そしてそんな光景を見た厨房のおっさんが一言。
「仲がいいねえあんたら。付き合ってんのかい?」
「え、ええええっ!」
「……っとおっ!」
危うく皿が割れるところであった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その77
「そんな事ありません! ええ、まったく全然これっぽっちも!」
おっさんに向かって手の平を突き出し大きく振っている弓塚。
「……そんな全力で否定しなくてもいいだろ」
「あ、ご、ごめん」
「余計な事言っちまったかな。じゃあ頑張ってくれよ?」
おっさんは言いたい事だけ言って去っていってしまった。
「……ぬう」
「……」
残ったのは気まずい雰囲気だけである。
かちゃかちゃ、かちゃ。
皿を洗う音だけが響く。
「そうかー。オレはダメかー」
冗談のつもりでそんな事を言ってみる。
「そそそそ、そんな事ないよっ? 乾くんは、かっこいいと思う」
やたらと慌てた様子の弓塚。
「性格が問題だってか?」
「そ、そんな事もないって。口は悪いけど、優しいし」
「……そうか」
弓塚の事だから、それは嘘じゃなくて本気で言ってるんだろう。
「いや、冗談だから気にしないでくれ」
そもそも弓塚は遠野一筋なんだから、オレに対してどうこう考える訳がないのである。
「問題なのはむしろわたしのほうだもん」
「ん」
オレはここで話を終わらせるつもりだったのだが、弓塚の方が言葉を続けてしまっていた。
「おまえが?」
しかも気になる言葉である。
「うん。わたしってドジだし」
「そうだな」
「……あっさり肯定しないでよー」
「言い出したのはそっちだろう」
「それはそうなんだけど」
苦笑いする弓塚。
「わたしっていつも貧乏クジ引いちゃってるから、一緒にいて迷惑なんじゃないかなって」
「そう思ってるなら家に居候させたりなんかしないだろ」
「あはは……ありがと」
大きく息を吐く。
「確かにそのネガティブ思考は問題だな」
弓塚は自分の事を低く評価しすぎだと思う。
「直そうとは思ってるんだけどねー」
「ぬう」
毎度毎度不幸や失敗の連続じゃ臆病にもなるか。
自信がないから余計に失敗しやすくなるという悪循環なのだ。
「おまえはもっとアホになるべきだ。ななこを見習って何も考えずに生きろ」
「な、何も考えずってそんな……」
「案外楽しいもんだぞ?」
人間ってのは一人で悩むとドツボにはまってしまうもんだからな。
「そ、そうかな……」
弓塚の表情に明るさが戻ってきた。
あと一押しだ。
「そうだ。だからまずは温泉で二人裸の付き合いをだな」
「もう、乾くんってば……」
声を出して笑う弓塚。
「これは温泉である以上外しちゃいかんイベントだろう」
「残念だけどここは混浴じゃないよー」
「なんだと! じゃあオレは何のためにここに来たんだ?」
「支配人に怒られるために?」
「最悪じゃないか」
「あはは、そうだね」
ようやく弓塚の表情から陰りが消えた。
こうやってにこにこしてれば不幸のほうから逃げていくだろう。
「……ハードルが高すぎるのが問題なんだよなあ」
そこいらのザコだったらこの笑顔だけでも陥落出来そうなのに。
「え? なぁに?」
遠野に惚れちまったというのは確かに弓塚の不幸っぷりを……いやいや。
「向上心があるんだよな、弓塚は」
「え、きゅ、急になに?」
「まあ頑張れ!」
肩を叩いてやる。
「い、意味がわからないよ?」
弓塚はおろおろしていた。
「皿洗いをだよ。さあほらっ」
「え、あ、うん」
その後まったりと雑談しつつ皿を消化していった。
「お、相変わらず妬けるねえ」
おっさんが再びそんな事を言ってきても。
「やだなぁ。恥ずかしいですよー」
とか余裕で答える弓塚。
「……うーむ」
これでいいはずなのだが、どこか物足りなさを感じてしまうのであった。
「これでおしまいっ」
「おう、おつかれー」
結局全ての皿が洗い終わるまで手伝ってしまった。
「長かったなあ」
これで終わりか?という時に限って新しい洗い物が現れたりで。
「繁盛してる証拠だよ」
「こういう裏方の苦労があって店ってのは成り立ってんだよなあ」
普通に利用しているだけじゃ絶対にわからない側面である。
「一度お皿洗いの仕事をやっちゃうと食べ物を残せなくなるんだよね」
「洗うのが大変だからな」
特に油モノが残っていた時は悲鳴をあげたくなってしまうくらいだ。
「でもそれも終わりー!」
弓塚は本当に嬉しそうだ。
「ああ、終わったんだな」
この達成感はなかなかのものである。
「ほら、指がしわくちゃだよ」
弓塚の指先は水をたっぷり吸いこんでしわしわになっていた。
「オレもだ」
弓塚ほどじゃないけど凄い事になっている。
「これならお風呂入ってからハンドクリーム塗ったほうがいいかなあ」
「かもな」
乾くのを待つのも面倒だし。
「じゃあわたしは料理長に挨拶してくるから」
「おう」
そういえばオレはまだ温泉を堪能していなかった。
たっぷり労働した後の風呂だ。
さぞかし爽快だろう。
『ただ今清掃中』
「……サギだ」
温泉宿で温泉に入れないっていうのはカレーのないカレーライスみたいなもんじゃないだろうか。
シエル先輩相手だったら大変な事になってるぞ。
「すいませんもう少しで……なんだ。有彦ですか」
暖簾の前で立ち尽くしていると中からシオンさんが出てきた。
「こんな時間に掃除ってなんかあったのか?」
「いえ、覗き対策を少し強化していたんですよ」
「ああ」
なるほどそういう事か。
この時間が一番人が入るであろうぶん、覗かれる確立も高いからな。
覗きポイントがあそこ一箇所だとは限らないわけだし。
「わたしの計算では外部からまず覗くことが不可能になったはずです」
「そりゃ頼もしい」
あの爺さんは悲鳴をあげてそうだけど。
「そういうわけで協力をして欲しいのですが」
「協力ってなんだ? まさか覗きに挑戦しろって?」
ちょっと前に覗きはやらんぞと心に決めたばかりなのに。
「まあでも、シオンさんがどうしてもって言うなら……」
「いえ、その逆です」
「……」
華麗にスルーされてしまった。
「って逆だあ?」
「ええ」
その言葉の意味するもの。
それは。
かぽーん。
「どうですか? ななこ」
「はいー。上空からは湯気で何も見えませーん」
「なるほど。横はどうです?」
「え、えと、な、何にも見えないよ? ほ、ほんとに!」
「見えて欲しくもないけどねえ」
「……」
湯煙漂う温泉。
湯に浸かるオレ。
それを覗けるかどうかに挑戦しているななこ、姉貴、そして弓塚。
「一体どんな羞恥プレイなんだこら!」
思わず立ち上がって叫んでしまった。
「どうです? わたしの覗き対策はかんぺ……」
そこへ自慢げな顔のシオンさんが。
「キ、キャアアアアアアッ!」
「うわああああああ!」
見られてしまったのはこっちだというのにも関わらず、何故かオレのほうがボコボコにされてしまった。
「……サギだ……」
ひとつ言える確かな事は、この温泉宿に限ってならば、最も貧乏クジを引いてるのはオレだろうということである。
続く