「よし!」
頬を叩いて気合を入れ、風呂からあがる。
「ありがとう、シオンさん」
「いえいえ。つまらない話をしただけですよ」
オレはタオルで前を隠すのも忘れて脱衣場へ走って行った。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その83
「着替え着替えっと……」
浴衣を着て髪の毛を適当に拭う。
「よしっ」
それからなるだけ人のいなそうな方向へ走っていく。
「……こんなところだろう」
明かりが届くギリギリの位置はとても静かだった。
「うおーい、ななこー」
誰もいない空間に向かって呼びかけるオレ。
「……来ないな」
しばらく待ってみたものの現れる気配がなかった。
「呼びかけに応える力すらないのか……?」
それとも既に休んでいるのだろうか。
「……ふぁーい。なんですかー」
「おっと」
目の前にやたらと眠そうな顔をしているななこが現れた。
「悪い、寝てたのか?」
「ええ……なんかもうどうにも眠くってー」
「……」
それはやはり魔力不足のせいなんだろうか。
「いや、なんかこう……力が有りすぎるのも困りますよね」
「は?」
ところがななこの言ったのはまるで正反対の言葉だった。
「力があるってどういう事なんだ?」
「あー。はい。この土地、霊的に恐ろしく安定してる場所がありましてですねー」
ああだこうだと説明を始めるななこ。
その説明は専門的すぎてオレにはよくわからなかったが。
「要するにある場所に行くとおまえにとって必要な力が供給される仕組みになってたと?」
「ええ。精霊は食べ物よりもそういうモノから力を得るほうが効率がいいんです」
つまりそういう事らしい。
「……じゃあオレに食べ物をくれたのも……」
「これ以上力を補充する必要がなかったからです。むしろ飽和状態だったんで普段はやらないような事までやってました」
つまり姿を捏造した事や、偽の観客を作り出した事だ。
「なんだ」
シオンさんの心配はまるっきりの杞憂だったわけだ。
「けどどうしてそんな事を?」
「いや、実はさ」
温泉で話したという事は省いたが、さっきのシオンさんとの会話を大雑把に説明してやった。
「あー、それは心配かけてしまいましたねぇ」
「そうならそうと言ってくれればいいのにさ」
「や、こんな状態初めてだったんでつい」
つまり空腹すぎて変になっていたわけではなく、ありすぎてテンションが高くなっていたということか。
「……言われてみると納得できなくもねえな」
だからこそオレにちょっかいを出してきたわけか。
「心配して損した」
と言ってしまって慌てて口を塞ぐ。
「有彦さんも心配してくれてたんですか?」
ぱあっと顔を輝かせるななこ。
「そりゃ……まぁな」
目線を合わせずに答えるオレ。
「えへへへへ」
「おまえが紛らわしい事するからだろ!」
「それは謝りますけど、心配してくれたという事実は変わりありませんよー」
「いや、今のは冗談だったんだ。実はまるで心配していなかった」
「はいー。そういう事にしておいてあげます」
口元を押さえて怪しく笑うななこ。
「……だぁ」
これだからこいつに本音を話すのはイヤだってのに。
「ありがとうございます」
「うるせぇ」
引っ張り寄せて頭をぐしゃぐしゃと撫でてやった。
「やめてくださいよー」
「知るか」
ああもう、無駄な時間を過ごしてしまった。
「帰って寝る」
「え?」
「元気ならもう何もいらんだろう」
「そんなー。こんな暗がりに呼び出しておいて何にもナシですか?」
「何もありません」
あんまり長居するとシオンさんにあれこれ詮索されそうだしな。
「うー」
さも不満げな顔をしているななこ。
「野外プレイでもしろっつーのか?」
オレは苦笑しながら尋ねてみた。
「あ、有彦さんがケダモノそのものな発言をっ!」
「……帰って寝る。もう寝る。本気で寝る」
「わ。冗談ですよ。待って下さいってばー」
ふよふよ飛んで追いかけてくるななこ。
「そういうのは別に後でもいいんですけど、その……」
などと言って口元を押さえていた。
「……このエロ精霊め」
後でと言ってるんだから結局はそういう事を期待しているわけである。
「有彦さんが悪いんですって」
そうなんだろうか。
……そうなんだろうなあ。
「さ、シオンさんに事情を説明しないとな」
まずはそっちのほうが先決である。
「有彦さんってばー」
追いかけて来た瞬間を見計らって振り返る。
「へっ?」
その呆気にとられた瞬間を狙って唇を奪ってやった。
「これでいいだろう?」
そして笑いながら尋ねてみる。
「え、ちょ、あんな一瞬じゃー」
「後ででいいんだろ?」
「……約束ですよ?」
「……善処はする」
なんだろうこのアホみたいな会話は。
こんな事話してる奴らが目の前にいたらオレは取りあえず殴るぞ。
「オレもアホって事か……」
「そりゃ有彦さんですから」
「てい」
べちん。
「うわーん有彦さんがー!」
「……置いてくぞ」
まあオレとななこはこれで丁度いいんだろうな。
「って事で何の心配もなかった」
「ご心配おかけしましたー」
「……」
ななこから話を聞いた後のシオンさんは頭を痛そうに抱えていた。
「……まさか逆のパターンだったとは予想外です」
オレがななこの仮マスターであるということに重点を置きすぎてしまったんだろう。
「弘法も筆の誤りだな」
「はい。まだまだ精進が必要です」
「これにくじけず頑張ってくださいっ」
「……おまえが言うな」
「あうぅ」
「ふふふ……」
ななことオレのやり取りを見て苦笑いしているシオンさん。
「……というかわたしは完全に見られ損ですね」
「いやいやオレも見せたから互角だろう」
「それはセクハラですね」
「ヒデエ」
まあオレもそうだと思うけど。
「見られ損……って。どういう事ですか?」
「はっ!」
しまった。その事は話してなかったのに。
「いえ、実は先ほど」
「ない。なんにもない。お前が想像しているような事は何もないぞ」
先に自分の無実を明言するオレ。
「……怪しいですね」
「何もありませんよななこ。ただ二人で混浴をしたというだけです」
「こ、混浴っ?」
ななこは信じられないという顔をしていた。
「有彦さんっ! どういう事なんですかっ?」
「い、いや、だから何もしてないぞっ?」
「ええ。確かにしてはいませんね……わたしの肢体を眺めてはいましたが」
「ちょ……!」
そりゃ確かに事実だけど。
何もこんなところで言わなくたって。
「……有彦さん。ちょっとお話をしませんか?」
「いや、なんか怖いんだけど」
いつもより力が有り余っているというななこからのプレッシャーは恐ろしいのものであった。
「何もしませんって。何も。有彦さんと同じようになーんにもしません」
「てめえ全然信用してねえなっ!」
「きっと有彦さんはシオンさんの体を舐めまわすように見ていたに違いありませんっ」
「するかっ!」
「……そうですか、わたしの体にはそんなに魅力がありませんでしたか……」
「あ、いや……」
今ので確信した。
シオンさん、わざとこの状況を作っている。
「もしかして機嫌悪い?」
「とんでもない」
いや、とんでもあるから聞いてるんだけど。
「まあ有彦さんとは二人きりになりたかったですし丁度いいですね」
「……こら、待て」
ななこはオレをがっしりと掴んで引っ張り始めた。
「暴力はいかんぞ。落ち着いて話し合おう」
この掴まれてる力からして、今のななこにオレが勝つ術は何もなさそうだった。
「あーもう!」
オレは半分やけになって叫んだ。
「温泉なんかだいっ嫌いだー!」
そうは叫んではみたものの、また誘われたら無条件で行くと思う。
温泉はロマン、温泉は別世界。
温泉は人の心も傷も癒してくれる。
「……しくしく。もうお婿に行けない」
ななこに色々されてしまったオレは温泉でじっくりとダメージを癒すのであった。
続く
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