シオンさんがまた演技を始めている。
どうやらまた客のようだ。
「あ、じゃあわたしはこれでっ」
それぞれが再び仕事場へ戻っていく。
「どっせーい!」
オレは気合を入れ、ひたすら薪を割るのであった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その72
「……ふう」
予め用意してあった木が無くなったところで俺は息をついた。
「取りあえずはこれで終わりかな」
「おう。お疲れさん」
「ん」
顔を上げると着物を着た姉貴が立っていた。
「女将代理か?」
「そんなトコだね」
「しかも賭博宿のな」
丁か半か。さあ張った張ったと。
「否定はしない」
「……しないのかよ」
「無論冗談だが」
くっくっくと笑う姉貴。
「昼飯出来てるから食ってきな」
「おう」
斧を置いて立ち上がる。
「そういやななこちゃんはまだ戻ってきてないのかい?」
「ああ」
「……ま、戻ったら謝るこったね」
「へいへい」
オレは別に悪い事なんぞしてないんだがなぁ。
「おーい」
「あ、乾くん」
「お疲れさまです」
「そっちもな」
厨房の片隅で弓塚とシオンさんが食事を取っていた。
「ほう」
右から左まで山菜づくし。ヘルシーな食事である。
「裏山で取ってきたんだ」
「どんなものでも食べられるそうですよ」
「……大丈夫だろうな」
「多分」
「多分とか言わないでくれ」
不安を抱きつつ飯を口へ運ぶ。
「……美味い」
おかず抜きで何杯でもいけそうだった。
「水とお米の差でしょうね」
「しかも釜の大きさが全然違うんだよー。薪で火を調節して作ってたんだけど」
「ほうほう」
「ほんと、職人芸って感じだった」
「オレらじゃ真似出来ないだろうなあ」
「だねー」
などと雑談を交わしつつ箸を進めていると。
「……あれ」
ご飯も山菜も全て無くなってしまっていた。
「おかしい、まだそんな食ったつもりはないんだが……」
「あ、ご、ごめん、つい……」
「オマエかい」
目の前には山盛りのご飯を持った弓塚がいた。
「これ食べる?」
「いいよ。向こうで貰ってくる」
「さつきは食い意地が張りすぎです」
「重労働で疲れてたんだよー」
「それはこっちも同じだっつーに」
苦笑しつつその釜のほうへ歩いていく。
釜の傍にはいかにもガンコオヤジって感じの人が座っていた。
「スイマセン、ちょっと貰ってもいいスか?」
「……フン」
オヤジさんはオレの手から茶碗を取ると、山盛りにして返してくれた。
「ありがとうございまーす」
礼を言ってその場から立ち去るオレ。
「……あ」
思い出してその場にとどまった。
「ついでにもうひとつ、いいスか?」
「さーて午後の仕事はだね」
一度全員で姉貴の元に集合して仕事の担当を再び決める事になった。
「わたしは同じ仕事でしょう?」
「そりゃまあね。午前と午後でキャラ違ってたらダメだろ」
「……はぁ」
渋い顔をしているシオンさん。
「む」
その表情を見て姉貴も何か感づいたらしい。
「なあ姉貴」
「なんだい?」
「シオンさんは他の仕事でも顔見られなきゃいいんだろ? 裏方でいいんじゃないか?」
「……裏方ねえ」
少し考える仕草をする姉貴。
「タオル畳むとか、そういう単純作業でいいならあるけど。いいかい?」
「いいんですか?」
「ああ」
「……すいません」
「いいって事よ」
本職じゃないんだから、嫌な仕事を無理にやる必要ない。
「ただ、そうするとイベントが無くなっちまうんだよな」
「代わりに弓塚のツインテール劇場とかどうだ?」
「意味わからない事言わないでよぅ」
弓塚は苦笑いしていた。
「まあ、そのへんはオレがなんとかするからさ」
「おまえが?」
「正確にはあいつが」
そのためにはまず呼び出して機嫌を戻さなきゃいけないんだけどな。
「おーい」
誰もいない森の奥で隠れてななこを呼ぶ。
「……なんですか」
相変わらずななこは不機嫌そうな顔のままだった。
「いい加減戻ってこいっつーに」
「わたしなんかいなくたって仕事出来てるじゃないですか」
そう言ってそっぽを向くななこ。
「なんだよ見てたのか?」
「そ、それはその」
「見てたなら手伝ってくれよ。大変だったんだぞ」
腕をぶらぶらと振ってみせる。
「明日は絶対筋肉痛だぜ」
「……す、すいません……じゃなくて」
一瞬申し訳なさそうな顔をしたものの、すぐにまた慌ててそっぽを向いてみせるななこ。
「知りませんそんな事。有彦さんが悪いですから」
「……」
さすがに時間が経っているだけあって怒りは収まっているようだ。
単に意地を張っているだけなんだろう。
「ああ、オレが悪かったって」
「え?」
オレが謝ってみせると意外そうな顔をするななこ。
「オマエの気持ちを考えもせずにあんな事を……」
「……っ」
「なんて言うと思ったかアホ」
「え」
油断していたところを思いっきり羽交い絞めにしてやる。
「ちょ、有彦さん?」
「ったく。変なところで嫉妬なんかしてるんじゃねえ。あの時助けなかったらヤバかっただろ」
「し、嫉妬なんかしてませんっ」
そう言ってじたばた暴れるななこ。
「してないって言うならなんで飛んでったんだ?」
「そ、それは……有彦さんが」
「オレがなんだ?」
「有彦さんがその……だから……」
「……ああもう」
口を開けば言い訳ばかり。
面倒なのでオレは。
「……ん」
「……!」
口を塞いで黙らせてしまう事にした。
「……有彦さんの……バカ」
体を離してやって最初に出た言葉がそれだった。
「ああ。オマエもオレもバカだな」
昼間にオヤジさんから貰ったそれを渡してやる。
「人参……」
「腹減ってるんだろ。食えよ」
「あ、有彦さん……」
ななこは人参とオレの顔を交互に見つめていた。
「食い終わったら仕事な」
「……はいっ」
ようやっとななこの顔に笑顔が戻った。
全く手間かけさせやがって。
「いや……青春だねえ」
「な、何がだよ」
宿に戻ったら姉貴がにやにや顔をしていた。
「いや、色々と」
「見たのか?」
「何を?」
「……」
宿の構造を眺めてみると、どうやら最上階の隅あたりからオレたちのいた森が丸見えのようだった。
「……なんでもございません」
見られたのが姉貴だったのはまだ幸いだといえるだろう。
これが弓塚やらシオンさんだった日にはもう。
「うふふふふふふ」
「ふふふふふ」
「て、てめえら!」
二人は揃って姉貴みたいな笑いをしていた。
「……何も見てませんよ? ねえ、さつき」
「うん。なーんにも知らないよ?」
「あーもう……!」
この反応はもう間違いない。
セリフは聞かれていないだろうが、あんなシーンを見られてしまうとは。
この乾有彦一生の不覚。
「あ、あはは、困っちゃいましたねー」
ただひとり、ななこは幸せそうであった。
続く