シオンさんがわざわざ来たって事は原因を知っているという事なんだろう。
「教えてくれ。あいつは今どうなってるんだ?」
しかもわざわざこんな所でということは、相当に重要な内容に違いない。
「……まあそう改まって話すような事でもありませんけれども」
「っていうと?」
「つまり……」
ところがシオンさんが続けたのは予想外の言葉であった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その82
「ななこはお腹が空いているのですよ」
「……腹?」
「はい」
「そんなアホな……」
確かにななこはオレにメシを譲ってくれたからあんまり食べてないはずだ。
「だからって性格変わるもんか?」
「変わりますよ。誰だってお腹が空けばイライラします」
「……ぬぅ」
確かに腹が減ってるのに機嫌がいいって話は聞かないけど。
「ななこの場合必要なのは栄養ではなく魔力ですから。魔力を外部から摂取する方法というのは限られているのですよ」
「その辺の話はあんまりよくわからん」
なんだかよくわからないが気付いたらななこがいる、くらいの認識しかないし。
「本来、使役される精霊はマスターからの魔力を供給されて存在しているのが常です」
「そうなのか」
「その中でも具現化されるという……まあつまり触れる程度になるには相当の力が必要」
「……ちょっと待ってくれよ。オレにそんな力は」
オレはごく普通の家庭に生まれた普通の学生なのだ。
「ええ。他の人間より魔力が多く備わっているだとかそういう事はありませんね」
「……いや、だって。あいつ普通に」
特にやる事が無くたってオレの傍にふよふよ浮いてるのに。
「ええ。ななこは己の力だけで具現化しています。これは普通ならばまずあり得ない事なんです」
「……」
「何故か、などと野暮な事は言いません。理由は貴方が一番良く知っているでしょうから」
「あいつ……」
へらへら笑ってばかりいて、実は凄い無茶をしていたんだろうか。
「加えてこちらに来てからのななこは力を無駄に浪費しています。魔力不足になるのは必然です。だから機嫌も悪くなる」
「……どうしてあんなつまらない事に力を使ったんだ」
自分の姿を派手に誤魔化したり、偽の観客を作り出したり。
自分の体の事なんだから、それがどういう結果になるかくらいわかるはずなのに。
「それも先の理由からですね。今のななこにとってはそれが最優先事項のようです」
「……」
オレは関係ないだろうとは言えなかった。
要するにあれらの行動はオレに対する見栄や嫉妬からの行動だからだ。
何故そういう事をするのか。
つまり、自分を気にかけて欲しいという……
「ああもう!」
頭をぐしゃぐしゃと掻き散らす。
なんでもっと器用に出来ないんだあいつは。
「貴方までイラついどうするんですか、有彦」
「……」
確かにその通りである。
それは何の解決にもならない。
「……どうすればいいんだ?」
「どうすれば……とは?」
シオンさんは意地悪く笑って見せた。
「だから、その魔力だかなんだかを供給して……あいつを元気にする方法があるんだろ?」
「ええ」
髪の毛を纏めていた手ぬぐいを外すシオンさん。
長い髪がぴちゃりと湯に浸かった。
「姿を消して休めというのが最良でしょうけれどね」
「……ああ。でも」
多分それを言ってもあいつは聞かないだろうし。
「オレにそれを強制する事は出来ない」
「精霊とマスターという主従関係ならば命令すれば済むだけの話なのですが?」
「何せ正式なマスターじゃないからな」
例えマスターだったとしてもそれを命令はしないだろう。
「……ええ」
シオンさんは大きく息を吐いた。
「このようなパターンは他ではまず聞かないでしょうし」
「だろうなぁ……」
こんな奇妙な関係になってるヤツが他にいるんだろうか。
「とすると、ななこに魔力を与えるしか方法はないわけです」
「その方法は?」
「……」
シオンさんは何も答えてくれなかった。
「長く話をしてのぼせてしまいました」
「え?」
気付いた時には湯から上がっていて。
その肢体を隠す事無く岩肌に腰掛けていた。
雫を滴らせる端正なボディライン。
「……」
その時のオレは、やましい感情よりも。
月明かりに照らされたシオンさんの体が綺麗だという事しか感じなかった。
「……って! まずいって!」
だがそんな感情が長く続くわけもなく。
オレが裸を見せているわけじゃないのに恥ずかしいというかなんというか、そんな意識が沸き起こってきた。
「気にしなければいいだけの話でしょう。……触ったら殺しますからね」
「そんな無茶な……」
難しい話で混乱している頭がさらにこんがらがってくる。
「実際、どうなのですか有彦」
シオンさんは空を見上げたままそう尋ねてきた。
「ど……どうって?」
「ななこの事です。存在を迷惑だと思っているのなら互いの利益にはなりませんから」
「そんな事考えてると思う?」
逆に尋ね返してみた。
「聞くまでもありませんでしたか……」
くすくすと笑うシオンさん。
「羨ましいですね、そういう関係は」
「そうか?」
「ええ」
「……」
どうなんだろう。
世辞にもオレはあいつを可愛がってるとは思えないのだが。
「ここで有彦と話したかったのはそういう本音を聞きたかったからです」
「……あ」
そういえばそうだ。
普段のオレなら即座にそんなわけねえだろと否定したかもしれない。
「裸の付き合いだからこそ聞けた意見です」
「そうなのかな」
シオンさんの行動にどぎまぎしすぎたせいではあるが。
「……っていうかさ」
「なんです?」
「シオンさんにはその、そういう相手は……」
これを聞いたのはただの好奇心だった。
ところがシオンさんはそれを予想以上に重く考えたらしく。
「答えなくてはいけませんか?」
などと戸惑いと不安の混じった声で尋ねてきた。
「あ、いや、そんな深く考えなくていいんだ。ちょっと気になっただけだから」
「……そうですか」
シオンさんの吐息が聞こえる。
「いるにはいるのですが……ね」
「ですが?」
「どうもその人間は別の相手がいるようでして」
「……そうなのか」
悪い事を聞いてしまった。
「ごめん」
「いえいえ、こちらも有彦のプライベートへ立ち入ってしまいましたしね」
「オレなんかもっとどうでもいいんだよ。つーか」
シオンさん程の美人を放っておいて他のヤツに現を抜かしてるとは。
「羨ましい奴だな、そいつ」
「……有彦、それは……」
「ん?」
思わずシオンさんの方を見てしまった。
その目は大きく見開かれ、信じられないという感じだった。
「み、見るなと言ったでしょう!」
「ああ、うん、ごめん!」
慌てて背中を向ける。
「このような問題は難しいものです。ですがななこと有彦の場合は簡単でしょう」
「……簡単かねえ」
とてもそうは思えないのだが。
「ええ。あれこれ考えずにななこと話をすればいいだけです。そうすれば自ずと解決できるはず」
「話をすれば……それだけでいいのか?」
「肝心なのは意思の疎通ですよ。正直な気持ちを伝えればいいんです」
「そうか……わかった」
そうと決まれば急がなくては。
「よし!」
頬を叩いて気合を入れ、風呂からあがる。
「ありがとう、シオンさん」
「いえいえ。つまらない話をしただけですよ」
オレはタオルで前を隠すのも忘れて脱衣場へ走って行った。
「恥じらいというものがないんですか、有彦には……」
ちゃぽん。
「まあ、わたしも同じようなものですけど」
ざぁ……。
「全く……何をやっているんでしょうね、わたしは」
続く
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