そこへ自慢げな顔のシオンさんが。
「キ、キャアアアアアアッ!」
「うわああああああ!」
見られてしまったのはこっちだというのにも関わらず、何故かオレのほうがボコボコにされてしまった。
「……サギだ……」
ひとつ言える確かな事は、この温泉宿に限ってならば、最も貧乏クジを引いてるのはオレだろうということである。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その78
「……酷い目に遭った」
弓塚がシオンさんを止めてくれなかったらどうなってた事やら。
その後ちゃんと謝られたからいいけど。
「温泉もほとんどわかんなかったしなあ」
あんな見られながらの状態で堪能出来る訳がなかった。
「後で入りに行こう」
そして温泉を堪能するには汗を掻かなければ。
いけない、というわけではないがその方が入った時の爽快さが違う。
「よし」
そうと決まればやる事は一つだ。
「みんなっ! 卓球やりに行くぞっ!」
すぐ隣の弓塚らの部屋の襖を開ける。
「え?」
「あ」
「う」
そこには浴衣を着ようとして失敗したのか、前をはだけさせたシオンさんが。
ごんっ。
「……いや、ほんとすいませんでした」
深々と頭を下げるオレ。
「まったくもう! ノックくらいきちんとして下さいっ!」
シオンさんは顔を真っ赤にしていた。
「っても襖だぜ?」
どうノックしろっていうんだ。
「あはは、温泉出る時に着替えちゃえばよかったんだけどね」
苦笑いしている弓塚。
「他にも仕事をしていたのでそれは不可能だったんです」
「なるほど」
おかげで思わぬ光景を拝む事が出来たわけだ。
「有彦。今の事は即座に記憶から消去してください。いいですね?」
「りょ、了解」
ってもシオンさんじゃないんだからそんな器用な真似が出来るはずないわけで。
今夜は悶々としてしまいそうな悪寒がする。
「有彦さん、どうですか、わたしの浴衣ー」
「ん」
目の前にくるくると回りながらななこがやってきた。
「特に言う事はないな」
「そんなぁー」
この間の祭りの時もそうだったが、コイツは身長がそんなに高くないので浴衣が結構マッチしている。
つまりまあ、よく似合っているのだ。
面白くないから絶対言ってやらないけど。
「おう、準備は出来たかい?」
「ん、姉貴」
女将風の着物を着ていたはずの姉貴もラフな浴衣へ着替えていた。
「考える事は一緒だったって事か」
「だな」
オレが誘いに来なくたって卓球をやるつもりだったわけである。
「んじゃ、行きますか」
「はーい」
そんなわけでオレたちは揃って卓球場へと向かうのであった。
「オレはペンだ」
「わたしはシェイクがいいなー」
「……な、なんの話ですか?」
貸しラケットを選んでいるオレたちをななこが不思議そうな顔で見ていた。
「ああ、ラケットの種類の事」
「そうなんですか。わたしこういうのやった事ないんで」
「そりゃそうだ。精霊が卓球やるなんて話聞いた事ないぞ」
「って事はもしかして今歴史的な瞬間が誕生しようと?」
「それもないな」
せいぜい新聞の三面記事がいいところだろう。
いや、それすらないか。
「つまらないですねえ」
「つまるもつまらないもねえよ。ほら」
ななこにラケットを渡す。
「わたしも選びたいんですがー」
「文句言うな。ほれ、弓塚と同じ奴だ。使い方は見ながら覚えろ」
「……はーい」
ペンのラケットじゃななこに持てないだろうしなあ。
かといってシェイクも持てるかどうかは謎なんだが。
「えいっ、えいっ」
「……普通に持ってるんだよなあ」
あの蹄、一体どうなってるんだろうか。
ドラえもんと一緒でくっつく機能があるのかもしれない。
「メンバーは一子を含めて五名なのですが、どうしますか? 総当たり戦を?」
「んー。グーチョキパーで分かれてダブルス。余った奴が審判ってとこかね」
「それが無難だろうな」
オレの予想では姉貴とシオンさんが最強クラス、ななこが足を引っ張る役目だ。
姉貴らとななこが組めば理想的である。
シオンさんと姉貴のコンビになってしまった日には目も当てられないけど。
「んじゃいくよー? じゃーんけーん」
「……っと」
いかん、何か手を出さねば。
ここは……グーだ!
「はっ!」
出してしまってから自分の愚かさに気がついた。
「ちなみにななこちゃん、それはグーと判断していいのかな」
「と言いますかわたしこれしか出せませんのでー」
そう、ななこは年中無休で手がグーだったのだ。
「いやそれはパーだろう?」
などと主張してみても。
「本人がグーって言ってるんだからなあ」
速攻で却下されてしまった。
「……って事でチーム成立だな」
「宜しくね、シオン」
「いつも通りの構成と言うわけですね……」
チョキを出したのはシオンさんと弓塚。
姉貴がパーで審判。
「この二チームの対戦だな」
「頑張りましょうね有彦さんっ」
「……あー、うん」
まあ勝ち負けを気にしないで気楽にやるか。
「とりあえず先攻じゃんけんからだ」
「……さつき、どうぞ」
「うんっ」
「弓塚か」
シオンさんが出てきたら厄介だったがこれなら。
「じゃんけんぽんっ!」
勝ち。
「あう」
「悪いな弓塚」
こいつのじゃんけんパターンは学生生活の中で既に熟知しているのだ。
「ま、まあ先攻後攻など対した問題ではありませんから」
「ごめんねー」
というわけで先攻をゲット。
「じゃ、次は適当にチーム名を決めてくれ」
「……チーム名ねえ」
んなもん別に決めなくてもいいと思うんだけど。
「ななこと愉快な仲間たちというのはどうでしょう?」
「却下」
「じゃあ有彦さんは何かいいアイディアでも?」
「……」
こいつをななこという呼び方に決めたのはオレである。
「あ、有彦と愉快な下僕たち?」
「……センスないですね、有彦さん」
「うるせえ」
そんなオレに名前のセンスを求めろというのが土台おかしいわけで。
「うーむ」
向こうはどんなチーム名にしたんだろうか。
「シオンさん、決まった?」
取りあえず尋ねてみる。
「はい。路地裏同盟です」
きっぱりと言い切るシオンさん。
「……自虐ネタ?」
「そうではありません。敢えてこう名乗る事で窮地をも乗り越える強さを象徴したのです」
「そ、そんな深い意味はないんだけど?」
シオンさんの後ろで苦笑いしている弓塚。
「……違うのですか?」
「あ、あはは……」
どうやら発案が弓塚で、シオンさんがその言葉を誇大解釈したようである。
「ま、まあ別にいいでしょう。勝つのはわたしたちなのですから」
「む」
さっきからシオンさんはまるでオレたちを敵として見てないようだった。
「上等じゃねえか。やってやろうぜ、ななこ」
「はい。で、チーム名は?」
「……そうだな」
向こうがそう来るならこっちは。
「姉貴、こっちのチームは……」
オレは向こうに聞こえないように姉貴に囁いた。
「それでいいのかい?」
「ああ」
まさにオレたちを表したチーム名と言えよう。
「わかった。じゃー用意はいいかい?」
「いつでもどうぞ」
「て、手加減してね?」
向こうのポジションはシオンさんが右、弓塚が左だった。
「こっちもOKだ」
「ばしっとやっちゃいますよー!」
こっちはオレが前でななこが後ろ。
「了解。じゃあ……」
姉貴はぱんと手を合わせて叫んだ。
「路地裏同盟VS馬小屋同盟……はじめ!」
向こうのチームはひっくり返っていた。
続く
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