姉貴がオレにそれを語るメリットはない。
まさか覗いて来いというわけでもあるまいし。
「ふふふふふふふ」
ところが姉貴は怪しげに笑うと、こんな事を言いやがるのであった。
「いい覗きのスポットがあるんだが……知りたくないかい?」
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その74
「はっ」
オレは姉貴の言葉を鼻で笑ってやった。
「馬鹿馬鹿しい。そんなの信じるわけねえだろ」
「いいのかい?」
「……騙されねえぞ」
そのスポットが本当だとしても、覗き撃退用の最新設備の実験台とかに使われるに決まってる。
「なるほど。警戒するのはよくわかる。……だがな有彦。こういうことわざがあるのを知っているか?」
「なんだよ」
「騙されたと思って食ってみろ!」
「そ、それはどこぞの熱血マンガ家も使っていた!」
なんせ姉と弟なのでマンガの趣味はだいたい似通っている。
姉貴も俺も熱血青春バカマンガが大好きだった。
「そうだったな……危うく忘れるところだったぜ……」
この乾有彦、ネタに生きてネタに死ぬ男。
オレからネタを取ったら何が残るというのだろう?
「思い出したのかい?」
「ああ。もう迷わない!」
そこまで言うならやってやろうじゃないか。
「……そう清清しく答えられてもアレなんだがな」
苦笑いをしている姉貴。
「おまえは覗いて欲しいのか欲しくないのかどっちなんだ?」
「強いて言うなら中立」
「は?」
「あー、なんでもない。とりあえず教えるから耳貸せ」
ごにょごにょごにょごにょ。
「……ふーん」
そんなところがあるとはねえ。
「早速行ってみるといい。それから」
「それから?」
「興奮しすぎて破壊するんじゃないぞ?」
「しねえっての」
しかし姉に覗き場所を教わる弟ってのも変な図である。
「まったくどうかしてる……ってか」
遠野みたいなセリフを呟きながらオレはその場所へと向かうのであった。
「ふむ」
場所は丁度女湯露天風呂の裏。
塀が高くてとても中の様子なんて見れそうになかった。
「……ところがどっこい……と」
この場所は粗大ゴミ置き場になっているのだ。
山のように積まれた粗大ゴミ。
すなわち。
「この上に登れば……」
そこにあるのは桃源郷と。
「……ホントかよ」
疑いつつも傍の机に手をかける。
「よっと」
乱雑に積まれているようで、案外登りやすかった。
「バランスも妙に安定してるし……」
本当に覗くためだけに作られたんじゃないか? ここ。
「わー! 広いですよー」
「……っとぉっ!」
慌てて身を屈ませるオレ。
「今の声は……」
間違いない。ななこの声だ。
「そりゃ温泉だからねー」
それから弓塚の声。
「なるほど、これが……」
さらにシオンさんの声までもが。
「三人……揃ってるのか」
思わず三人の姿を想像してしまう。
「いや、想像してる場合じゃない」
こんなに声が近いのだ。
一番高いところにいけば姿が見えるんじゃないか?
「……よし」
ばれないように慎重にゆっくりと登っていく。
「背中の流しっことかしませんかー?」
「あ、いいねそれっ。やろやろ?」
「……そんな子供じゃないんですから」
「そんな事言わないでシオンもー」
「ちょ、どこを触ってるんですかさつきっ!」
「えへへへへ」
声だけが聞こえてくるのはむしろ生殺しに近い。
あと少し、あと少しなのにっ。
「惜しいっ……あともうちょっと……!」
「あん?」
上の方から誰かの声が聞こえた。
「ああもう! ババア邪魔じゃ! あっちへ行けいっ!」
「……何やってんスか?」
「うおおおおっ?」
てっぺんで慌てふためき落ちそうになり、慌てて屈みこむ爺さん。
「な、なんじゃ、日雇いの小僧か……」
「……あんたは」
そこにいたのはこの宿の主人、五十嵐門左衛門さんであった。
「お前も男ならわかるぢゃろう。ワシはこれだけが生きがいでな……」
「若いもんが来るとこうやって覗いていると?」
「温泉効能、目の保養とあったじゃろう?」
わっはっはと笑う爺さん。
「……なるほど、そういうことか」
「面白い洒落じゃろう」
「ああいや、そういう意味じゃなくてさ」
姉貴がここにオレを誘導したわけがわかったのだ。
興奮しすぎて破壊……か。なるほど。
「ちょいとここの粗大ゴミ、片付けますよ」
「なんじゃと?」
爺さんの乗っていた机ごと抱え上げるオレ。
「お、お主、何をする!」
「いや、ちょっと上司の命令でして」
「オーナーはワシじゃぞ!」
「それはわかってるんですけどねえ」
だから多分、この事を知っていながら誰も注意出来なかったんだろう。
オーナーの機嫌を損ねる=クビだからな。
日雇いのオレならそんな事を心配する必要はないわけだ。
「すいません、仕事なもんで」
温泉からはななこたちの楽しそうな声が聞こえた。
「小僧、ワシを誰だと……」
「オンナノコの楽しみを外から邪魔するのは野暮ってもんですよ」
粗大ゴミを抱えて投げ捨てる。
どしゃっ!
「……おっとすいません」
ついうっかり爺さんの傍に落としてしまった。
「お、おのれ、ただで済むと思うなよ!」
爺さんはそう叫んですたすた走って行った。
「へんだ。憎まれ役は慣れてるっての」
それも昔からのオレの役目だからな。
背中に向かってアカンベーと舌を出してやった。
「……さて」
二度と覗きが出来ないように、ここを更地にしとくとするか。
「ご苦労さん……と」
戻ると姉貴がジュースを出してくれた。
「つーかテメエ、今回の真の目的これだったろ」
受け取ってそれを一気に飲み干すオレ。
「さあねぇ」
「真の依頼主は常連の婆さんのほうだと見た」
宿の温泉自体は気に入っているものの、オーナーの覗き行為に不快感を感じていた婆さんが姉貴に駆除を頼んだと。
「なかなか鋭いじゃないか」
「さらに予想するなら常連の婆さんは実は……」
「……オーナーの奥さんだったみたいですね」
「ん」
気付くとシオンさんが傍に立っていた。
「ななことさつきはまだ温泉です。あのお婆さんが、ある箇所には祟りがあるから近寄らないほうがいいと話してくれたのですが、何かあるなと思いまして」
「ま、ちょっと調べればわかる事だからね」
シオンさん曰く、オーナーの覗きは従業員の間でもひそひそと騙られていたらしい。
そんな嫌な噂を誤魔化す意味でもイベントを毎度行っていたとかいないとか。
「お婆さんはわたしたちに説明をしてくれた後、すぐにあがっていきました。今頃はきっと……」
〜〜〜! 〜〜〜〜〜!
「……うぉう」
婆さんの金切り声が聞こえてきた。
「説教モード発動か……」
今まで我慢して来た鬱憤が一気に爆発したんだろう。
「ま、これであのジイサンもちったあ懲りるだろうよ」
「ったく嫌な役押し付けてくれやがって。自分でやりゃいいのに」
「あたしゃ手加減が苦手なんでね」
「……それもそうか」
オレは最初に爺さんを降ろしてやったけど、姉貴だったら有無を言わさず下から落としていったかもしれない。
「で、どうだったんだい? 温泉の様子は」
「いや、粗大ゴミの解体に夢中で全然見るの忘れた」
先にあの爺さんがいたことでよくわかったのだ。
覗きってのはまあ、実に見苦しい行為だってのが。
「それでこそあたしの弟だよ」
姉貴は妙に嬉しそうだった。
「うるせえなあ」
「よいことをしましたね」
シオンさんまでそんな事を言ってくる。
「よしてくれってば」
なんだか妙に照れくさいが、悪い気はしないのであった。
続く