姉貴は妙に嬉しそうだった。
「うるせえなあ」
「よいことをしましたね」
シオンさんまでそんな事を言ってくる。
「よしてくれってば」
なんだか妙に照れくさいが、悪い気はしないのであった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その75
「でもあたしからの誘惑に耐えられなかったのは減点かな」
「やかましい、姉貴がけしかけたんじゃないか」
まったくどの面下げてそんな事をほざきやがるんだか。
「その辺りはしょせん有彦ですから」
「……おいおい」
まあ途中まで覗こうと思ってたのは事実だけど。
「それよりも、これからどうしますか? そちらが本来の仕事だったらば終了してしまったわけですが」
「そういやそうだな」
「従業員の仕事も引き受けたからにはちゃんとやるさ。明日まで残って仕事だよ」
「了解しました」
「へーい」
それから先は荷物運びだの掃除だの、ごく地味かつ基本の仕事ばかりであった。
「……ふう」
気がつけばあっという間に日が暮れて夜に。
忙しいと時間が経つのは早いものだ。
「有彦さーん」
「おう、ななこ」
休んでいるところにななこがふよふよ浮かんでオレの傍にやってきた。
「……ってアホか!」
頭を叩く。
「いったぁ! 何するんですかっ」
「こんなところで飛ぶな! 見られたらどうすんだっ?」
「……ああ」
「ああ、じゃねえ」
もう一度叩く。
「だから叩かないで下さいってばー」
「お前は何もしなくても目立つんだからそういう事をするんじゃない」
「……別に目立ってはいませんが?」
「嘘をつくな。その格好で目立たないわけがないだろ?」
「へ?」
首を傾げるななこ。
「お前、自分の格好がどんなだかわかってんのか?」
「……ああ」
「ああ、じゃねえ」
すかっ。
今度のパンチは避けられてしまった。
「ふ、甘いです。そんな同じ攻撃を何度も食らうわけがありません」
「てい」
べちん。
「……あうう」
油断していたところに反対側のパンチが直撃。
「有彦さんがいじめますー」
ななこはべそをかいていた。
「いじめますじゃねえ。ボケてんのか?」
「ボケてませんよ。ちゃんと話しますから」
「話す?」
「はい。わたしの本体は第七聖典だって話しましたよね?」
「おう」
今は家に置いてあるけどやたらと物騒な鈍器がこいつの本体なのだ。
今回の旅行では一部分しか持ってきてないが。
「その精霊であるわたしは普通の人に姿を見られる事はありません」
「……そーいやそうだな」
身内連中が普通にこいつを見えるやつばっかりだから忘れてたけど。
「わたしが人に見えるようにするには特殊な方法を使わなきゃいけないわけです」
「ああ」
そういえばそんな事もやっていたのだ。
「何もこのまんまの姿を見えるようにする必要はないわけでして。手足もなんとかしなきゃですから」
「そっか……ってことはもしかして?」
「普通の人には全然違う姿に見えてるんですよ」
「ほー」
とすると一体どんな姿で見られていたんだろうか。
「普通の人には浴衣を着た金髪巨乳美人に見えているはずです」
「いくらなんでも嘘つきすぎだろうそれは」
金髪はともかくとしても、他は全部インチキじゃないか。
「そのへんはちょっとしたサービスですよー」
にへらと笑うななこ。
「それじゃ結局目立ってんじゃねえかアホ」
「……あ」
所詮そのへんは駄馬であった。
「で、でもあれですよ? ほら、飛んでても飛んでるように見えないようにしてるんです」
「そういう無駄な努力をせんでも飛ばなきゃいいだけだろう?」
「……まあそれはそうなんですが」
どうもこいつは頑張る方向のベクトルを間違ってる気がする。
「ってことはあれか? 素っ裸で飛んでても一般人には服を着て見えるとかそういう事が出来ると?」
「うわ、そんな羞恥プレイやらせるつもりですかっ?」
ななこは顔を真っ赤にしていた。
「ふっふっふっふ」
じりじりとななこに近づいていくオレ。
「や、やめてくださいー」
止めてと言いながらもさほど遠くに逃げていかないななこ。
「……何を下らない事をやっているんですか」
「ぬ」
声がしたほうを見ると、そこにはシオンさんが立っていた。
「わー、シオンさん助けてくださいー。有彦さんがー」
途端に素早い動きでシオンさんの後ろに隠れるななこ。
「ふっ」
そしてニヤリと笑う。
こいつ、シオンさんが近づいて来てた事に気付いてやがったな。
「仕事中にいちゃつくのは感心しませんね」
シオンさんは呆れた顔をしていた。
「別にそういうわけじゃないけどな」
「そうなのですか?」
ななこに尋ねるシオンさん。
「有彦さんがわたしをいぢめてたんです」
「つまらん話をしてただけだよ。ななこがどう見えるかって話」
「見た目がですか?」
「裸でも服着てるように見えるんじゃってな」
「ああ……先ほどの温泉での話ですか?」
「シ、シオンさんっ」
慌ててシオンさんの口を塞ごうとするななこ。
「甘い」
シオンさんはあっさり避けていた。
「なるほど」
見た目を浴衣の金髪巨乳に捏造していたこいつは、温泉に入る時に「脱いだバージョン」に姿を変える事を忘れたんだろう。
「服を着て入るのかいとか言われたってか」
「ええ。それで慌てたななこは見た目を変えたのはいいのですが、胸が元の大きさになってしまい……」
「あの大きさはパットだったのかーと大笑い?」
「ええ」
「……あう」
ななこは顔を真っ赤にしていた。
「変な見得張ったせいだな」
「有彦さんにはわからないですよぅ。周りのみんなはずっと大きくて……」
「ぬ」
想像してみる。
平坦なななこと、程好いボリュームの弓塚、それから大きめなシオンさん……
「何を想像してやがりますか」
「わーったよ。訂正しよう」
立場を変えてみる。
オレは小さいのに、他の野郎供はみんな大きく……
「気持ち悪くなってきた……」
「……下劣です」
シオンさんは顔を赤くしていた。
シオンさんこそ何を想像していたんだと聞いたら多分セクハラの成立である。
「まあ、そのなんだ」
とにかく、身体に関しては劣等感を抱きやすいもんだからな。
「それは個性なんですから、気にしなくてもいいんでしょう」
勝ち組のシオンさんからそんな事を言ったってフォローにはならない。
言うなればアルクェイドさんが秋葉ちゃんに胸の話題をするようなもんだからな。
「うー」
案の定不満げな顔をしているななこ。
「オレは今のななこに不満はないぞ?」
しょうがないのでそう言ってやる。
「え?」
「……だからそういうインチキな外見を見せるのは止めておけ」
「有彦さん……」
だいたい悔しいじゃないか。
オレはこのななこしか見れないのに、他の連中は金髪巨乳美女を見ていただなんて。
「……なんとなく有彦が不埒な事を考えて入る気がします」
「いやいやそんな事はないぞ」
さすがはシオンさん、鋭かった。
「と、ところでシオンさん何の用?」
この話を続けるとボロが出そうなので話を逸らす。
「ああ、はい」
顔をぱっと元に戻し、体勢を整えるシオンさん。
「食事の用意が出来ました。みんなで食べましょう」
「お? そうか?」
こういう温泉の楽しみのひとつが晩飯である。
一体どんなものが出来ているんだろう。
「きっと驚くと思いますよ」
「楽しみですねー」
などと期待に胸を膨らませて部屋へと向かう。
「……おい」
確かにそこにはものすごい豪華な料理があった。
「なんだい?」
「イジメか? イジメかこら?」
「そんな事はないさ」
だが、乾有彦用と書かれていたそこには。
「なんでオレだけ茶漬け一杯なんだよ!」
いかにも手抜きで作りましたという感じの茶漬けが置かれていたのであった。
続く