「あはははは! もう駄目、わたし死んじゃう……!」
「お、落ち着くんです。さつき、ふ、くっ……くくくく……」
「……うーむ」
笑いの耐えない敗者と、複雑な表情の勝者。
奇妙な構図であった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その80
「んじゃ、チーム変えてもっかいやるか?」
笑い転げていた二人が落ち着いたところでそう提案するオレ。
「そうですね。せっかくだから色々試してみましょう」
「ん? 組み合わせかい? ならあたしも……」
姉貴も参加して再びじゃんけん。
ななこがグーとわかってしまったのでオレはチョキを出した。
これなら絶対に被るはずがない。
「お。さつきちゃんとか」
「宜しくお願いします」
パーを出したのは姉貴と弓塚。
「まあこうなる事は予測済みだったのですが」
「ってことはわたしと組みたかったんですねー?」
「……貴方の瞬間移動は戦力になると判断しましたので」
グーを出したのがななことシオンさん。
「オレは審判か……」
つまらない役になってしまった。
と普段なら思っただろう。
「ふっふっふっふ……」
むしろオレはこのポジションを狙っていたのだ。
「いやに嬉しそうですね、有彦」
シオンさんがいぶかしげな顔をしていた。
「いやいやそんな事はないぞ。みんな馬小屋サーブを駆使して頑張ってくれ」
「……その技は永久封印して下さい」
思い出したのか一瞬変な顔をするシオンさん。
「へいへい。じゃあチーム名を決めてくれや」
「どうしましょうか?」
「そうだな……」
相談を始める姉貴と弓塚。
「とは言ったものの、やはり馬という単語は入れたいですね」
「それは止めてくださいよー」
「冗談です」
あのシオンさんがななこに冗談を言っている。
普段はそんなに仲のいいコンビではないのにも関わらずだ。
つまりシオンさんのテンションが高くなっているのだ。
という事は他の連中はもっとハイになっているわけである。
これもオレがアホな必殺技を連打したおかげ。
「よし、決まりだ。あたしらのチーム名は『しっぽ同盟』で行くよ」
「なるほど」
姉貴はポニーで弓塚はツインだからな。
「わたしたちは絶対領域同盟です」
「……シオンさん、意味わかって言ってる?」
絶対領域というのはつまりスカートとニーソの間の僅かな間を指すのであるが。
ななことシオンさん。
確かに絶対領域が凶悪な組み合わせである。
今は浴衣姿だからそれを確認する事は出来ないけれど。
「判断は有彦に任せますよ」
意味ありげな笑いを浮かべるシオンさん。
「深い意味はないですよー?」
ななこまでそんな事を言っている。
「うーむ」
確信犯なのだろうか。
テンションが高いシオンさんは何をしでかすかまったく予想が出来なかった。
「まあいいや。とりあえず先攻決めてくれ」
「……ああ。いいよ。あたしら後攻で」
「む……」
姉貴はいつもの事ながら大層な自信である。
「いいでしょう。わたしのサーブを見て驚きなさい」
その態度がシオンさんの闘志をさらに燃やしたようだ。
「じゃあしっぽ同盟vs絶対領域同盟……はじめ!」
ぱんと手を叩いて合図をする。
「せいっ!」
「お……」
シオンさんが放ったのは回転のかかったサーブだった。
「ん?」
姉貴は普通に打ち返そうとしたが、変な跳ね返り方をしてネットにかかってしまった。
「ふっ。これがカットサーブです」
良く切れたカットサーブはきちんと対応した返し方をしないと打ち返せないのである。
「おいおい。さっきはそんな技使ってなかったじゃないか」
苦笑いしている姉貴。
「相手が一子なら遠慮する必要はありませんので」
「さっきは三味線引いてたのかよ……」
道理で楽に勝てたと思った。
まあ馬小屋サーブなんてわけのわからん技を使ってたオレ相手に本気出されても困るんだけど。
「……上等じゃないか」
ボールを真上に投げる姉貴。
「せいっ!」
こんっ!
「なっ……!」
姉貴の打った球はシオンさんとまったく同じ回転をしていた。
「こ、この!」
なんとか打ち返すシオンさん。
「甘いよっ!」
そこに待っていたのは弓塚だ。
「えーいっ!」
大きく振りかぶってのスマッシュ。
かんっ!
球は絶対領域同盟のコートに突き刺さり、遠くへとすっ飛んでいった。
「こっちだってこれくらい出来るんだからっ!」
「な……なんかさっきとレベルが全然違うんですけど……」
置いてけぼりのななこがうろたえていた。
「まあなんとか頑張れ」
オレに言えるのはそのくらいだった。
「せいっ!」
「このっ!」
かんっ! ぱしっ!
「ええいっ!」
「わ、わっ?」
その後素早いラリーが続く。
「うーむ」
こんな大真面目な展開は正直予想していなかったのだが。
「これでっ!」
「たあっ!」
大きく右へ左へと動きながら球を打つ女性陣。
「……ふ、ふふふふ」
はだける浴衣、白い肌、揺れる胸。
温泉卓球のロマンが溢れていた。
「4?5!」
そんなわけで審判をしているオレも気合が入ってしまう。
「一球入魂!」
「ツバメ返し!」
なんだかどこかで聞いた事のあるような必殺技の応酬。
「バーニング!」
「下克上!」
試合が熱くなればなるほど露出度は上がってくる。
「これだ……これを待っていたんだ!」
道化を演じてテンションを上げた甲斐があった。
「おおっ!」
絶対領域同盟の名に恥じない、見えそうで見えないギリギリのアングル!
「ええいっ!」
健康的な太もも、はじける胸、光る汗!
ざわざわ……
「……ん?」
いつの間にか周囲が騒がしくなっていた。
オレ一人だったらこの状況を堪能するだけなのだが。
「まずいな」
ここは温泉の卓球場なのだ。
断じて怪しげなショーの舞台ではない。
みんなも見られるのは本位ではないだろう。
「9?7!」
点が決まったところで一旦ボールを止める。
「有彦、ボールよこしな」
姉貴はすっかり熱血して周りが見えなくなってしまっていた。
「……」
ボールを渡さずに姉貴の後ろを指差すオレ。
「?」
振り返る姉貴。
「いいじゃないか、ギャラリーが多いほうが」
まるでなんのためらいもなかった。
「おいおい」
「そのほうが試合に熱も入るものです」
「そりゃそうだけどさ……」
本当にいいのか?
これ以上ヒートするとやばいぞ?
「乾くん、続き続きー」
「有彦さーん」
「……わーったよ」
オレは注意したからな。
もう知らないぞ。
「ほれ」
ボールを渡す。
「食らえナックルサーブ!」
「なんの!」
再び繰り広げられる熱い戦い。
「ぬう……」
本人たちはまるで視線を気にしていないのだが。
「おおーっ!」
歓声が起きるたびにオレは冷や冷やしてしまった。
みんなの動きは本当にギリギリのラインだ。
どうして見えないのか不思議なくらいである。
「ぬおっ?」
あわや丸見えかと思っても、髪の毛が絶妙に邪魔をしたり。
「しょ……少年マンガ補正?」
つまり少年漫画での肝心な部分が見えないギリギリのサービスシーンである。
こんな都合のいい事が現実で起こりうるのか?
こんっ。
「いてえっ!」
考えているとボールがオレの頭に直撃した。
「あ、ごめんなさいー」
ボールを拾いに近寄ってくるななこ。
「……あれ?」
すると周囲にいたはずのギャラリーがいなくなってしまっていた。
「これは……」
「アレは幻影によるバリアーみたいなものですねー。試合を盛り上げるためにちょっと細工させてもらいました」
「……まさか?」
こいつが偽のギャラリーの姿を作ってたのか?
「外部からは普通に卓球しているだけに見えるはずです。当然服なんてはだけて見えません」
「そ、そうなのか」
「安心しましたか?」
「……ああ」
自分でそんな状況にしておいてなんだが、ちょっとやりすぎたようだ。
「ちなみに有彦さんがギリギリ見られない仕様にしているのもわたしです」
ひょいとボールを拾いあげるななこ。
「有彦さんの考えてる事なんてお見通しですからー」
「……ぬぅ」
「たーっぷり反省してくださいね」
「うぬぬぬぬぬぬ……」
普通に考えればななこの言ってる事の方が正しいし、やっているのもありがたい事だ。
けれどこの悔しさといったらもう。
言い返せないオレは拳を強く握り締めるだけであった。
続く
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