確かにそこにはものすごい豪華な料理があった。
「なんだい?」
「イジメか? イジメかこら?」
「そんな事はないさ」
だが、乾有彦用と書かれていたそこには。
「なんでオレだけ茶漬け一杯なんだよ!」
いかにも手抜きで作りましたという感じの茶漬けが置かれていたのであった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その76
「……まあ取り合えず文句を言わんでそれを食ってくれ」
苦笑いをしている姉貴。
「オーナーの差し金か?」
「ああ」
またずいぶんと下らない仕返しである。
「……そういうことならしょうがないな」
諦めてその前に座る。
「い、いいんですか有彦さん?」
「一応雇い主の顔を立てなにゃあ」
あの爺さんをオレが脅かしたのは事実なわけだし。
「そういうとこ真面目だよね、乾くん」
「意外と俺は社会派なんだ」
といってもあまりに理不尽な命令に付き合う気はないが。
「飯があるだけマシと……」
自分に言い聞かせるように呟いて茶漬けをかっ食らう。
「お。意外と美味い」
手抜きっぽい見た目の割りにそれなりの味だった。
これが料理人の腕の差というやつだろうか。
「……うむ」
完食。
しかしこうなると、目の前の豪華な料理が食べられないのがいよいよ残念である。
「よし」
この場にいたって目の毒だし、みんな食い辛いだろう。
「風呂に入ってくるか」
そう言って立ち上がる。
「おいおいどこに行くんだ有彦?」
すると姉貴がオレを呼び止めた。
「だから風呂にだよ」
「そりゃ困るな。まだこんなに食べ物があるのに」
「けどオレは食えないだろ?」
「……あたしそんな事言ったかい?」
「言っちゃいないが……」
オレの名前が書かれていて、そこに茶漬けだけが置かれているってのはそういう意味じゃないんだろうか。
「確かにおまえには茶漬けしか用意されてないけどさ」
「わたしたちが何もあげてはいけなとは言われてませんからね」
シオンさんが刺身をオレに差し出してきた。
「い、いいのか?」
「どうもこの刺身というものはわたしの口に合いませんので。食べて頂けるとありがたいのですが」
「……よく言うよ」
いわゆる上の部分はしっかり食べられていて、残っていたのは赤身のほうだけだった。
「どうやら有彦には必要ないようですね」
シオンさんは皿を下げてしまった。
「ああ、冗談冗談。食べます、食べさせて頂きます、はい」
途端にヒクツになるオレ。
「……まったく」
再び皿が差し出された。
「じゃあわたしは茶碗蒸しをあげるよ」
「あたしゃカニだ」
などとみんなが色々と食べ物を分けてくれる。
「おいおい。ほんとにいいのか?」
「全然構わないよ」
「ええ、好きなだけ食べてください」
にこりと笑う弓塚とシオンさん。
「すまねえみんな……」
こんないいヤツらの事を覗こうとしていたのかオレは。
くそう、なんて事を考えていたんだ。
オレは心の中で自分を深く恥じた。
もう二度と覗きはやらんぞ……というのは保障できないから、今日だけは止めよう。
「あー、このエビ美味しいですー」
こいつは後で殴る。
「あ。わたしこれで十分ですので。あと全部有彦さんにあげます」
「……は?」
オレが睨みつけていると、ななこがそんな事を言ってきた。
「おまえ、熱でもあるのか?」
「失礼な。わたしは精霊なんですよ?」
抱いた時に暖かいから熱自体はあると思うんだが……って今は関係ない話だ。
「必要最低限の力が確保出来ていれば食べ物はそんなにいらないんです」
えへんと無い胸を張るななこ。
「じゃあ家でニンジン食いまくってたのはどういう了見なんだ?」
「あう」
ったくこの馬鹿。
自分の首を絞めるような事を言いやがって。
「あ、あれは魔力供給に必要な特殊アイテムでしてー」
わたわたと言い訳を始めるななこ。
「まあ好物ってのは食いたくなるもんだからな」
みんなに貰った物を盆に乗せてななこの隣に座る。
「……怒らないんですか?」
「怒れるわけねえだろ」
その食べ物のほとんどを譲って貰っているというのに。
「な、ならついでに。この間有彦さんが完成したフィギュアの角を折ってしまってー」
べちん。
「うわーん、有彦さんがいじめるー!」
「それとこれとは話が別だっての」
「喧嘩は他所でやってくださいませんか」
シオンさんがツッコミを入れてきた。
「……まあ、取り合えず飯を譲ってくれた事は感謝する」
ここで事を荒立てるほどオレはアホではない。
「日頃お世話になってますからー」
「ぬう」
まさかこいつに気を遣われる事になろうとは。
嬉しいようなそうでないような。
複雑な気分である。
「どれ……」
とにかく貰ったからには食を満喫するとしよう。
さっそく一口。
「こ、これは! 口に入れた瞬間流れるようなハーモニーが、しかもしつこくなく舌にとろけるようにー!」
「有彦、うるさい」
「……あい、すいません」
しかし冗談抜きでこれは美味い。
「これも……これも……」
まさに食は人生のロマン。
「うーまーいーぞー!」
「……没収するぞ?」
「いや冗談だって」
「あはは、乾くんはしゃぎすぎだよ」
「全く、食事くらい静かにして欲しいものですね」
オレのリアクションで皆を笑わせつつ、食事を満喫するのであった。
「あー食った食った……」
結局三人分くらいを食べたんじゃないだろうか。
「食器は各自で運ぶんだよ」
「へいへい」
そのせいで食器もたくさん運ぶ事になりそうである。
「あ、手伝おっか」
「そうか? 悪いな」
「気にしないでよ」
弓塚と二人で食器を運んでいく。
「すいません、手伝いたいのですが温泉のほうに呼ばれてしまったので」
「あー、うん、大丈夫大丈夫」
「シオンさーん。一子さんが呼んでますよー」
「わかりました。では」
姉貴たちは温泉のほうへ向かっていった。
「つーか洗い場が凄い事になってるんだが」
運んでいく先の洗い場にはまだ手付かずの洗い物が盛りだくさんだった。
「わたしが休憩入っちゃったからだね」
「おまえが皿洗いやってたのか?」
厨房の仕事っていうからてっきり料理を手伝ってると思ったのに。
「一日しかいない人間に料理任せるわけにいかないでしょ」
「……それもそうか」
しかしこの量はとんでもないな。
「これでも結構減ったんだよ?」
「マジで?」
「団体さんが来るとどうしてもねー」
「ファミレスなんぞの比じゃなくなるからな……」
かちゃり。
全ての皿を運び終わった。
「さてと」
腕をまくる。
「乾くん?」
「皿洗いだろ? 手伝う」
「い、いいよ。乾くんは他の仕事があるでしょ?」
「ところがどっこい。オレは姉貴に何も言われてないんだよ」
多分これもわざとなんだろうが。
「でも……」
「他にやる事あったら呼びに来るだろ? ほら、時間がもったいない」
さっそく傍の皿から手を出し始める。
「……ありがと」
「仕事終わったらハンドクリーム借りないとな」
「そうだね」
かちゃかちゃかちゃ。
「違うよ乾くん。そういう汚れの酷いのは一度こっちにー」
「そ、そうか」
「油のたくさんついてるのはここにー」
「……おう」
手伝うとはいったものの、普段真面目に皿洗いなんぞしたことのないオレは弓塚に注意されっぱなしだった。
そしてそんな光景を見た厨房のおっさんが一言。
「仲がいいねえあんたら。付き合ってんのかい?」
「え、ええええっ!」
「……っとおっ!」
危うく皿が割れるところであった。
続く