誰もいないのを確認して強く念じる。
バカ、何やってんだ早く戻ってきやがれ。
「……」
「うおっ」
すると見るからに不機嫌そうな顔のななこが現れた。
「何か用ですか」
「用ですかじゃない。これから仕事だろう」
「うー」
じーっとオレを睨みつけてくる。
「何をそんなに怒ってるんだよ。弓塚助けたのは当然だろ」
「……お姫様抱っこ」
「だからあれは……」
ぶんぶんと首を振るななこ。
「どうせえろえろな有彦さんの事ですから、太ももやーらかいなーウェッヘッヘとか思ってたに決まってます!」
「どこの変態だオレは!」
そりゃ確かに弓塚の太ももはむちっとして柔らかく……
「いや、あの時は必死だったから覚えてねえって」
今更になってその感触を思い出してしまった。
「有彦さんのばかー!」
「あ、こら!」
ななこはそう叫ぶと遥か彼方へ飛んでいった。
「……駄目だありゃ」
少し放置しないとラチが空きそうにない。
「ななこは無理。今回欠席」
姉貴の元に戻ってそう伝えるオレ。
「そうか。そりゃ参ったね」
「あいつになんか重要な事させるつもりだったのか?」
それはかなり命知らずな行動だと思うのだが。
「ああ、いや、おまえの負担が増えるってだけなんだがな」
「……死活問題じゃねえか」
よりによってなんてタイミングで拗ねやがるんだあいつ。
「つーかオレは何をやるんだ?」
どうせロクな事じゃないだろうけど尋ねてみた。
「そりゃもちろんこういう場所だから……」
かこーん。
「い……しょおっ!」
かこーん。
「……はぁっ」
何本目かの薪を割って息を吐くオレ。
「まさか薪割りやる羽目になるとはな……」
この仕事は恐ろしく筋肉を使う。
某マンガで背中の筋肉を鍛える手段として使われていたくらいだ。
「温泉は天然なのに薪を割る理不尽……」
と言っても割った薪は料理その他で使うのである。
まさか料理の水に温泉使うわけにもいかないからだ。
「ったくよ……」
かこーん。
「アイツだったら一瞬で真っ二つだろうな」
かこーん。
文字通り馬鹿力を披露してくれるに違いない。
かこーん。
「……死ねる」
昔の人はこんな重労働を毎日やっていたんだろうか。
「文明って素晴らしいんだなあ……」
かこーん。
っていうか今時ガスも使わない旅館ってどういう事だよ。
かこーん。
「……はぁ」
手を止めて吹き抜けになっている通路を眺める。
「ビューティホー! ジャパニーズ薪割りスバラシイ!」
シオンさんがオレの方を見てそんな事を言っていた。
オレの様子を見に来たら傍に宿泊客がいたんだろう。
「……大変そうだなぁ」
顔には出していないが多分死ぬほど恥ずかしいと思う。
「今時感心な子ねえ」
傍に居た従業員に説明され感心したような表情をしている宿泊客のマダム。
オレは都会に出て音楽をやっていたが、故郷の両親がピンチなので戻ってきた青年という設定にされていた。
ちなみに得意な曲はさだまさしらしい。
どんな若者なんだよ。
「……はぁ」
かこーん。
見られているのに休んでいるのも格好がつかないので再び薪割りを再開する。
「頑張ってねー」
「ありがとうございやーす」
笑顔で手を振り返す。
「……死ぬ」
マダムがいなくなったところでオレは力尽きた。
「大変そうですね、有彦」
シオンさんがぐったりとした表情で話しかけてくる。
衣装をこの旅館の浴衣に変えていたので、なかなかいつもと違った趣があった。
「そっちもな」
「ええ……案外に宿泊客が多いんですよ、ここ」
なんだかんだで部屋は満員で、予約が多くてやっと泊まれたのよーという話を何度もされたらしい。
「歴史のある旅館だそうで」
「そりゃ建物見ればわかる」
「ここの温泉には受験合格、安産、恋愛成就などの効能もあるらしいですよ」
「……どんな神様がいるんだ」
もはや温泉の域を超えている気がした。
「仕事は大変ですが、温泉は楽しみです」
少しシオンさんの表情に笑顔が戻る。
「だなあ」
それを楽しみにしなきゃとてもじゃないけどやってられない。
「乾くーん」
「ん」
割烹着に身を包んだ弓塚がこちらへ向かってきた。
「なかなか似合ってるじゃないか」
「あはは。はい。お裾分け」
ごま塩のついたおにぎりを手渡された。
「ここのお米すっごい美味しいの。びっくりしちゃった」
「水も綺麗ですしね。なんでも川の水がそのまま飲めるそうです」
「へー」
試しに一口。
「……ヤバイ、超美味え」
表現力が乏しいのでそんな言い方しか出来なかったが。
なんじゃこのおにぎりは? みたいなそんな衝撃があった。
「凄いでしょ」
「晩飯も楽しみになった」
田舎料理とは言っていたが、凄まじくレベルは高そうである。
「そうとわかったら仕事して腹減らさないとな」
再び斧を構えるオレ。
「オー。ワンダフルボーイ!」
シオンさんがまた演技を始めている。
どうやらまた客のようだ。
「あ、じゃあわたしはこれでっ」
それぞれが再び仕事場へ戻っていく。
「どっせーい!」
オレは気合を入れ、ひたすら薪を割るのであった。
続く